Drama-Kan Theatre早稲田小劇場
どらま館

News

シアターオリンピックス観劇レビュー3 日本の歪みを描く「花火演劇」ー鈴木忠志演出『世界の果てからこんにちは』

シアターオリンピックス観劇レビュー
鈴木忠志演出『世界の果てからこんにちは』

今年9月、富山県南砺市利賀村で行われた国際演劇祭「シアターオリンピックス」に観客として参加した3人の学生たち。早稲田ウィークリーで掲載されたレポート・座談会とともに、どらま館ホームページでは、彼らが見た作品のレビューを掲載します。

劇団くるめるシアターに所属する田村将さんが執筆したのは、シアターオリンピックスのトリを飾った野外劇『世界の果てからこんにちは』についてのレビュー。多数の花火が打ち上げられるこの祝祭的な作品を、田村さんは「日本」というテーマから切り取りました。

 

日本の歪みを描く「花火演劇」

「栄光の日本」を忘れられない人々

 

『世界の果てからこんにちは(以下、果てこん)』は、シアターオリンピックスのメイン会場となった利賀芸術公園の「主」、鈴木忠志の代表作である。ベケットやシェイクスピアといった文学作品のコラージュによるテキスト、身体のレベルで台詞に批評性を持たせることで観客に「語る」ことを特徴とするスズキトレーニング・メソッドという演技法、そしてこれまで鈴木作品の中で多用されてきた昭和歌謡曲など、彼が今まで試みてきたことがぎゅっと詰まった作品だ。そして、この作品の最大の特徴は、何と言っても劇中で花火が打ち上げられること。こんなことは危なくて利賀でしかできないだろう。実は、この花火を打ち上げるのも劇団SCOT(鈴木が率いる劇団)の劇団員なのだが、彼らに「大丈夫なんですか?」と聞いたところ、「一応ね」と半笑いだったので、利賀でも危ないようだ。

さて、この劇のテーマについて、鈴木は「日本とは何か」であると語っている。ではどのようにして、「日本とは何か」を観客に考えてもらうのか? 鈴木の作品は、通常、輪郭がぼんやりしたストーリーの中に既存のテキストを埋め込むことによって、本来の文脈から切断されたテキストに新しい文脈が与えるという構成によってできており、『果てこん』も例外ではない。このようにテキストが読み替えるられることによって、観客は彼の作り出す劇の言葉に対して、新鮮にかつ批評的に向き合うことになり、特定の人物への感情移入ではなく、既成の文脈といまここで生まれた文脈との差異を感じながら作品を体験する。やり方は違えど、ブレヒトの異化効果(※)と似たところがある。

その手法を具体的に見ていこう。

『果てこん』の大まかな筋は以下のようなものだ。戦前から戦後にかけて老人ホームのような施設を経営する男が、「日本」という妄想に取り憑かれ、その終焉と思しきものを見届けてゆく。

まず、舞台は戦前と思われるシーンでは入居者と思われる男たちが食べ物の消化について他愛のないやりとりをするところから始まった。この作品の最大の特徴である花火が最初に上がるのは、戦中と思われるシーン。利賀村の夜空に上がる華やかで美しい花火は、その儚さとも合わさって、特攻や手榴弾を使った集団自決など、祖国のために命を散らすことを美徳とする戦中の精神と重なって見えた。

そうして舞台は戦後へと移っていく。

「終戦後 天照大御神は再び天の岩戸にお隠れになった。だから日本の天地には愴然(そうぜん)として真の喜びがない。私達は大御神に再び岩戸から出て頂く為、身命を抛(なげうっ)て働かなければいけない」

男が語るこの台詞は、日本の戦後復興から経済成長の様子を天の岩戸神話になぞらえるもの。そしてここにもまた、盛大な花火が。それはまるで日本の戦後の経済成長全体を象徴しているようだった。

この花火のバックに大音量で流れていたのは戦時下の日本中で歌われた『海行かば』であったのはこの作品において、とても重要な意味を持つのではないかと考えられる。もともと、万葉集から取られたこの歌詞は、戦時下における滅私奉公の精神が重ねられ、鈴木も含め、この時代に少年時代を過ごした者の多くは、この歌の価値観を刻み込まれた。

いったい、戦後の輝かしい日本の経済成長をあらわす花火の裏でこの歌が流れているのはなぜだろうか? 戦後日本は、国民主権の国になり、あらゆる自由が保証され、経済大国へと発展していった。しかし、その経済成長を支えたのは「大君の辺にこそ死なめ」という戦前と変わらない滅私奉公の精神であった。そして、世界に誇る大国と成長してもなお、人々の間にはその精神が残されている。個人が尊重されるはずの戦後日本に残る「戦前」。その「歪み」が、このシーンでありありと浮かんできた。

