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Paul Anderer教授(コロンビア大学) 『KUROSAWA’S rashomon』を語る -報告-

【SGU国際日本学拠点】Paul Anderer教授(コロンビア大学)講演会  『KUROSAWA’S rashomon』 -報告-

 

2017年6月6日(火)16:30〜18:00

早稲田大学戸山キャンパス33号館16階第10会議室

主催:Top Global University Project Global Japanese Studies

Ryusaku  Tsunoda Center of Japanese Culture

講演:英語、質疑応答:英語/日本語

Commentator:  Michael K. Bourdaghs (Professor at the University of Chicago)

Moderator:   由尾瞳(早稲田大学准教授)

Moderator:          金ヨンロン( 早稲田大学客員次席研究員)

Closing remarks: 李成市(早稲田大学教授)

Organizer:        十重田裕一(早稲田大学教授)

Coordinator:      松本弘毅(早稲田大学客員主任研究員)

 

本講演会は、ポール・アンダラー教授(コロンビア大学)の『黒澤明の羅生門:消滅した都市、失われた兄、そして彼の象徴的映画に潜んだ声』(2016)の刊行を祝い、新著に関する話を著者から直接に聞く機会を提供する趣旨のもと、2017年6月6日に早稲田大学に於いて開かれた。スーパーグローバル大学創生支援事業「国際日本学拠点」及び早稲田大学角田柳作記念国際日本学研究所の主催で行われた講演会には、学内外からのインターナショナルな研究者、教員、学生が30人程集まった。

 

開会の辞

「国際日本学拠点」リーダーである十重田裕一教授(早稲田大学)の開会の辞で講演会が始まった。日本の近代文学、映画、都市、文化研究などで著名なポール・アンダラー教授を始め、コメンテータを務める日本文学、文化、とりわけ夏目漱石の研究で有名なマイケル・ボーダッシュ教授(シカゴ大学)、その他、本講演会の企画・運営に関わるメンバーの紹介が行われ、主催側及び講演会の趣旨などが簡単に説明された。

 

十重田先生DSC02978

講演

ポール・アンダラー教授(コロンビア大学)は、『黒澤明の羅生門:消滅した都市、失われた兄、そして彼の象徴的映画に潜んだ声』(2016)について講演を行った。講演が行われる間、会場に設定された二つのスクリーンからは著書に収められている白黒の写真(黒澤明とその家族、『羅生門』をはじめとする映画の重要な場面、黒澤が生きた同時代の出来事など)が流れた。講演は、ポール・アンダラー教授がマイクを使わずに聴衆に語りかけるかたちで、自由な雰囲気のなかで行われた。

なぜ黒澤明に注目したのか。そのきっかけを述べることで始まった。黒澤明の死(1998年)を機に活発になった研究状況や早稲田大学での滞在などが説明されたが、大学の授業やゼミで扱ってきた黒澤明について本格的かつ真剣に書くようになった理由の一つに、「フクシマ」が挙げられた。

震災(disaster)の記憶。黒澤明の映像は、いくつもの個人的かつ歴史的時間をランダムに重ね合わせるように促す。このように観客の記憶の断片を呼び寄せる映画は、実のところ、黒澤自身の記憶、彼が生きた時代の記憶の断片から成り立ってもいた。ポール・アンダラー教授は、まさに本書の目的がこれら黒澤の経験した出来事を精査し、それらがいかに映画のなかに生きているかを明らかにするところにあったと述べた。著書の副題にすでにあるように、「消滅した都市、失われた兄、そして彼の象徴的映画に潜んだ声」が順次『羅生門』の場面と交差していく。

それでは、黒澤と彼の生きた時代における震災の経験はいかに集められ、映画の場面のなかに生き返ってきているのか。アンダラー教授は、黒澤明が有名になる以前のコンテクスト、家族を始めとする個人的状況、そして文化的状況などを探るなかで、黒澤自身によって書かれた回想録を-「回想」という行為そのものが常にトリッキーなものであることにも言及しつつ-度々参照したと述べた。そのようにしてアンダラー教授は黒澤の映画から、1923年の関東大震災、1945年の大空襲による再度の都市の破壊といった黒澤の震災(もしくは人災)経験、そして才能に恵まれながらも波乱万丈であった兄の人生、その亡霊の声を次々と発見したのである。

