Sustainable Energy & Environmental Society Open Innovation Research Organization早稲田大学 持続的環境エネルギー社会共創研究機構(SEES)

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齋藤機構長が中外製薬株式会社・矢野上席執行役員と対談を行いました

いま、産学で考える環境・エネルギー社会の未来

 近年、企業や大学における環境対策は、責任としてではなく経済活動の一環として積極的に行われるようになりつつあります。中外製薬株式会社では、技術ドリブンの研究開発型製薬企業として、革新的な医薬品を世に送り出してきました。その精神は環境対策活動にも生きており、今回は大学や他業種企業も巻き込みながら進めている挑戦的な脱フロンの取り組みを中心にお話しを伺いました。 ※対談者の肩書、実績等は当時のものです。

フロン類の保有ゼロを目指す、そのこころ
――製薬会社である中外製薬が積極的に環境対策に取り組んでいらっしゃると伺いました。そのモチベーションや具体的な活動について教えてください。

矢野 弊社は、医薬品の研究・開発・製造販売および輸出入を行う製薬会社です。特に、バイオ・抗体技術を強みとして革新的な新薬の開発に力を入れており、がん領域および抗体医薬品の国内売上シェア1位の実績を有します。2002年にスイスのロシュ社と戦略的提携を開始して以降、グローバル製薬企業グループの一角として事業を推進しており、環境対策についてもグローバルな視点に立った、攻めの姿勢での活動が求められるようになりました。

環境対策活動の重要課題は大きく3つです。気候変動対策(地球温暖化防止)、循環型資源利用、生物多様性保全を課題としており、2030年に向けた中期環境目標を設定しています。特に地球温暖化防止では、二酸化炭素(CO2)排出量をScope1およびScope2[1]の合計で2030年に2019年比60-75%削減、2050年には排出ゼロを目指しています。加えて、各拠点・工場等において空調設備や医薬品製造工程で冷媒として用いられているフロン類についても、2030年には保有ゼロに向けて取り組んでいます。

齋藤 中外製薬では2023年12月、既存バイオ原薬製造棟の改造工事の際に、脱フロンに向けて自然冷媒の利用を想定した設備更新を行うというリリースを出されましたね。CO2やアンモニア(NH3)、プロパンなどの自然冷媒は、毒性や可燃性があり扱いづらく、また、フロン類とは安全技術が異なるため、これを採用するとなると設備の総入れ替えが必要になるほどのインパクトがあります。日本のメーカーが慎重姿勢をとっている中、非常にアグレッシブな判断をされたと、感心しました。

 矢野 フロン類はオゾン層破壊や地球温暖化係数が高い等の理由により、世界的に規制の波にさらされ続けています。現在代替フロンとして期待されているハイドロフルオロオレフィン(HFO)も、環境や人間への安全性に対して疑問視する声があり、欧州では2022年にHFOを含むPFAS規制の共同提案が提出されるなど、前途洋々とは言えません。

そのため、真に環境のことを考えるならば、自然冷媒への転換が必須と考えています。早期実現に向けてメーカーや大学と共に積極的に技術開発をしていこうと、設備投資計画に環境対策枠を作り、今後10年の工場や研究所の設備更新プランに織り込みながら動いているところです。非常に大きな投資になりますが、自然冷媒への転換には、その価値があります。

カーボンニュートラルに向けて大学も動き出している
――環境問題に対し、非常に真摯に取り組まれているのですね。大学ではいかがでしょうか。

齋藤 早稲田大学は新宿区にあり学生5万人を抱えるマンモス大学ですから、大学としてどう環境対策活動に取り組むか、というロールモデルにならなければいけません。その答えのひとつとして、日本の大学の中で先駆けて2021年11月に「Waseda Carbon Net Zero Challenge」を宣言し、翌2022年12月には、総合大学として文理の枠組みを超えた研究力を結集させる駆動力として「カーボンニュートラル社会研究教育センター(WCANS)」を立ち上げました。カーボンニュートラルを切り口とした先進的な研究教育を展開しつつあります。

