アスリートの「安全」と「パフォーマンス」、両方の最適化を追究する
スポーツの安全にフォーカスした国内では例のない研究室
「Safety and Performance Optimization Laboratory(SPO)」を名称に掲げる私たちの研究室では、運動生理学とスポーツ医科学を融合することで、アスリートや労働者の安全とパフォーマンスを最適化することを目指した研究を行っています。「スポーツの安全」を主題に据えた研究室は、アメリカ以外の国ではほぼ例がありません。
私自身のバックグランドとして、生理学者であると同時に、米国公認アスレティックトレーナー(ATC)の資格を保持しています。そのこともあり研究活動においては、実験室で得たデータは必ずフィールドに持ち込んで検証を加え、また、フィールドで観察した現象は実験室に持ち帰り検討する、という反復を意識しています。この繰り返しにより、アスリートにとって真に意味のあるフィードバックにつなげることを目指しています。
エビデンスに基く熱中症予防の普及活動に注力
特に重点を置いているのが、熱中症対策などの暑さストレスを題材にした研究です。熱中症にはいくつか種類があり、最も重症度が高い労作性熱射病の応急処置では、病院への搬送前からアイスバスを用いて全身を冷却することが、救命や後遺症軽減を図る上で重要になります。しかし国内ではこの手法に関する知識がまだ浸透していないのが現状です。東京オリンピック・パラリンピックでは、IOCおよび組織委員会の要請を受け、暑熱対策に関するアドバイザーとして競技会場へのアイスバス設置などをサポートしました。この活動を総括した論文を近く発表予定で、東京大会のレガシーとして、国内における熱中症関連医療のさらなる進展に貢献できればと考えています。
一方で、労作性熱射病はアスリートだけでなく、消防士や警察官など特殊な労働環境に身を置く人々にも多く見られます。そこで研究室ではスポーツ医科学の知見をアスリート以外の人に応用する取り組みも積極的に進めています。その一環で2018年から、海上保安官の暑熱ストレスに対する安全管理体制の構築にアドバイザーとして関わっています。
より多くの人々の安全に貢献し得ることも醍醐味
日本で「スポーツの安全」は研究分野としてほぼ未開拓の状況です。早稲田大学の研究拠点としての強みや、私自身が培ってきたネットワークも駆使しながら、これから一緒につくり上げていける分野であることは魅力と言えます。熱中症対策に関して公衆衛生学や生気象学の先生方との共同研究も進行中で、今後は理工学系の先生方とも連携を図っていく考えです。
私自身もそうでしたが、アスレティックトレーナーとして現場で活動している人の多くは、日々さまざまな疑問や課題に直面していることでしょう。そうした題材を一度研究に落とし込み、何らかの成果を出すことで、目の前のアスリートだけでなく、日本中や全世界の人に向けてエビデンスに基づいた実践を手助けできる可能性があります。そこに研究の醍醐味があると言えるでしょう。一方で、現場経験を持たない人も研究室では歓迎します。科学者としての専門性をどのようにアウトプットすれば現場にとってより意味のあるものになるのかを、ともに探究しトレーニングしていきたいと考えています。
プロフィール
専門はアスレティックトレーニング、環境運動生理学。早稲田大学スポーツ科学部卒業、米国アーカンソー大学大学院キネシオロジー研究科アスレティックトレーニング専攻修士課程修了、米国コネチカット大学大学院キネシオロジー研究科運動生理学専攻博士課程修了。博士。立命館大学スポーツ健康科学部講師などを経て2021年4月より現職。