
概要
シアター・カンファレンス+ちょっとワークショップによる3時間
(見てるだけでもOK!)
身体は、言葉よりも先に、何を伝えているのでしょう。
「シアター・カンファレンス」とは、舞台上での実演とレクチャーを行き来しながら、ひとつのテーマを観客とともに紐解いていく、演劇と講演を融合させた形式です。
今回、パリを拠点に活動するマイム・身体表現アーティスト奥野衆英が、早稲田小劇場どらま館とのコラボレーションで、この形式を東京で初めて展開します。
ただし、今回は“観る”だけではありません。奥野自身による短い作品や実演を観て、その動きの中で何が起きているのかを言葉でほどいてみる。そして、興味が湧いたら、自分の身体でもほんの少し試してみる。
観る → 知る → もしかしたら動いてみる → もう一度観る。
その往復を通して、何気ない「動き」が、どの瞬間に意味を持ち、感情を生み、そこにないはずの空間や物語まで立ち上げていくのかを探ります。
マイムには、壁や綱引きのような“見えないものを見せる技術”だけでなく、重心、呼吸、速度、静止、身体の分節、視線といった、人間のコミュニケーションそのものに関わる長い探究の歴史があります。
奥野はパリでマルセル・マルソーに学び、ヨーロッパ、日本、南米など様々な土地で作品を上演しながら、舞台と教育の両方から身体表現を探求してきました。2025年には仏舞台芸術誌 La Terrasse からその作品を「既に視覚化された俳句」と評され、アヴィニヨン演劇祭では約1,760作品の中から同誌の9選にも選出されています。でも今回、その技術を難しく「習う」必要はありません。演劇経験も、ダンス経験も、マイム経験も不要です。身体を動かす時間も、まずは誰にでもできる小さなことから。やってみたいところだけ参加するのでも、まずはじっくり観ているのでも構いません。
マイムを知っている人には、その奥にある身体の原理を。
初めて触れる人には、「身体ってこんなことまで語れるんだ」という発見を。
そして舞台を観に来るつもりの人には、もちろん奥野衆英自身の“本気の身体”も。
ガラス張りの明るいGCC Common Roomを、この3時間だけの小さな劇場と実験室に変えてみます。
見る身体、動く身体、そして誰かと同じ場所に集まる身体。
身体ひとつで、どうぞ気軽にご参加ください。
対象
どなたでも(初心者歓迎)
開催日時
2026/9/11 (金) 18:30-21:30
2026/9/12 (土) 13:00-16:00
2026/9/12 (土) 17:00-20:00 [経験者向け]
場所
GCC common room
(早稲田大学 27号館 1F)
東京都新宿区戸塚町1-103

企画
奥野 衆英(おくの しゅう)
パリを拠点に、マイムを軸とした身体表現の創作・上演を続けるアーティスト。
マルセル・マルソーに師事して以来、舞台で作品をつくることと、人に身体表現を伝えることを往復しながら、言葉を使わずとも身体がどこまで感情や関係、風景や物語を立ち上げられるのかを探求してきた。2025年にはフランスの舞台芸術誌 La Terrasse から「これは既に視覚化された俳句である」と評され、約1,760作品が上演されたアヴィニョン演劇祭では、同誌が選ぶ9作品のひとつに選出されるなど、その独自の舞台表現が国内外で評価されている。
料金
参加無料(フリーカンパ歓迎)
予約
協力
早稲田小劇場どらま館 松本一歩
制作
吉田恭大(早稲田小劇場どらま館)
お問い合わせ
[email protected](どらま館制作部)
開催報告(2026/10/08更新)
9月11日18時の回(ビギナーズクラス)と9月12日17時の回(マスタークラス)に参加した。
ビギナーズクラスでは、始めに「マイム」の語が指す領域と、マイムの美学がどのように興ってきたのかが解説された。日常的な身振りの最も美しい動きを追究したというエティエンヌ・ドゥクルーと、身ひとつで見せるための方法を考えたマルセル・マルソーと、大きく2つのマイムのあり方が紹介され、このクラスで紹介されるマイムは両方を行き来していることがレクチャーされた。
ビギナーズクラスで印象的だったのは、2人1組のペアで交替になって行われたワークである。1人は全身の力を抜いて仰向けになり、もう1人はペアの相手が全身を脱力していることを確認しながら、うつ伏せの状態に持っていく。このワークでは、うつ伏せの状態から力を込めずに立ち上がろうとする方法を探求する。身体の部位ごとの重さが意識されながら徐々に立ち上がる人と、その様子を眺める人がいる。プライベートな感覚に注意を向ける人と、その様子を見守る人がともに存在する空間の生まれ方が、興味深かった。
マスタークラスでは、呼吸と動作の連動が意識された。一つの動作に対して吸う・吐く・止めるといった呼吸が対応しており、演者が息を吐くと観客の呼吸が演者に同期する効果を生むのだという。演者と同期した観客の予想を裏切るかのように、リズムの異なる呼吸や呼吸の停止をはさむこともあるという、奥野さんの技術が共有された。呼吸を意識するだけでも、紹介されたマイムのワーク・作品が綿密な組み立てに基づいていることが感じられた。
マスタークラスの最後には奥野さんがいくつか作品を実演した。作品を見て私は、ドゥクルーのような美学中心に基づいたあり方でもなく、マルソーのような身体ひとつを用いるときの見せ方に軸を置くあり方でもない、ここまでのレクチャ―のなかで扱われてきたものとは異なった創作の志向を含んでいるように受け止めた。例えば、作品中で印象的な、仕立て屋が針を通すマイムは、観客を意識して見せにいくようなスタイルではなかった。その運動がただあり、見られていれば意味は汲み取られずともいい、ということを目指しているような、観客との関係に拘泥しない一人称的ともいうべき方法がとられているように見えた。マスタークラス序盤にマイムや演劇やダンスの区分が語られた際、「語ることもやめたのがダンスなのだ」と説明されていたことが思い出される。「視覚化された俳句」という評は、一人称的でありながら語りではない形式を指したものなのではないか、と感じた。
文:中嶋悠太(どらま館制作部スタッフ)








