シンポジウム「若手研究者フォーラム:ドイツと日本における近時民事法の展開」
- 主 催:早稲田大学比較法研究所
- 日 時:2023年6月7日(水)13:30~17:30
- 場 所:早稲田キャンパス 8号館303会議室
- 言 語:英語
- 講演者: Bettina Rentsch, Sophia Schwemmer, Anton Zimmermann, Alix Schulz, ロドリゲズ サムディオルベン(早稲田大学法学研究科講師、比較法研究所兼任研究所員)、林滉起(帝京大学法学部 助教、早稲田大学比較法研究所招聘研究員)、三井瑞生(早稲田大学法学部助手)、種村佑介(早稲田大学 法学部教授、比較法研究所兼任研究所員)
- 世話人:楜澤 能生(早稲大学法学部教授、比較法研究所員)、ラーデマッハ クリストフ(早稲田大学法学部教授、比較法研究所員)
- 参加者:37名(学生25名)
2023年6月7日(水)、早稲田大学比較法研究所は、シンポジウム「若手研究者フォーラム:ドイツと日本における近時民事法の展開」を開催しました。同シンポジウムは、8つの講演から構成され、ドイツから来日した若手研究者が、日本の若手研究者とともに、それぞれの国・地域における近時民事法の課題について報告を行い、会場内の参加者からの質問に回答し、議論を行いました。開会にあたって、岡田正則教授(比較法研究所所長)、MarcPhilippe wel厄「教授(ハイテルベルク大学)及びLothar Mennicken博士(駐日ドイツ大使館)が開会の辞を述べました。
Part 1 モデレーター:三枝健治教授(早稲田大学)
最初に、Bettina Rentsch 氏が「責任ある企業に関する欧州国際私法」と題する講演を行いました。同氏はまず、「企業の社会的責任は利益を増加させることである」とする1970年9月1 3日のタイムズ誌記事を引用し、企業の責任についての議論を展開しました。次に氏は、「ESG」の定義について、それがコーポレートカバナンスの一部であると説明しました。続いて氏は、EUを例として、ESG規制につき、その関連制度の変遷と枠組みを紹介し、ヨーロッパの国際私法を手掛かりとして、企業の責任について論じました。
二番目に林滉起助教は「日本民法における権利移転のメカニズム」と題する講演を行いました。同講演においては、まず、日本民法において、帰属の側面に注二番目の講演は、林滉起助教が行いました。林助教は、「日本民法における権利移転のメカニズム」と題する講演を行い、同講演においては、まず、日本民法において、帰属の側面に注目しつつ財産権に関する一般理論の構築を志向する見解について検討しました。次に、林助教は日本の有力学説に影響を与えているフランス所有権理論について、すなわち、所有権を人と物——この「物」には財産権も含まれる——との帰属関係であるとする理論について紹介しました。それから、林助教は、人格権の処分不可能性や、将来物を客体とする権利の処分可能性について、以上の見解が含み得る問題を指摘したうえで、「契約の拘束力」理論から示唆を得つつ、権利移転に関する新たな一般理論の可能性について検討を行いました。
三番目の講演は、三井瑞生助手が行いました。三井助手はまず、ドイツ法との相違点を中心に、民法における物権変動に関する基本原則を紹介した上で、民法1 78条において対抗要件として定められている「引渡し」が四つの占有移転方法を含むと解されていること、さらに、一般的に公示として機能しているとされていることを述べました。次に、占有の機能に着目した際に、実際には「引渡し」は必ずしも公示のために機能しているのではなく、譲渡を確定させ、当事者が譲渡を望んでいることを表す機能を有しているのではないかと論じ、他にも公示が登場する場面である債権譲渡においても類似するのではないか、と述べました。最後に、占有(移転)の機能を検討する際に、即時取得(善意取得)や動産譲渡登記との関係性等を今後の課題として提示しました。
四番目にSophia Schwemmer氏が「EUサプライチェーン規制の域外適用範囲」と題する講演を行いました。同講演において同氏は、まず EUのCSDD指令案(欧州企業持続可能性デューデリジェンス指令案)について紹介し、同指令案の第5条ないし第11条の内容は、商業活動が人権及び環境に不利な影響を与えることを防ぐためにあると指摘しました。次にSchwemmer氏は、CSDD 指令の間接的な域外適用効力と同指令のエンフォースメントメカニズムについて紹介しました。そのほか、EU域内の企業及び第三国に対するCSDD指令の実施が紹介され、指令案の第 25条、第26条、第22条等の内容について、会社法及び個人の責任という2つの側面から論じられました。