そして、舞台には昭和歌謡曲が流れ、登場人物たちは歌い踊る。昭和歌謡曲が表す楽天的で自由を謳歌するかのような生活感はまさに戦後日本の発展の象徴だ。その中で、男は「日本の国は綺麗なんだぞ。今でもな」「じつにいい、日本の歌はじつにいい」と日本の素晴らしさを噛みしめる。そこに見えるのは、自分たちが戦前のような滅私奉公の精神で築いてきた「日本」への執着だ。戦後に入ってきた個人主義の精神と、戦前から脈々と続く国家主義の精神が混在する日本の「歪み」がここにきて軋み出す。国家主義から自由になり、個人主義に変わったはずの日本人は、しかし、自分のアイデンティティを保つために「日本」へと帰らなければならなかった。もちろん、国への帰属意識というのは誰であれ持っているもの。しかし、戦前・戦中の国家主義への反省を伴わなかった日本では、国への帰属は「執着」へと変わり、いつまでも「栄光の日本」を忘れられなくなってしまう。

マクベスを使って描く「日本」の終わり

 

そうして、舞台はクライマックスへと向かっていく。ここで使われるテキストはシェイクスピアの『マクベス』の五幕、ダンシネーン城に立てこもったマクベスが、マルカムらと戦う最後の場面である。『果てこん』においては、日本が外国と思われる敵に攻め込まれているという設定にずらされ、主人公の男はマクベスのセリフを語る。この時、マクベス夫人を指す部分が全て「日本」に置き換わっていた。5幕3場から。

「おまえたちにも日本の病は手に負えぬと言うのか!  記憶の底に根を張った悲しみを抜きとり、脳裏に刻みこまれた悩みをぬぐい去り、忘却の甘い解毒薬をもって、重い胸から心を圧する危険な思いを洗い流す、それがおまえ達にもできぬと言うのか?」

これは、マクベスが医者に対して、発狂した夫人を治してくれと言うセリフであった。『果てこん』においては「日本」の戦争状態において語られることで、日本の衰退を受け入れられずに戦前から続く日本への盲信から逃れられない男の叫びに聞こえてくる。そしてセリフは『マクベス』の5幕5場へ。男の娘が1枚の新聞を持って登場し「日本がお亡くなりに」と告げる。元は「お妃様がお亡くなりに」である。このインパクトは凄かった。鈴木は観客の前で日本を殺して見せたのだ! そうして男はマクベスのセリフの続きを語り出す。もちろん、夫人を日本に変えて。

「日本もいつかは死なねばならなかった、このような知らせを一度は聞くだろうと思っていた。明日、また明日、また明日と、時は小きざみな足取りで一日一日を歩み、ついには歴史の最後の一瞬にたどりつく、昨日という日はすべて愚かな人間が塵と化す死への道を照らしてきた。消えろ、消えろ、つかの間の燈火! 人生は歩きまわる影法師、あわれな役者だ、舞台の上でおおげさにみえをきっても出番が終われば消えてしまう。白痴のしゃべる物語だ、わめき立てる響きと怒りはすさまじいが、意味はなにひとつありはしない」

そうして滅びゆく日本の涙と言わんばかりに下向きに取り付けられていた噴出花火がもくもくと煙を上げながら一気に吹き出す。一方、上空ではまさに最後の「わめき」のごとく打ち上げ花火が上がる。しかし、上空の花火は煙でよくみえない。すでに、「日本」への執着に取り憑かれた男の「出番」はすでに終わってしまっているのかもしれない。その姿は、「歪み」を放置した日本の未来を予感させるものだった。

こうして舞台は終わった。

日本とは何か? この作品が突きつける問いに、私は答えることはできず、考えれば考えるほど、その実態はぼやけてしまう。「日本」などというものはないのかもしれないと思う一方で、「日本がお亡くなりに」と発せられた時のショックと切なさは胸に残り続けている。

この劇の初演から28年、私がこの劇を観てから2週間。歴史は確実に動いている、歪んだまま。台頭するアジア諸国へのコンプレックスの裏返しとも言えるヘイト発言や早過ぎる復興五輪、あいちトリエンナーレを巡る大きな分断、戦前回帰を思わせる憲法改正。これらの事象は、この劇が見せる「歴史の最後の一瞬」へ向かう過程のように私には思える。この劇の持つ切実さは着実に増しつつある。私は今後「日本」をどう捉え、何をしていくべきか、考えなくてはいけない。

 

※ブレヒトの異化効果

ベルトルト・ブレヒトは20世紀前半〜中盤のドイツで活躍した演出家・劇作家・詩人。舞台上の出来事に対し、感情移入ではなく、観客が批評的に観察する「異化効果」という方法論を確立した。

 

田村将(たむら・まさる)

劇団くるめるシアターでは演出・舞台監督を担当。2019年9月に学生会館で行われた『ゴドーを待ちながら』で演出を手掛けた。本来、5人の役者しか登場しない劇に19人の役者を登場させる演出を披露し、著名な不条理劇に新しい解釈を与えた。

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/culture/dramakan/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる