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開催報告「——幻想としての通―洒落本にみえるメディアと身分——」トーマス・ガウバッツ助教(ノースウェスタン大学)

——幻想としての通―洒落本にみえるメディアと身分——

スーパーグローバル大学創成支援事業「早稲田大学国際日本学拠点」の主催、早稲田大学総合人文科学研究センターと角田柳作記念国際日本学研究所の共催で行われた本講演会では、ノースウェスタン大学のアジア言語文化学部の助教授であるトーマス・ガウバッツ氏を迎え、「幻想としての通―洒落本にみえるメディアと身分」と題した講演を行った。夏休み中にもかかわらず学内外からのインターナショナルな研究者をはじめ、教員、学生など多くの参加者が集まった。

最初に本学の十重田裕一教授から開会の辞があった。本講演会の趣旨説明及び講演者であるトーマス・ガウバッツ氏、コメンテーターを務める本学の中嶋隆教授の紹介が行われた。ガウバッツ氏は、日本の近世文学とメディアが専門で、文学における都市空間や身分による人物描写に注目して研究を行ってきた。

トーマス・ガウバッツ氏の講演では、安永・天明期の江戸戯作における「通(つう)」の意義と変遷を再検討するものであった。その際、「通書」と呼ばれるほど「通人」の条件を描いてきた洒落本の存在に注目した。ガウバッツ氏は、洒落本をメディアとみなすことで、これまで時代の特殊な美意識、もしくは生活理念として議論されてきた「通」の意味を捉え直したのである。そのことで、「通人」/「通」たる条件の不一致はその意味の曖昧さゆえに、異なる身分の作者たちが文化的な権威を争う言説空間を生成し得ていたことが明らかになった。結論としては、洒落本が「通」という幻想を可能にしたメディアであったことが述べられた。

講演の後、コメンテーターである中嶋隆氏は、まず洒落本が「通」という美意識を読者に示そうとしたという既存の捉え方を批判したガウバッツ氏の議論の意義をまとめた。そのうえ、寛政の改革の影響に「通」がどのようにかかわっていたのか、また洒落本の読者大衆は何を求めていたのかという二つの質問を投げかけた。

指定されたコメンテーターとガウバッツ氏の議論が終わってからは、会場からの自由な質疑応答が行われた。異なる身分の作者たちが洒落本を通して文化的な情報を読者に提供し、最終的に「文化的な権威を争う場」を創造したと言った際に、そこで用いられている言語、ファッションなど身分やそれに従う文化を読み取るコードに注目すべきではないか、など多様な質問やコメントがあり、活発な議論が行われた。

最後に本学の河野貴美子教授が閉会の辞を通して、ガウバッツ氏の議論が時代や専門を超えて適用される可能性に言及し、既存の日本学に新しい視点を提供する「国際日本学」の意義を確認した後、講演会は盛況のうちに終了した。

<イベント概要>

講演タイトル:——幻想としての通―洒落本にみえるメディアと身分——
日時:2018年9月14日(金)16:30〜18:00
会場:早稲田大学戸山キャンパス33号館16階第10会議室
主催:スーパーグローバル大学創成支援事業 早稲田大学国際日本学拠点
共催:早稲田大学総合人文科学研究センター、角田柳作記念国際日本学研究所
開会の辞     十重田裕一(早稲田大学教授)
講演       トーマス・ガウバッツ(ノースウェスタン大学助教授)
コメンテーター   中嶋隆(早稲田大学教授)
閉会の辞     河野貴美子(早稲田大学教授)
司会       パウ・ピタルク・フェルナンデス(早稲田大学准教授) 金ヨンロン(早稲田大学研究院客員講師)
コーディネーター 松本弘毅(早稲田大学研究院客員准教授)

 

 

 

 

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