浜野喬士(明星大学教育学部(全学共通教育委員会)准教授)
指導教員の演習
博士後期課程で思い出深いのはやはり演習の日々です。だいたい二つの演習に参加していました。一つは文献を読むもの、もう一つは博論の進捗を発表するものでした。
発表タイプの演習の場合、原稿を書き、指導教員である御子柴善之先生や院生にアイデアを聞いてもらいます。院生時代の私は、研究上の問題を一人で抱え込み、まとまるまでは表に出したくない!という、典型的なダメ院生だったので、演習というかたちで、執筆途中だろうと何だろうと発表し、適切なアドバイスやヒントをもらう機会を制度的に与えてもらえたのが大変ありがたかったです。
文献を読んでいくタイプの演習では、一行ドイツ語で音読し、訳し、それを説明するわけです。訳している最中から指導教員の反応が、気が気ではない。これで先生は納得しているのか、どうなのか?他の院生が説明していれば、自分と比べ指導教員の反応はどうだろう?なんか自分の時より反応がいいな、ちくしょー、と万事こんな感じです。先生の大量の説明を誘発してしまった日にはたぶん失敗で、自分の説明が不十分だったということです。しょんぼりします。でも二コマ続き演習の休み時間に、喫煙所で他の院生とあーだこーだと話し、ぼやき、態勢を立て直す。大変でしたが、とても充実した、今思い出しても幸福な時間でした。
非常勤の思い出
博士後期課程の後半から、非常勤講師の仕事を紹介して頂き、大学での授業の経験を積むことができました。大学の非常勤を始めるには非常勤歴がしばしば求められるのですが、だれでも最初は教歴がないわけで、最初の一歩がなかなか難しいのです。私の非常勤歴は群馬の某大学の講義「生命倫理」でスタートしました。大教室でとても緊張したことを覚えています。当時、ネットブックという安価なノートパソコンが出ていたので、それを使い毎回通勤の往復四時間で必死にスライドを作成していました。
助教の思い出
2011年度から2013年度には文化構想学部の現代人間論系で助教を務めさせて頂きました。「必修基礎演習」、「環境問題の論理と倫理」、「思想史における人間と動物」といった科目を担当させていただきました。学生さんの反応に乗せられて、いい経験をさせてもらいました。また初年次教育科目の経験も貴重でした。助教には諭系室の管理運営という仕事もありました。助手さんや授業TAさんたちと協力して仕事をし、資格関連実習管理業務などもありました。これらは大学の教務マネジメント入門という性格もあり、現在も役立っています。また他論系の助教の同期の皆さんも、現在さまざまな大学で専任教員として活躍なさっていますが、いまでも頻繁に連絡をとって、色々な励ましやアドバイスを頂いています。
ゲリラ的研究生活
博士後期課程の生活はどうしても浮き沈みがあります。DC、PDを切れ目なく取り続け、研究に専念できるエリートもいます。でも自分はそうではなかった。しかしゲリラ的な研究手法を駆使し、生き残る道はあります。
博士4年ごろは特に金がなく高い本は買えなかった。しかし洋古書サイトに環境・動物保護活動家の一次資料が大量に出ていることに気づきました。しかも安い。大半が1ドルで買えるのです。これは論文になり、その論文がたまたま洋泉社の編集者さんの目に留まり、新書の『エコ・テロリズム』に結実しました。
また助教任期後のタイミングで日本カント協会からカント『判断力批判』シンポジウム登壇という大きなチャンスを頂いた。しかし研究費がない。そこで『判断力批判』刊行直後からその受容初期の期間に出された研究書、入門書、新聞書評などを分析し、同書が同時代人たちにどのように理解されたのかを研究する、という方法を採りました。資料は古いので、大半がGoogle Booksやドイツ国立図書館のHPでダウンロードできます。30年前に渡独して同じ作業をするには、少なくとも50万円以上の調査費用、最低4週間の調査期間が必要だったでしょう。
「心のふるさと」
現在の勤務先にも早稲田関係者は多く、戸山出身の先生方もたくさんいらっしゃいます。なれ合うわけではありませんが、え、先生も早稲田なんですか、ということで一気に心の距離が縮まることもしばしばです。校歌「都の西北」は3番が好きなのですが、「あれ見よかしこの常磐の森は、心のふるさとわれらが母校」のくだりを思い出す瞬間です。
プロフィール
茨城県出身。水海道第一高等学校、早稲田大学法学部卒業後、同大学院文学研究科哲学専修(現哲学コース)に進学。同研究科人文科学専攻哲学コース博士後期課程単位取得満期退学。、2013年 博士(文学)早稲田大学。現在、明星大学教育学部(全学共通教育委員会)准教授。在学中はカント、環境思想、動物論をテーマに研究。主な著作は『カント「判断力批判」』研究』(作品社、2014年)、『エコ・テロリズム』(洋泉社、2009年)、主な論文は「カントにおける天才概念の体系的位置づけ」(『現代カント研究』14、2018年)、「カント『判断力批判』初期影響史」(『日本カント研究』17、2018年)、「フィヒテの動物論と18世紀人間学:プラトナー、カント、フィヒテ」(『フィヒテ研究』22、2014年)、主な翻訳はロンメル『歩兵は攻撃する』(作品社、2015年)など。