たとえば、映画『羅生門』の最初のシーンが冒頭の方で取り上げられた。土砂降りの雨の中、雨の音以外の全ての音声が消された場面に突如現れた、壊れかかった門(Gate)と廃墟(Ruins)。つづいて聞こえてくる「さっぱり、わからない」という映画の第一声。一体何があったのか。

アンダラー教授は、このシーンの背景になる話も聞かせてくれた。最初からこのような設定であった訳ではない。当初、門の前には、連なった闇市が想定されていた。黒澤の戦後まもなく発表された映画『野良犬』(1949)をとってみても、映画の背景としての闇市の重要性は疑えない。しかし、予算の問題などによって門の周辺はただの焼け野原になってしまったという。

しかし、結果的に、この門と廃墟のイメージが1923年の関東大震災、敗戦直後の焼け跡、さらには広島の記憶をも思い起こす。破壊されかかった門と廃墟に絶え間なく戻る映画の構造が幾重にも重なった消滅した都市の風景を甦らしたのだ。

★Anderer先生DSC02995

また特徴的なことに、アンダラー教授の講演は、個人史(individual life)、家族史(family life)と政治社会的歴史の説明の後、繰り返し映画の場面に戻るという形式をとっていた。黒澤明の個人史、家族史の主要な登場人物は、いうまでもなく、副題になっている4歳上の兄であった。無声映画の活動弁士であった黒澤丙午である。この兄の存在を、兄の声を『羅生門』から取り出してみることがつづいて行われた。

個人史には、映画人としての黒澤明の歴史も含まれている。プロレタリア文化運動の全盛期に芸術家として彼がいかにその運動にコミットしていたのかといった問題や『姿三四郎』(1943年)と言った戦時中のプロパガンダ映画の創作なども追った。原作と言われている芥川龍之介の「藪の中」、「羅生門」への言及もあり、二人の兄弟の話になっている「偸盗」の影響も指摘された。話は、ドストエフスキーの影響にも及んだ。

このようなアプローチは何を意味するのか。

周知の通り、『羅生門』(1950年)が日本映画としては初めてヴェネツィア国際映画祭で受賞したことで黒澤明には一躍有名な監督、映画人として注目が集められるようになった。受賞までとはだいぶ異なる評価を浴びせられた。ストーリーテリング、映画技術、「真実」とは何かをめぐる「証言」、「欺瞞」、「嘘」、「犯罪」といったテーマが議論された。しかし、戦後、黒澤明のモノクロ映画、とりわけ避けがたい『羅生門』を、黒澤明という一人の人間の形成過程から理解しようとする試みは、かつてなかったものである。

『羅生門』が明らかに「時代劇(Period Film)」であるといった際、アンダラー教授は、その「時代」が、個人と家族、そして彼らを取り巻く時空間全て(どちらにも偏らずに)を意味するということを鮮やかに見せてくれた。

 

コメント

ポール・アンダラー教授の『黒澤明の羅生門:消滅した都市、失われた兄、そして彼の象徴的映画に潜んだ声』(2016)とそのレクチャーに関して、マイケル・ボーダッシュ教授(シカゴ大学)からコメントが述べられた。

最初に、黒澤明の『羅生門』を論じる上で、個人的でまたカルチュラルな文脈を提示した著書の意義を説明した。このような観点から執筆しようとしたアンダラー教授の個人的な動機そのものを聞こうとしたが、レクチャーですでに答えがあったとした。

そして、ボーダッシュ教授は、『羅生門』という映画が繰り返し証言主体と証言内容を変更して冒頭の場面に戻るように、アンダラー教授の『羅生門』の議論そのものも毎度新たな情報を通して毎度異なる視覚から映画の場面を捉え直すという、アレゴリカルなアプローチになっていることを指摘した。映画をその都度異なるストーリーにするような見方の提示、色々な時代を見せる方法(ロシア文学、黒澤の家族等々)が駆使された例が挙げられた。

他にも、近代文学におけるテーマの一つといってよい兄弟関係(夏目漱石の『行人』、司馬遼太郎の『坂の上の雲』など)や黒澤明と「心中」の問題(黒澤明は「心中」という言葉に付きまとう大衆性を嫌っていた。歌謡曲への嫌悪や能にたいする歌舞伎の俗っぽさへの言及が彼の過去に基づく文化的趣向であったことが指摘された。)、西洋におけるおよそ70年に及ぶ黒澤スタディーズに対して本書がどのような位置取りをしているのかというコメントと質問があった。