もう少し具体的なところでは、2021年に私が機構長を務める持続的環境エネルギー社会共創研究機構(SEES)を新設しました。私のような機械系のエネルギー研究者のみならず、資源循環系や情報系、さらには数学系研究者も一緒になって環境に関わる研究を推進しようという組織です。理工学系の共通言語は数学ですから、異分野の研究者がその共通言語を用いて議論できるようなプラットフォームを作り、未来の環境エネルギー社会について考えていこうとしています。
矢野 コンソーシアムですね。

齋藤 まさに、おっしゃる通りです。SEESには17社の企業に参画いただき、次世代ヒートポンプ技術戦略研究コンソーシアムも立ち上げています。対象をヒートポンプに絞り、次世代の絵姿を描こうとしているところです。産学に官も含めて共通の絵姿を描くための旗振り役は、中立の立場である学会や大学が担わなくてはいけないと思っています。私は現在、日本冷凍空調学会の会長も務めていますから、多様な業界をつないで仲間を増やすべく、走り回っているところです。

ヒートポンプに世界が注目している

齋藤 ヒートポンプは、空気や水の熱にわずかな電力を加えることにより冷温熱を作ることができる冷温熱制御技術で、その過程でCO2を排出しません。現状はボイラー等で化石燃料を燃やして熱を作り、空調や工業プロセスに利用していますが、NEDO技術戦略研究センターのレポートによると、この熱供給によって排出されるCOは日本の総排出量の約5割を占めるとされています。ですから、CO2排出ゼロを達成するためには、熱供給工程においてCOを排出しない産業用ヒートポンプ技術の開発が不可欠です。

矢野 ロシアのウクライナ侵攻によって、一時期、天然ガスひいてはエネルギー供給が滞ったことから、直接的に化石燃料を必要としないヒートポンプはヨーロッパ諸国において非常に注目されるようになりました。このヒートポンプの技術は、現時点では日本が優位性をもっていると認識しています。

齋藤 アメリカでもヒートポンプ技術開発に資金を投入しており、MITテクノロジーレビューが発表した「10 Breakthrough Technologies 2024」にもヒートポンプが選ばれています。このような欧米の動きに対して、日本のヒートポンプ開発は非常にゆるやかです。

――なぜ、技術革新がなかなか進まないのでしょうか

齋藤 すでに日本のヒートポンプ技術は世界トップレベルにあるため、さらなる技術開発が難しくなっています。強く求められている次世代の冷媒開発や、(低温)工業プロセスで必要な200℃レベルの熱を作ることは、容易ではありません。熱源についても、河川水や地中熱、工場排熱などまでの活用が求められますが、ヒートポンプを設置したい場所付近にあるとは限りません。このように、課題はありますが、日本の高い技術力でこの困難を共に乗り越えていきたいと思っています。

矢野 私どもにとって、環境対策に関する技術は競争分野ではありません。いちユーザーとして、同じ悩み・課題を抱えている企業の仲間を増やし、開発パートナー企業や大学の方々と連携しながら日本のヒートポンプ技術の向上、世界市場への展開に貢献できればと考えています。

日本がブレークスルー技術を生み出すには
――ヒートポンプなど環境対策に関わる製品市場で、日本が存在感を示すために必要なことは何でしょうか

 齋藤 日本は環境先進国と言われていましたが、近年は欧米諸国に後れをとっています。様々な要因が絡んではいますが、ひとつには、日本では一度失敗するとそこからのリカバリーが非常に困難であるため、業界も政府も思い切った方向転換に踏み切れないからではないかと思います。冷媒を例にとれば、毒性や可燃性がある自然冷媒の利用には消極的で、まずは安全なHFOで様子をみながら、といった状況です。一方のヨーロッパではスピード感をもって新しい技術開発を進められているように感じますが、いかがでしょうか。

