小泉勇人(東京工業大学リベラルアーツ研究教育院 准教授)
私が英文学コースを志望した理由(研究者を志した理由)
志望の理由は、教壇に立つ大学教員の姿を学部時代に見て憧憬を抱いたというのが大きいです。例えば、ある先生の講義を聞けば、その作品のキャラクターが発する言葉一つからも、時代背景、作家の洞察、現代社会への批評が立ち上がってきます。英文学研究の営みはまるで、小学校時代のヒーローだった名探偵、明智小五郎やシャーロック・ホームズが行う仕事に見えました。文学作品が「依頼人」であれば、その分析解釈は「探偵業」のようなものです。いわば物語専門の探偵ですね。
学部ゼミで触れたシェイクスピア研究を深めようと関西の大学院を受験したらなんと不合格になり、一年間の院浪人を経て、早稲田大学大学院文学研究科の英文学コースにたどり着きました。関西から出たことがなかったため心機一転の気持ちもありましたし、ファンだった村上春樹の母校という点にも惹かれました。それ以上のきっかけは、冬木ひろみ先生の研究室を訪問した際にシェイクスピア研究への熱意に触れたことです。研究者としての在り方について伺った際にいただいた、「現実を見据えながら、それでも理想を忘れないこと」という言葉は忘れられません。
英文学コースの雰囲気、教員・学生などとの交流
入学した英文学コースは、とにかくエネルギーに満ちていました。各分野におけるエキスパートである教員、面倒見の良い先輩、刺激的な同級生と、非常に恵まれた環境です。院浪人で燻っていた時期の反動もあり、シラバスを読むだけでもワクワクし、毎回の授業/演習では試行錯誤をして時に頭を打ちながら取り組みました。大学院組の自分には、TAで参加する学部の授業も学びの機会で、しっかりと盗み聞き、早稲田の文学部を知るよすがとなりました。専門領域では、冬木ひろみ先生とアンソニー・マーティン先生、二人のシェイクスピア研究者による二人三脚の(いや、三人四脚の)指導をしていただいたことが一番の財産です。学会での発表も含め、挑戦の連続で鍛えられたところも大きいです。ところで友人と教員との交流については、今でも親交のある同級生が当時ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)について修士論文を書いていたのですが、そのことをご存知だったある先生が、当時の私にお声がけする時にわざわざ「小泉八雲を研究している〇〇君の友人の小泉君だね?」と可笑しそうに名字を強調されていました。専門外でのこうした先生とのさりげないやり取りもまた、院時代を彩る思い出の一つです。
研究にかけた思い
私は修士で「シェイクスピアと医療」を取り上げた後、博士後期課程では研究の中心に「シェイクスピアの映画化作品」を据えました。映画芸術への偏愛とシェイクスピア研究を繋げてみようと思ったのです。シェイクピアといえば演劇で、上演研究には厚みがある一方、シェイクスピア映画研究はまだまだ新しい領域です。シェイクスピア劇の映画化については、台詞を保った形での「正統な」映画化もあれば、007やスター・ウォーズ映画にもシェイクスピア劇は引用されたり、モチーフが採用されたりと、映画好きのシェイクスピア研究者としては発見と驚きが尽きません。
また博士後期課程の途中に留学し、ロンドン大学キングスカレッジにて修士号を取得する機会に恵まれました。その前後にも、様々な国での学会発表にも挑み、イギリスはバーミンガム、インドはコルカタとニューデリー、そしてデンマークはコペンハーゲンと、継続してシェイクスピア映画を英語で論じ続けました。また修士二年より勤め始めた早稲田大学ライティングセンターでは、文章指導に携わる機会に恵まれました。通算で5年もの間、学部から博士課程まで在籍する多様な学生を相手に、領域を横断しながら論文の書き方について対話を重ねましたが、それは自身の専門領域含め、学術的な文章について反芻して考え抜き、指導に活かす訓練でもありました。
修了後、博士後期課程での生活を振り返って
博士後期課程はチャンスの連続でした。と同時に、その長い時間を通じて出会えた人達に支えられてきたのが現在の自分です。かつて履修した学部授業の先生が語った、「まずは達成しなさい。その後、自分は太陽の光を受けて初めて輝く月なのだと思い出してください。」という言葉がふと脳裏をよぎります。教えを受けたシェイクスピア研究と、ライティングセンターでの文章指導経験は、現在の自分が東京工業大学にてゼミ生に研究指導を行い、あるいは学部生に英作文を教える際の、大きな支えであり続けています。
プロフィール
大阪府枚方市出身。関西学院大学文学部英文学科を卒業後、早稲田大学大学院文学研究科英文学コースに進学。修士に在学中は「シェイクスピアと医療」(特に梅毒を巡る言説)をテーマに研究し、修士論文の題目はSatire and Comedy in Shakespeare’s Medical Imagery: Disease and Cure in Measure for Measure, Timon of Athens, Troilus and Cressida, and Pericles. 博士後期課程に在学中は「シェイクスピア映画と現代社会の関わり」をテーマに研究し、博士論文の題目はShakespeare Film Adaptations Reflecting Contemporary Social Issues: Shift and Dynamism of the Playwright’s Reconsideration from 1980 to 2015. 修了後は東京工業大学リベラルアーツ研究教育院・外国語セクションの准教授職に就任し、シェイクスピア映画の研究に携わりながら、東工大ライティングセンターを設立、運営中。2020年には、映画を活用する英語教科書『現代映画のセリフで鍛えるリスニングスキル』を出版。
(2022年2月作成)