応答として、アンダラー教授は、ガヤトリ・C・スピヴァクの影響を述べた。声にもならない声、消滅しつつある声をいかにすくい取ることができるのかという問題意識に共感し、そういう声を取り入れた分析を行ったことが述べられた。黒澤明自身、意識的に兄のことを語らなかったが、兄の存在は映画の随所で発見される。家族史は、三面記事を書きたいが故に持ち出したのではない。人文学がまだできることとして、一人の人間の人間形成において影響した、聞き届けられない声を聞くという余地がまだ残っているのではないか。

アンダラー教授は執筆にまつわるエピソードも聞かせてくれた。黒澤明の映画に兄の存在が絶対的だという確信があってもそれをどのように証明することができるか迷っていたという。その際、コロンビア大学で脚本を教えていた同僚、その後病床についた長年の友人の言葉からヒントを得て、脚本を書くような気持ちで執筆を始めた。私たちが研究者としての声を出していく様々な場面で、アカデミズムの内部、大学内部では決して完成しない事実にぶつかることがあるだろう。このような助言は多くの研究者の心を強く打つものであった。

 

質疑応答

参加者二人から質問があった。初めの質問である「改めて考えてみると、日本文学の中に関東大震災をしっかりと描いたメジャーな作品に思い当たらないことに驚く。消滅した都市について、とりわけ、1923年の表象についてもう少し聞かせてほしい。また二点目として、黒澤明にとって廃墟とは結局何だったのか。」との問いに対し、アンダラー教授は、横光利一の『上海』や芥川龍之介の1923年以降の文学について説明した。「芥川龍之介の場合、関東大震災後、揺れ動く世界の裂け目が露わになるその瞬間、自分の内部の裂け目と外部のそれとがぶつかる様を文学作品に多く表している。これらを震災後文学の一形態としてみてよいだろう。」と答え、二点目に対しては、「黒澤明にとって廃墟とは、新生の兆しを見出す場としてある。雨の音が消え、赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる『羅生門』の最後の場面がまさにそうである。消滅した都市のなかでも、希望を見出さねばならない。」と答えた。

★講演会全景(後ろから)DSC02997

また、別の参加者からの「敗戦直後、丸山真男などの知識人が過去への反省を通して新たな再建を構想する際、黒澤の態度は多少悲観的に感じられはしないか」という質問に対しては、関東大震災後、兄と小さな黒澤明が沖に浮かんだ死体を凝視するエピソードを語った。「1923年の時点で、消滅した都市に対する恐怖は、実存的恐怖であって、それを見つめている黒澤明自身はある意味で無垢でいられた。しかし、1945年以降の破壊はそうではない。黒澤明がその破壊の一部を確かに担っているのだ。それ故に黒澤明は繰り返しその時間に、その場にたち戻らなくてはならない。このことは黒澤にだけ適応される訳ではない。アメリカ人なら、難民の子供の死体が浮かんでいる沖の前で、自分が確実にその一部の責任を背負ってそれを見つめねばならない。」と答え、このような形で黒澤明の映画があることを強く訴えるアンダラー教授の言葉で質疑応答の時間が終わった。

閉会の辞

  李成市教授(早稲田大学)から閉会の辞が述べられた。講演に先立って刊行された著書への祝辞と早稲田大学でこの講演会を開催できたことの喜びと、講演会を構成してくれた先生方や関係者への感謝が述べられた。

講演会の前に、芥川龍之介の「藪の中」、「羅生門」を読み直し、黒澤明の『羅生門』も観たが四人の記憶の回想から成り立つ映画が本当とは何かをめぐる葛藤を鋭く描いたことに感動したことが語られた。講演会を通じて黒澤明の内面に迫るような兄の存在などを教えてもらい、「芸術家がまさにその芸術家になったある決定的な瞬間」という常の関心事が刺激された。黒澤明の『羅生門』を通してアンダラー教授は、芸術家がある作品を生み出す際、その以前とは異なる結晶を作り出すその瞬間を掘り下げてくれたと述べた。

再度講演者やコメンテータ、そして聴衆に感謝が述べられ、講演会は幕を閉じた。

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