現職:杏林大学外国語学部 教授
わたしは、とても幸運な人間だと思う。
日本語教育を一生の仕事にしようと考えてから数年後に、運よく専任の職を得ることができた。その職について数年がすぎたころ、すこし突き詰めて研究したみたい、と思える研究テーマに出会った。
現在の大学の教員は、その勤務時間の多くを「授業」のほかに「校務」とよばれる果てしない事務作業に費やさなければならないのが実情である。「研究」という名称がついた文部科学省からの宿題も毎年のようにこなし、「成果」を出さなければならない。そんな毎日のなかで、自分自身の研究テーマをみつけても、消えていってしまうことのほうがずっと多いのだ。
ところが、ひさしぶりに会った後輩が、わたしにこんな情報をくれたのだった。
「今年から早稲田の日本語教育研究科に博士課程ができたんですよ」
それを聞いた瞬間に、わたしは自分自身の研究をするため、20年ぶりに母校にもどって勉強してみたいと思ったのだった。しかし、博士後期課程の研究は、テーマがよほどしっかりしていなければ論文にはならないし、論文の構成ができていても、一つ一つのパーツを、時間をかけて根気よく積み上げて一つの論文にまとめていくには、とにかく時間がかかるのだ。フルタイムで仕事をしている現職教員が、学生として大学院に入学を希望したことは、日研の先生方にとって、かなり迷惑なことだっただろうと思う。そんなわたしを研究室に入れてくださった吉岡英幸先生の勇気には、ただただ感謝するしかない。
わたしの研究は、やはりなかなか進まなかった。やっとなんとか形にしたものも、何度も審査で落とされた。そんなわたしがあきらめずに何年も研究を続けていけたのは、吉岡先生がいらっしゃったからだった。そして、あっという間に6年がすぎ、論文をまとめることができたのは、満期退学の直前だった。
ほんとうにわたしは、とても幸運な人間だと思う。