微生物によるタンパク質生産効率向上の新技術を開発
~医薬品や酵素、抗体などバイオものづくりへの応用に期待~
本研究のポイント
・翻訳注1)を促進し、タンパク質生産効率を向上させる短いペプチド注2)(peptide)配列を多数開発。
・AIを活用し、ペプチドの翻訳促進強度を高精度に予測。
・簡便な方法で目的タンパク質の生産性を向上可能。
・医薬品や抗体だけでなく、再生可能資源から化学品や燃料をつくる分野で活躍する酵素の生産効率向上にも応用可能。
研究概要
名古屋大学大学院生命農学研究科の加藤 晃代 准教授、中野 秀雄 教授、産業技術総合研究所の本野 千恵 主任研究員、早稲田大学理工学術院の浜田 道昭 教授(兼:産業技術総合研究所 招聘研究員)、横山 源太朗 助手(兼:産業技術総合研究所 技術研修員)らの研究グループは、大腸菌などの微生物によるタンパク質生産効率を高める新技術を開発しました。
研究グループはこれまで、特定の短いペプチド配列が翻訳を促進し、リボソーム注3)の停滞を軽減できることを報告してきました。今回の研究ではこの知見をもとに、人工的にランダム化したペプチドライブラリーを用いて、リボソームの停滞(ribosome stalling)注4)を抑制するペプチドを探索し、新たな翻訳促進ペプチド(Translation-Enhancing Peptides:TEPs)注5)を多数発見しました。これらのTEPsはそれぞれ異なる強度で翻訳を促進し、タンパク質生産効率を向上させることが明らかになりました。
さらに、研究グループは機械学習(machine learning)注6)を用いたAIモデルを構築し、ペプチド配列から翻訳促進活性を予測することに成功しました。このAIモデルは実験値と高い相関を示し、目的のタンパク質に適した配列を合理的に設計できる手法として応用可能であることを示しました。
本成果は、微生物によるタンパク質生産のボトルネックである翻訳効率の問題を解決する新たなアプローチであり、バイオ医薬品や酵素注7)、抗体などの生産を支える基盤技術としての応用が期待されます。
本研究成果は、2025年10月25日付で、英国Royal Society of Chemistry (RSC) によって発行されている、化学生物学分野を対象としたオープンアクセス誌『RSC Chemical Biology』に掲載されました。
研究背景と内容
近年、医薬品や産業用酵素、診断用抗体など、さまざまなタンパク質を微生物で生産する「バイオものづくり注8)」が広く注目を集めています。特に、石油資源の代替として期待されるバイオプラスチックやバイオ燃料などを生み出す酵素も、すべてタンパク質で構成されています(図1)。そのため、これらを効率的に生産する技術の開発は、持続可能な社会の実現に向けて極めて重要です。
- 図1. バイオものづくりを支えるさまざまなタンパク質
大腸菌を用いたタンパク質生産系は、コストやスピードの面で優れており、広く利用されていますが、生産させたいタンパク質の遺伝子配列によっては生産性が低下することが知られています。この低生産性の原因の一つとして、リボソームの停滞(翻訳の途中停止)が関係していると考えられています(図2)。
- 図2. タンパク質を生産するための転写・翻訳システムと翻訳工程でのリボソーム停滞
名古屋大学の研究グループはこれまでに、4つのアミノ酸から成る短いペプチド「SKIK配列注9)」をタンパク質の先頭(N末端)に付加することで、リボソームの停滞を軽減し、翻訳効率を大幅に向上できることを発見しており、この成果が今回の研究の出発点となりました(図3)。
- 図3. 本研究の出発点となった、先行研究での発見
今回の研究では、この原理をさらに発展させるため、人工的に設計した4残基ペプチド(テトラペプチド(tetrapeptide)注10))ライブラリーを用いて網羅的な探索を行い、リボソームの停滞を抑制する翻訳促進ペプチド(TEPs)を多数同定しました。
さらに、各ペプチドの翻訳促進効果と配列情報の測定データを基に、機械学習を活用したAI予測モデルを構築しました。実験による測定と、AIモデルによる予測を3回繰り返すことで、250個程度の実験データからでも、配列から翻訳促進の強さを高精度に予測できることを実証しました(図4)。
- 図4. 本研究の成果概要
成果の意義
本研究により、短いペプチド配列を利用してタンパク質生産効率を高める新たなアプローチが示されました。
この技術は、医薬品や抗体だけでなく、再生可能資源から化学品や燃料をつくる「バイオリファイナリー注11)」分野で活躍する酵素の生産効率向上にも応用可能です。つまり、石油に依存しない持続可能なものづくりを支える基盤技術としても期待されます。
さらに、AIによる予測モデルを用いることで、今後は目的のタンパク質に合わせて翻訳されやすい配列を合理的に設計できるようになることが期待されます。これにより、バイオ医薬品、酵素、抗体などの生産プロセスをより効率的かつ低コストで実現し、持続可能なバイオものづくり技術の発展に貢献できると考えられます。
また本成果は、実用的な応用のみならず、リボソーム停滞の分子機構を理解する上でも新たな視点を提供しており、翻訳制御の原理を探る基礎研究の進展にも貢献するものです。
本研究は、産総研―名古屋大学アライアンス事業、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(課題番号:JPMJFR2204)、GteXバイオものづくり領域(課題番号:JPMJGX23B6およびJPMJGX23B4)、および日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:23K04989)の支援のもとで行われたものです。
用語説明
注1)翻訳(translation):
遺伝子情報(mRNA)からリボソームがタンパク質を作る過程。
注2)ペプチド(peptide):
2〜数十個のアミノ酸が結合した短い分子。
注3)リボソーム:
mRNAの情報を読み取り、アミノ酸を連結してタンパク質を合成する分子装置。
注4)リボソームの停滞(ribosome stalling):
リボソームが翻訳中に特定の配列で停止し、タンパク質合成が一時的に止まる現象
注5)翻訳促進ペプチド(Translation-Enhancing Peptides:TEPs):
リボソーム停滞を軽減し、翻訳を促進する短いペプチド配列。
注6)機械学習(machine learning):
AI(人工知能)の一分野で、データからパターンを学び予測する技術。
注7)酵素:
生物がもつ触媒タンパク質。化学反応を効率的に進め、燃料や化学品の生産に用いられる。
注8)バイオものづくり:
微生物や細胞等を利用して、医薬品・化学品・燃料などの有用物質を生産する技術の総称。環境負荷を低減し、脱石油社会の実現に貢献する。
注9)SKIK配列:
4つのアミノ酸から成る短いペプチド(Ser-Lys-Ile-Lys)。翻訳促進効果を持つことを名古屋大学の研究グループが発見。
注10)テトラペプチド(tetrapeptide):
4つのアミノ酸から構成される短いペプチド。本研究では約1万種類を人工的に設計し、翻訳促進効果を網羅的に解析した。
注11)バイオリファイナリー:
植物や微生物などの再生可能資源から燃料や化学品を生産する技術。石油精製(refinery)に対する生物由来の生産方式。
論文情報
雑誌名:RSC Chemical Biology
論文タイトル:Screening and machine learning‒based prediction of translation-enhancing peptides that reduce ribosomal stalling in Escherichia coli
著者:Teruyo Ojima-Kato(名古屋大学), Gentaro Yokoyama(早稲田大学兼産業技術総合研究所), Hideo Nakano(名古屋大学), Michiaki Hamada(早稲田大学兼産業技術総合研究所), and Chie Motono(産業技術総合研究所)
DOI: 10.1039/D5CB00199D











