School of Sport Sciences早稲田大学 スポーツ科学部

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スポーツとけが、けがはつきものか?/鳥居 俊(スポーツ科学学術院准教授)

スポーツとけが、けがはつきものか?

ラグビー、アメリカンフットボールなど激しい衝突のあるスポーツはもちろんであるが、サッカーでもバスケットボールでも膝の靭帯損傷を含めてさまざまなけがが発生します。こうしたけがについて、指導者や、場合によってはメディカルスタッフも「けがはつきものだからしかたない」という言い方をすることがあります。けがをした選手を慰め納得させる意味もあるが、本当は「つきもの」で片付けてしまってはいけないのではないかと私は考えています。

最近、学校での体育や部活中のけがについて関心が集まっています。武道必修化の際に柔道で発生する頭部外傷による死亡事故についての議論1)がメディアを賑わせ、最近は組み体操の骨折も話題になっています。確かに1990年頃に私たちが調査2)した時点では学校の管理下で発生した柔道による頭部外傷の死亡事故は年間5件程度もあり、しかも1年生や体格差のある相手と練習した生徒に多いことがわかりました。しかし、その後もこのような傾向にあまり変化はなく、武道必修化となる時点で漸く減少したという経緯がありました。アメリカンフットボール(以下、アメフト)の発祥の地であるアメリカでは、選手数が多いためアメフトによる頭部や頚部の重大外傷で死亡する選手の数も少なくなく、競技をサポートするスタッフは苦慮していましたが、重大事故のメカニズムを分析し、事故を引き起こすような危険なプレーを反則にすることで死亡事故を減らした3)という歴史があります。

死亡に到らないけがであっても、少ないにこしたことはありません。交通事故にたとえてみれば当然のことです。しかし、重大な外傷以外の比較的多く見られるけがが将来にどのような影響を及ぼすかについて、多くの情報がありませんでした。また、けがは治療すれば元通りに治る、という過信もありました。現実に選手時代のけがの後遺症で悩む元選手たちは少なくありません。またアメリカでは、アメフトで脳震盪を繰り返した結果の後遺症で脳の機能低下をきたした選手たちが裁判をおこしたという事例4)もあり、スポーツ医学は引退後の人生まで考えてきちんとした調査を行いエビデンスを蓄積した上で予防の重要性を訴えていく必要に迫られました。

さて、早稲田大学には歴史の長い運動部が多数あり、運動部の出身者を調査することで重要なエビデンスを得ることができると考えられます。2000年頃に9つの運動部の出身者に協力をいただいて、運動部活動中に発生したけがと現在の痛みの関係を調査し、両者の間にはある程度関連があることが明らかになりました5)。より具体的に述べると、運動部活動中に発生した膝の靭帯損傷経験者では中高年になって膝の痛みを持つ割合が明らかに高いということです。もちろん、検査や治療の進歩もあるので、現在の選手たちで同じような割合で将来に痛みが出るというわけではありませんが、けがをした時点で戻らなくなるものがあると考えるべきかと思います。このような記述をするとスポーツに否定的な、暗いオピニオンかと思われてしまいますが、私が強調したいことは予防の重要性です。

現在のスポーツ医学研究は予防に重点をおいています。さまざまなスポーツ外傷の受傷シーンを映像で捉えることで、発生メカニズムを分析しています。そこから、予防策を見出す研究が多数行われています。その中には動作を変える、身体を変える、ルールを変えるなど、さまざまな取り組みが含まれます。膝の前十字靭帯損傷をおこしやすい動きを変えるトレーニングは損傷の多い女性スポーツでは現場に取り入れられていますし、体幹を支える筋を強化するトレーニングは非常に多くの競技で実践されています。こうした取り組みの結果として実際にけがが減ったかどうかのモニタリングも重要であり、その証拠をもってエビデンスが得られます。

大学の競技スポーツは勝利を求めることも重要ですが、競技スポーツの価値を高めるためにけがを予防することの実践も同時に行っていくことが必要と思われます。早稲田スポーツをその実践とエビデンス発信の場にできれば、スポーツ医学関係者としてこれにまさる幸せはありません。
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文献

1)    内田良:柔道事故. 河出書房新社, 2013.
2)    Torg JS, et al.: The epidemiologic, pathologic, biomechanical, and cinematographic analysis of football-induced cervical spine trauma. Am J Sports Med 18:50-57, 1990.
3)    鳥居俊、中嶋寛之:学校におけるスポーツ医学, 文光堂、1996.
4)    http://www.nikkei.com/article/DGXLSSXK40123_T20C15A4000000/
5)    鳥居俊:大学運動部での主要関節外傷既往と卒業後の疼痛との関連性. 日本臨床スポーツ医学会誌. 13:220-225,2005.

執筆者プロフィール

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鳥居 俊(スポーツ科学学術院准教授)

1958年生まれ、愛知県出身。早稲田大学スポーツ科学学術院准教授。1983年東京大学医学部卒、同大学整形外科学教室入局。静岡厚生病院、都立豊島病院、虎の門病院、東大病院助手を経て、1993年東芝林間病院整形外科部長。1998年早稲田大学人間科学部スポーツ学科助教授を経て、2003年より現職。

専門分野は、スポーツ整形外科、発育発達学。運動器の発育発達、運動器障害の予防、身体活動と骨代謝、身体活動による健康増進をテーマとして、研究・指導を行っている。日本体育協会公認スポーツドクター、日本陸上競技連盟医事委員、ナショナルチームドクター。早稲田大学米式蹴球部、国士舘大学アメリカンフットボール部チームドクター。

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