矢野 スピード感という意味では、日本の製薬産業も似たような課題を抱えていると思います。製薬産業は厳しい規制の中で動いていますが、新しいイノベーションが生まれると従来のルールや考え方が通用しなくなります。しかしながら、それらに合わせた新しいルールが整備されるのに相当の時間がかかってしまうことがよくあります。ヨーロッパでは、インセンティブとレギュレーションを積極的に使い分けて産業全体を発展させようとしています。また失敗を恐れすぎないといいますか、失敗しても許容する風土がありますね。日本の規制はヨーロッパと比較すると、安全・安心に重きを置いているのは素晴らしい点ですが、一方で、新しいものを受け入れるのに時間がかかってしまい、新しい技術の導入が遅れてしまいます。グローバルな視野でみて、新しい技術で課題解決ができるのならば、規制当局にエビデンスを示し、理解を得てルールを更新し、そして新たなルールに則って製品を世に送り出していくというサイクルを回す必要があります。

齋藤 前向きに新しいことに挑戦するために、新技術やそれを用いた製品について規制当局に加えて、国民の皆様にも真摯に説明して理解を求めていく必要があると考えています。危険やリスクも伴うけれど、地球環境を守るために必要なことである、と。

 冷凍空調機が対象としている熱というものは目に見えない、どのような効率で動作しているか分からないことも、理解が進まないひとつの要因かもしれません。現在、国の支援を得て(内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期)、デジタル技術による熱情報の見える化に取り組んでいるところです。単純なエネルギー効率だけでなく、快適性や使い勝手の良さなどの観点も取り入れた新しい指標を作り、世の中に訴えていきたいと考えています。

これからの環境立国を担う人材育成
――客観的思考を養う、あるいはリスクを伴うが、社会的価値がある技術・製品に対する社会的受容性を醸成するために、人材育成の観点からできることはあるでしょうか。

矢野 これまでの環境対策活動は企業が主導するもので、従業員は自分事になっていませんでした。しかし、これからの世界では、私たち自身がいち地球人として環境対策に取り組む意識を持つ必要があるので、自分の考える環境対策活動を共有できるような場を作りたいと考えています。環境対策や対応については、会社もやるけど、自分たちでもやる、という意識づけをして行けたらよいですね。

齋藤 大学ではカーボンニュートラル宣言を契機として、2022年度から文理を問わず全学部生を対象にカーボンニュートラルをテーマにした科目群を設置し、副専攻として履修できるようにしました。2024年度から大学院生向けの科目群も整備され、複合的な視点でカーボンニュートラルに関する知識を深めることができるようになっています。

SEES機構としては、小中学生や高校生向けにヒートポンプを紹介する機会を持ちたいと考えています。できるだけ若いうちから最前線の技術を知る機会を設けたい。また、小学生ぐらいだと保護者も一緒に聞くことになりますから、すそ野が広がりやすいのではないかと期待しています。環境問題に対しては、他人任せにするのではなく、自ら行動できる人材育成が必要です。ただ、教育には時間がかかりますので、あせらず地道に、前に進んでいきたいと思います。

――ありがとうございました。

[1] Scope 1:燃料の燃焼や、製品の製造などを通じて企業・組織が直接排出する温室効果ガス、Scope 2:他社から供給された電気・熱・蒸気を使うことで、間接的に排出される温室効果ガス(資源エネルギー庁ウェブサイト「知っておきたいサスティナビリティの基礎用語~サプライチェーンの排出量のものさし『スコープ1・2・3』とは」より)

対談者

齋藤 潔(さいとう きよし)

早稲田大学理工学術院・教授

熱システムのダイナミクスと制御に関する研究が専門。ヒートポンプ技術に関する性能向上や冷媒の低GWP化に向けた研究を展開。日本冷凍空調学会会長。経済産業省産業構造審議会フロン類等対策ワーキンググループ・座長、環境省中央環境審議会・委員。2022年度文部科学大臣表彰研究部門。

 

矢野 嘉行(やの よしゆき)

中外製薬株式会社・上席執行役員(人事・ESG推進統括)

1986年中外製薬入社。営業本部、国際本部などに従事した後、フランス関係会社で5年間の駐在を経験。その後、経営企画部マネジャー、医薬品マーケット調査を担う調査部長を歴任。2016年に人事部長。2019年に執行役員人事部長。2022年から現職。

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