政治学研究科博士後期課程 坂口 可奈さん
学部生時代から、一貫してシンガポールについて研究している坂口可奈さん。しかし、高校時代までさかのぼると、当時はまったく別の道を志望していました。「高校2年の12月までは、バイオリンで芸大を受験するつもりでした。でも、現実的にはバイオリンで食べていくのは大変だろうと、早稲田の政経に志望を変えたんです」。
坂口さんは、特にはっきりした理由があって早稲田の政経を目指したわけではないと言います。「ただ、ここまでやってきたバイオリンをやめて普通の大学に進むのだから、しっかり勉強できる大学を選びたいとは思いましたね」。また、ちょうど国際政治経済学科が新設されるタイミングで、グローバルな視点で勉強ができるのは面白いのではないか、とも考えたそうです。
早大入学後、大学3年生になると、東南アジア研究のゼミを選択。実は坂口さんは、小学生の家族旅行でタイとラオスに行くなど子供の頃から東南アジアに縁がありました。「大きな影響を受けたのは、中学のときに親に勧められてボランティアツアーで行ったタイですね。農村にホームステイしたんですが、本当に貧しい地域で家は掘っ立て小屋、子供は学校にも行けない……、中学生の私には衝撃的で、それが東南アジアに興味を持つきっかけになりました」。
その後、浪人時代に旅行でシンガポールを訪れて、それまで抱いていた東南アジアのイメージとはまったく異なる、ビルが立ち並ぶ先進的な街並みに再び衝撃を受けたそうです。「東南アジアにもこんな国があるんだと。しかも調べてみたら、さまざまな民族がいるにもかかわらず、うまくまとまっているように見える。こんなに発展してるのはなぜなんだろうと、シンガポールにとても引きつけられました」。
こうした背景もあり、東南アジア研究のゼミではシンガポールの多人種主義(シンガポールでは多民族のことを多人種と呼ぶ)について研究していた坂口さん。とは言え、その時点ではまだ大学院への進学は考えていませんでした。「3年生のときには、就活で商社などを回っていました。でも、3年2月のゼミ面談で『大学院に来たら?』と先生に言われて、スパッと切り替えたんです」。大学進学のときと同様に、「決めるときは決める」のが坂口さん流のようです。ただし、「先生に誘われたことが契機にはなりましたが、シンガポールの研究をもっと続けたい気持ちはあったので迷いはありませんでしたね」。
修士課程でも、引き続きシンガポールの多人種主義をテーマに研究。多民族国家でありながら、表面上は民族対立がなく、その面での国民統合が成功しているように見えるシンガポールの国民統合の「成功」と「限界」について、さまざまな角度から考察を行いました。「たとえば、多人種主義は四つの『人種』(華人、マレー人、インド人、その他)を基礎としていますが、これらの『人種』アイデンティティを持たない人々の視点をいれて、多人種主義について分析しました」。
また、博士課程に進んでからは多人種主義に加えて、能力主義(メリトクラシー)の面や外国人労働者の存在からもシンガポールを分析、考察しているそうです。「初めは民族関係のことしか見ていなかったのですが、研究を進めるうちにシンガポールの国民統合の背景には能力主義もあり、外国人労働者の存在も関係していると気づいて、博士課程ではこのテーマを選んだんです」。
研究の中では、現地の人の生の声を聞くことも必須。そのため、年に1、2度はシンガポールに出かけて、インタビューを行うこともあるとか。「インタビュー相手は、人から紹介してもらったり、自分で探したり。事前にメールでアポイントメントを取るんですが、なかなかメールの返事が来なくて、結局現地まで行ってから直接アポを取ったりすることもありますね」。
現在は、博士論文の第一稿を執筆中。朝10時頃から、休憩や家庭教師のアルバイトなどを挟みつつ、夜の10、11時まで研究室で過ごす日々だとか。「第一稿として提出した後、それに修正を加えて、2013年度中には完成させられたらと考えています」。博士課程修了後は、大学か研究所に勤めてさらにシンガポール研究を進めていきたいという坂口さん。「その前に、やはり一度はシンガポールにも住んでみたいです」。そこで、シンガポールの大学などで研究員をすることも検討しているそうです。
ちなみに坂口さんの研究は、政治学の中の「地域研究」という部類に入るとのこと。「大きく言えば、その地域を『丸ごと』研究することで、いろいろな物事に対する新しい見方を提供することもできます。言ってみれば、『土台』にあたる研究で、私の研究成果を踏まえて、別の人がもっと大きな視点で他の研究に生かすといった使われ方も考えられます」。また、「実はシンガポールが抱えている問題には、日本にも通じるものがかなりあります。たとえば、少子高齢化や介護問題などは、シンガポールの事例を見ていくことで、そのままでは使えないにしろ、日本の問題解決にもつながる可能性があるんです」と、「研究の先にあるもの」についても説明してくれました。
これから大学院に進むことを検討している後輩のみなさんへのアドバイスとしては、「大学院に入る前には、「勉強」と「研究」の違いも考えてみるとよいのではないでしょうか」と坂口さん。「『勉強』というのは、すでにあることを理解したり覚えたりが中心。一方、『研究』は誰もやっていないことをやって、そこから自分で何かを見つけたり作り出したりすることだと私は考えています。でもまずは、自分が研究したいことは何なのか、そこをよく考えることが最も大切だと思いますよ」。
坂口 可奈さん
1984年生まれ、高校2年生までバイオリンで芸大受験を目指す。その後、一般大学に志望を変更し、2004年4月早稲田大学政治経済学部に新設された国際政治経済学科の一期生として入学。2008年に同大学院政治学研究科の修士課程、2010年には博士課程に進学。浪人時代の旅行をきっかけにシンガポールに興味を持ち、学部生時代から、シンガポールをテーマに研究を続けている。現在は、多人種主義、能力主義、外国人労働者の受け入れの三つの面からシンガポールを研究する博士論文を執筆中。将来は、シンガポールと日本で、研究者として活動を続けていきたいと考えている。
「気分転換は『博士部屋』でのおしゃべりと『+1日』の小旅行」
「大学院はあくまで研究の場」という坂口さんですが、博士課程の仲間と過ごす時間も大切にしています。「研究室の片隅に通称『博士部屋』と呼んでいるたまり場があって(笑)、休憩中にはみんなでお菓子を食べながらよくおしゃべりしています」。また、男女を問わず、博士課程の仲間で花見や山登りをすることもあり、「仲間との交流がいい気分転換になっていますね」。
また、研究資料の収集や現地の人へのインタビューのために、年に1、2度、10日間ほどシンガポールに出かける際には、「旅行」で気分をリフレッシュしているとか。「シンガポール自体はあくまで研究で行くので、滞在中は数多くのアポイントメントを入れるなど、けっこう忙しくしています。でも、たとえばシンガポールに行く前日には乗継で上海を回るなど、ちょっとした旅行も楽しんでいます」。さらに、日本にいるときは食べ歩きも。「よく食べに行くのは、やっぱり(!?)東南アジア料理ですね」。