Part 2 モデレーター:須網隆夫教授(早稲田大学)
五番目の講演は、種村佑介教授が行いました。種村教授は、「国際私法における併合と領域の抵触ー戦前の日本法の観点からの若干のコメントー」と題する講演を行いました。
種村教授はまず、領土の帰属関係が変更する場合、どのような国際私法上の問題が起こるかについて、検討しました。種村教授は、樺太・千島交換条約(1875)、ポーツマス条約( 1905)に基づく領土の割譲は割譲地の住民の国籍に当然には影響を与えなかったが、樺太の南に住むアイヌ人及び他の原住民は、国籍保有の自由を持っロシア国臣民の中に含まれなかったため、ポーツマス条約による日本の領土回復に伴って彼らは日本国籍を取得し、本籍を持っことが認められたと説明しました。その上で、種村教授は、共通法とは何か、同法の適用規則・連絡規則の内容、及びそれらの規則と戸籍との関係について説明し、戦前の日本における共通法の枠組みを紹介しました。
六番目の講演は、Anton Zimmermann氏が行いました。Zimmermann氏は、「国際私法上の併合と領土紛争」と題する講演において、まず事実上の権力と権力に対する法的主張の対抗という視点から国際私法を分析し、通説として、事実上の権力のみが関係すると説明しました。次にZimmermann氏は、国際公法の一般規則はEU法ないし国内法よりも地位が高いと説明し、その例として、南アフリカとナミビアの事例を挙げました。南アフリカがナミビアに対する領土管理を承認しなくても、ナミビア国民が国際協力から利益を剥奪されることにはならないとする国際司法裁判所の勧告的意見 ( 1971年6月21日)が紹介されました。続いてZimmermann氏は、国際私法上に現れ得る差異とその利益分析を検討する中で、事実上の権力に対する要求や立証責任等を含む新たな課題を提示しました。最後に領土の紛争は、国際私法上の法律適用の変化を直ちに導くことはないという結論が表明されました。
Part 3 モデレーター:石田京子教授(早稲田大学)
七番目にAlix Schulz氏が「法律上の性別認識-ドイツ家族法の現在の改革」と題する講演を行いました。同氏はまず、このテーマに関わる憲法上の背景として、人間の尊厳の尊重と人格の自由な発展に対する基本的権利には、個人が自ら決定した性が含まれると判示したドイツの連邦憲法裁判所の判決(Constitutional Court 1 1 October 1978 – 1BvR 16/72 )ならびに、ドイツ基本法は性別の二者択一を要求せず、第三の性自認の承認も排除しないとする連邦憲法裁判所の判決(Constitutional Court 10 October 2017 – 1 BvR 2019/ 16 )を紹介しました。次に同氏は、ドイツでは、法律上の性別を変更するには、トランスセクシュアル法(TSG)または身分登録法(pstG)上の規定を用いるという、二つの手続きが存在すると説明し、それぞれの法における具体的な規定を説明し、さらにドイツにおける新たな性自認法案を紹介し、同法の目的、効力について説明し、最後に、国際私法上の問題について、設例を交えながら説明しました。
最後にRuben E.Rodriguez Samudio氏が「日本家族法における性別認識」と題する講演を行いました。同 氏はまず、2004年に施行された性同ー性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律では、性別の取扱いを変更する手続き及び性別の取扱いの変更を受けた者に関する法令上の取扱いが規定された説明しました。例えば、性別の取扱いを変更する手続きに関する規定には( 2条)、20歳以下で未婚であること、未成年の子がいないこと、生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること、それから、医師の診断書の提出義務が規定されていると説明されました。そのほか、憲法13条及び14条の関連規定にも言及がなされました。続いてSamudio氏は、最高裁判決を交えながら、性別の平等について検討を行いました。最後に、2021年に LGBT及びその他の性少数者への理解を促進するために起草されたLGBT理解増進法の草案の内容が紹介され、日本とドイツにおけるLGBTに対する法律上の違いに基づき、議論が行われました。
シンポジウムの最後に、ラーデマッハ教授より閉会の辞が述べられ、今後のさらなる交流に対する期待が述べられました。
(文:譚天陽・比較法研究所助教)