近藤祉秋(神戸大学大学院国際文化学研究科講師)
私が文化人類学コースを志望した理由
私は高校生の頃にレヴィ=ストロース『悲しき熱帯』と祖父江孝男『文化人類学入門』を読み、文化人類学を研究したいと考えるようになりました。もちろん、最初は「海外の『秘境』を旅してお給料をもらえる仕事があるのか!」という程度の漠然とした興味関心だったのですが…。
大学1年生の頃、文化人類学関連のイベントに参加した際に大学院での指導教員となる西村正雄先生(2020年度で退職)とお会いしました。西村先生はミシガン大学の人類学科を卒業(Ph.D.)されており、アメリカの人類学をベースとして教えていらっしゃったため、北米先住民研究のために渡米を考えていた私にとって最適な環境だと思い、文化人類学コースを志望しました。
文化人類学コースの雰囲気、教員・学生との交流
文化人類学コースは、「自由闊達」という表現がふさわしい、知的刺激を与えてくれる環境です。院生の指導についても本人の自主性を尊重し、研究したいと思っていることに直球で挑戦させてくれました。学生同士や教員と学生間での交流も盛んで、コース室で他の学生と語り合ったり、授業の後に教員と履修者で連れだって夕食を食べに行ったりもしました。このコースは、型にはまった教育や高圧的な指導とは無縁であり、先生方や先輩のサポートを受けながらのびのびと自分の研究関心を深められるところが魅力だと感じています。
在学中にとくに印象に残っているのは、ラオスでのフィールドトリップです。通訳の方と一緒にラオス南部の村でインタビュー調査をおこなったのですが、全員が聞くことになっている共通の質問項目に加えて、私は植物利用についても聞き取りをしました。林の中に連れて行ってもらい、さまざまな植物の名前と効能を教えてもらったのはとても楽しい時間でした。
博士後期課程での研究
博士後期課程では、アラスカ大学フェアバンクス校に滞在して北方研究を学びながら長期調査の準備をしました。その後、内陸アラスカ先住民が住むニコライ村で長期調査をおこないました。
調査の当初は鳥と人間の関係を主体とした民族生物学の研究を考えていたのですが、ニコライ村ではロシア時代からの正教会の教えが息づいているのみならず、土地権益請求の後に生じた大きな社会変化に適応しながらヘラジカの狩猟やサケの漁撈を中心とした生活形態を現在まで維持してきたことがわかってきました。そのため、伝統的な世界観や神話・禁忌などの基礎的な調査を進めるだけでなく、キリスト教化の影響や土地権益請求以降の開発も視野に入れながらより現代的な文脈を考える方向性に切り替えて研究を進めていきました。
フィールドワークの際には村人の家に下宿させてもらい、狩猟や漁撈に同行しながら調査を続けました。狩猟や漁撈のことを学びたいのであれば、自分でも狩猟や漁撈ができるようにならなければいけない、という村人の言葉に影響され、私自身も散弾銃や釣り竿、くくり罠を手にして狩猟や漁撈の見習いをしました。高校生の頃から興味があった、アラスカ先住民の世界にどっぷりと浸かることができたのは、文化人類学の醍醐味だと言えます。
文化人類学コースでは、人類学理論を系統的に勉強するだけでなく、開発やグローバル化の影響を強く受ける現場でのフィールドワークの方法を学びます。研究テーマについて現地での状況に合わせて柔軟に対応できたのは、現代人類学に特化したコースでの教育・指導のおかげだと考えています。
修了後、博士後期課程での生活を振り返って
現在、私は神戸大学大学院国際文化学研究科の越境文化論講座で教えています。所属講座は、国や地域、言語の壁、自然と文化の境界を越えて学際的に研究することを目指すところです。グローバル化が当たり前となった現在の世界を考える上で「越境」は必要不可欠な視点だと考えられますが、文化人類学コースでの学びはそのような状況を現代人類学的な観点から捉えるためのものであったと言えます。このコースは、文化人類学の専門課程としては比較的新しいものですが、だからこそ最先端の議論を切り拓いていくための学びに満ちた場所だと私は考えています。
プロフィール
静岡県出身。早稲田大学国際教養学部を卒業後、同大学大学院文学研究科文化人類学コースに進学。在学中は内陸アラスカ先住民社会における現代の生業活動と人間―動物の関係をテーマに調査研究をおこなう。同コースの単位取得退学後、北海道大学アイヌ・先住民研究センター助教を経て、現在は神戸大学大学院国際文化学研究科講師。博士論文の題目は「内陸アラスカにおける生業・宗教・生存の人類学的研究―信じる者は生き残る―」(博士(文学)早稲田大学)。
(2022年1月作成)