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開催報告:Dr. Christina Yi 講演会「「日本語」文学に対する批評的アプローチ: 金石範の作品に関して」

2023年6月28日午後15時5分、早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)にて、本学の訪問准教授であるクリスティーナ・イ先生の講演会“Critical Approaches to “Japanese-Language” Literature: On the Writings of Kim Sŏkpŏm”(「日本語」文学に対する批評的アプローチ: 金石範の作品に関して)が開催された。クリスティーナ・イ先生は、コロンビア大学で博士学位を取得後、カナダのブリティッシュコロンビア大学で日本近代文学を教える研究者である。Colonizing Language: Cultural Production and Language Politics in Modern Japan and Korea(『植民地化される言語――近代日本・朝鮮における文化生産と言語政治学』、2018年)の著者であるイ先生は、2022年にソウルセレクション(Seoul Selection)から刊行された金石範(キム・ソクポム、1925~ )の短編集Death of a Crow(以下『鴉の死』と称する)を英訳した翻訳者でもある。本講演会は、『鴉の死』に収録された作品群を中心に、在日朝鮮人作家である金石範が提唱した「日本語文学」の概念を再考するという趣旨で企画された。会場にはおよそ37人を超える聴衆が集まった。

クリスティーナ・イ先生

まずクリスティーナ・イ先生は、「言語はつねに帝国の伴侶である」という、スペインの学者アントニオ・デ・ネブリハ(1444~1522)の1492年の言葉を紹介することから講演を始めた。ネブリハのこの言葉は、言語が植民地支配の道具として機能しうるという事実を、帝国主義時代の最も早い段階で鋭く指摘したものであった。日本の植民地統治の場合においてもそれは当て嵌まる。この視点に基づいてイ先生は、日本が帝国から国民国家へと移行する過程において「国語」の概念がどのように変化してきたのかを説明した。戦前、日本帝国の普遍言語、すなわち「国語」としての日本語は、言語を媒介とした多民族的調和という幻想を創り上げるための道具として用いられると同時に、宗主国日本と植民地のあいだの序列化された権力関係を生み出す差異化の道具としても機能した。しかし第二次世界大戦後、日本においてこの「国語」という概念は、もはや帝国の普遍言語ではなく、日本という国民国家の固有語を意味するものとなった。日本語をめぐる以上のような言語状況の変化に朝鮮と日本の作家たちがそれぞれどのように反応、または介入したのかを文学テクストを通じて読み取ることは、前掲の著書Colonizing Languageにおいてイ先生が探求した主要なテーマの一つでもある。

以上のことを概説しつつ、イ先生は、日本に在住する朝鮮人の地位が日本国民、すなわち日本帝国の臣民(Japanese imperial subjects)から、戦後に在日朝鮮人へと変化した経緯についても言及した。在日朝鮮人作家たちにとって日本語は、国民国家としての日本の国語という、戦後に形成されつつあった言語観とは常に相容れないものであった。金石範が在日朝鮮人文学を「日本語文学」として捉えることを提案したのはまさにこのような文脈においてである。イ先生の指摘によれば、1925年に大阪で生まれた金石範は、彼の第一言語である日本語が日本の帝国主義の遺産でもあるという事実を意識せざるを得なかったという。ただし金は、日本語創作を通じて日本の植民地主義とその戦後における遺産について批判的な思考を展開することもまた可能であると考えた。「日本語で思考する限り、その意識はそのことばで規定されているわけだが、この場合規定している日本語そのもののことばとして持つ普遍性によって同じ日本語のメカニズムから脱することが可能だろう。つまり自由になる条件が自由を拘束するはずの日本語そのものの中にあるだろうということだ」(「『在日朝鮮人文学』の確立は可能か」、1972年)という金の言葉は、こうした「日本語文学」としての「在日文学論」を端的に捉えたものである。

イ先生は、『鴉の死』に収録された作品の例を通じて、以上のような金の日本語文学論がどのように実践されているのかを論じた。この短編集は、済州島4・3事件に題材を取った一連の作品を集めた選集である。済州島4・3事件とは、第二次世界大戦後に植民地解放を迎えた朝鮮がまだGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の占領下に置かれていた1948年、済州島で発生した島民の蜂起に共産主義政党である南朝鮮労働党が関与していると見なした南朝鮮当局が、政府軍と警察、そして李承晩政権を支持する反共団体を動員して1954年頃まで島民に対する無差別的で大々的な弾圧を行った一連の虐殺事件を指している。この4・3事件は、多くの済州島民が暴力を逃れて日本に移住する契機となった。戦時中を済州島で過ごし、1946年頃に日本へ再び移住した金石範は、生涯を通じて済州島4・3事件に関する小説を書き続けた。4・3事件について語ることは、韓国では1980年代末まで長らくタブー視されてきた主題であるが、在日朝鮮人作家である金の日本語小説を通じてその文学的形象化が可能となったわけである。

『鴉の死』の収録作品である「観徳亭」や「看守朴書房」の中からいくつかの引用文を取り上げ、金が日本語と日本帝国主義のあいだの不可分な関係をどのように浮かび上がらせているのか、また、日本語そのものの脱領域化と異化をどのように行っているのかを論証した。イ先生はまた、金石範の作品には、アメリカの支援下にあった韓国政府が植民地的状態を逆に永続させていたことに対する、金自身の批判的な立場も読み取れると述べた。

李珠姫先生

最後に、従来の「日本文学」に代わる概念として「日本語文学」という区分が文学研究の領域で注目を集めるようになった背景を概説し、「日本語文学」という概念そのものが、それが解体しようとする、中心と周辺のあいだの非対称的な権力関係を再生産してしまう危険についても言及した。この観点からしても、1970年代に金石範が提唱した「日本語文学」の概念を振り返ってみることは、今もなお有効であるとイ先生は指摘した。

講演の後は、参加者との質疑応答が続いた。イ先生が『鴉の死』を翻訳するに至った経緯についての質問や、日本の外で日本語文学について教える際に、これまで周辺化されてきたテクストをどのように取り上げ、また教育していくことが可能かをめぐる質問などが提出され、約30分に及ぶ活発な議論が交わされた。

なお本講演会は、早稲田大学高等研究所、スーパーグローバル大学創成支援事業早稲田大学国際日本学拠点の主催、早稲田大学国際文学館の共催により開催された。

(作成:李珠姫)

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