School of Sport Sciences早稲田大学 スポーツ科学部

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スポーツビジネスを切り口に、日本を代表するグローバル人材に(スポーツビジネスコース)

【スポーツ科学部を選択した理由は、知的好奇心から】

私がスポーツ科学部を選択した理由は、将来の夢や進路だけに起因したものではありませんでした。高校時代に「スポーツ」という「対象」の面白さ・特異性に気付いたからです。小学生時代にバスケットボールを始め、高校時代にはキャプテンも務め、それまでの約十年間はバスケ中心の生活でした。高校卒業後の進路を考える際に、これまでの人生を振り返り、最も幸福を感じた瞬間にはいつも「バスケ」があることに気付きました。

何故、「スポーツ」というものが多くの人々の人生において重要な役割を果たしているのか。ただ純粋に、その極めて特殊な対象を科学的に解明したい―ということが理由でした。そして、スポーツに関する学問領域において、早稲田大学が日本で最も評価が高いという話を伺いました。

入試前の代ゼミ早稲田模試で、私は幸運にも学部別で全国1位の成績を獲得し、周囲の先生からは東大や他の国公立大の受験・進学も強く薦められました。しかし私の考えは変わらず、早稲田大学スポーツ科学部に入学しました。

【スポーツは「対象」であるが故に、幅広い領域の教養を身に付けることが出来る】

スポーツ科学部では、学部一年次にスポーツ科学を多様な側面から理解するスポーツ・リベラルアーツを必修で学びます。スポーツは学問の対象であるが故に、実質的にどんな学問も結び付けて学ぶことができ、そこで興味を持った分野を二年次からより詳しく学びます。スポーツ科学部という名から、多くの方はバイオメカニクスなどの理科系の学問をイメージしがちですが、私はスポーツビジネスコースを選択し、スポーツマーケティング・マネジメント・エコノミクスを主な専攻としました。まず、それらの親学問を学ぶ必要があると考え、商学部・経営学部・経済学部などで推奨される基礎的な内容も学びました。

また、自身の学ぶ理論が「机上の空論」となってしまうことを危惧し、それらを応用する実践の場が必要であると考えました。一年次に参加したオレゴン州での短期留学から帰国後すぐに、オレゴン州に世界本社を置く外資系スポーツ用品メーカーでのアルバイトを始め、これまで5年以上続けています(後に同社で長期インターンも経験しました)。同社はスポーツマーケティング分野で度々ケース・スタディーとして取り上げられる為、私にとっては、働いてお金を稼ぐというより、そこで働く経験の価値が非常に高いと感じています。その業界のビジネスモデルを知り、現場の消費者を間近で観察し続け、自身が学ぶ理論(消費者行動論や経験価値理論)の実践を行うことが出来ました。

【世界に目を向けさせてくれたのは、世界レベルのアスリート達だった】

私 は大学時代に明確な将来の夢や進路を持っていませんでしたが、「世界で活躍する人材となる」という漠然な目標を持ち続けていました。スポーツ科学部の良い点として、「常に世界レベル・日本トップクラスのアスリート達と触れ合える」ことが挙げられると考えます。日本スポーツ界においてトッププレイヤーを輩出し続けており、スポーツ科学部には全国レベル・世界レベルの選手が多く在籍します。キャンパスを歩けば、クラスに行けば、毎日オリンピアンが居る様な環境が当たり前です。私はその様な人々と共に学ぶ中で、彼(彼女)らの「常に日本の頂点や世界を見据える俯瞰的視野」に感銘を受けました。

入学して間も無く、アメリカ・オレゴン州に短期留学(スポーツ科学部の必修単位)をしたことで、スポーツビジネスという学問の本場は、スポーツ大国・アメリカであることを肌で感じることが出来ました。元々、物心付いた時から北米の世界最高峰のプロバスケットボールリーグであるNBA(National Basketball Association)を観て育った為、アメリカには強い興味がありましたが、自身の学問からも目を向ける様になりました。

これらのスポーツ科学部での経験から、まずは世界を自分の目で確かめる必要があると考え、アメリカへの留学を決めました。

【アメリカで培った異文化理解力を活かし、帰国後は外交プロジェクトへ参画】

カリフォルニア大学ロサンゼルス校での留学生活は「大変」でしたが、読んで字の如く、人生が「大きく変わる」時期となりました。リスクを恐れず何事にも挑戦していくマインドを持った人々とそれを推奨する文化―これは私の性格に完全にマッチしていました。それまで日本での生活の中では、挑戦自体が受け入れられないことや、挑戦に伴うリスクに対してネガティヴな印象を持つ人々が多いと感じていました。その価値観は世界基準で捉えると少し異質に感じ、何もそれが常識であると思う必要も無くなりました。

ロサンゼルスが非常にリベラルな都市であったことも要因の一つであったかと思いますが、人々の価値観の多様性が目立ちました。そして彼(彼女)らは、自身の信じる事をためらい無く主張します。強い信念を持ち社会に対して働きかけている人が本当に多く、私も大いにインスパイアされました。「世界で活躍する人材」になると決めたなら、常に世界という舞台に立ち続けなければいけないと感じ、帰国後は政府系の外交プロジェクトに参画する様になりました。

アメリカで得た経験や異文化理解力は私の武器となり、これまで多くの機会を頂くことが出来ました。中でも、日本最古の国際学生交流会議である日米学生会議に、日本側代表学生として参加した経験は大きな成長に繋がりました。アイビーリーグなどを筆頭に世界で最優秀と称される有名大学からメンバーが構成されるアメリカ側代表の学生達との約1ヶ月間の共同生活の中でディスカッションを行うプログラムです。しっかりと自身の論理を組み立て、意見を主張し議論することができ、世界トップレベルと言われる学生達を相手に、私は大きな自信を手に入れました。その後も政府系の外交プロジェクトの度に、カナダやアメリカに派遣されました。北米との関わりが多かった私は、大学生活を通じて、気付けばこれまでに太平洋を8往復しており、もはや世界はすぐそこに感じられる程になっていました。海外へ派遣される度に、派遣先では常に「日本代表」という気概でプロジェクトに臨むことが求められ、私にとってこれは嬉しいプレッシャーでした。社会・世界の為に働くという高い視座を持つことに非常に価値を感じました。

来春からは民間企業である総合商社で働くことになりますが、そこで私は目先の利益に惑わされること無く、世の中のニーズに応える為に働きたいです。これまでの大学生活やスポーツ科学部で手に入れた宇宙的視野で、物事を俯瞰的に捉え、本当に大切なことを見失わない様にしたいです。

スポーツ科学研究科 修士課程2年 鈴木 北斗

(学年は記事作成時のものです。)

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