渋谷 裕子 准教授
【ご寄贈図書】
『湯川秀樹著作集6 読書と思索』岩波書店 1989年出版
配架場所:理工学図書館 理工-B2 北閲覧室 請求記号:R 教員寄贈 2023
【渋谷裕子先生にいただいたご寄贈図書にまつわる文章】
本の紹介文
私が皆さんにお勧めしたい本は『湯川秀樹著作集6 読書と思索』です。日本人初のノーベル賞を受賞した物理学者である湯川先生が読まれた本の感想や日常生活をつづった69篇のエッセイが収められています。
この本の最大の魅力は、わかりやすいことばで、幅広いジャンルの本の感想や科学者の日常生活、現代物理学の物質観などを詩情豊かに書きつづっていることです。教科書を読んでも頭に入らなかった科学や哲学の抽象的な概念や、敬遠してきた古典文学も、先生の筆に委ねられると親しみがわき、自分もその作品を読んでみたくなります。
先生の文章のもう一つの特徴は、理系の論理的思考と文系が得意とする人間の感情やあいまいさ、あるいは西洋と東洋の思想、といった異なる文化や思考体系を縦横に織りこみながら文章が展開していくことです。浄瑠璃、カラマーゾフの兄弟、荘子など古今東西の古典文学や伝統芸能の魅力について熱く語って、最後にその本質を物理学の理論に落としこむ独特の作風は、「物理学の詩人」と称された湯川先生ならではといえましょう。
私のおすすめは、荘子の「知魚楽」という寓話を紹介した文です(56頁)。「川を泳ぐ魚の楽しみが人にわかるか」という問いに対する恵子と荘子のやりとりを、「実証されていない物事は一切信じない。(恵子)」という考え方と「存在しないことが実証されていないもの、起こりえないことが証明されていないことは、どれも排除しない(荘子)」という科学者の合理性と実証性の問題に落としこむ、その豊かな発想と優れた言語化能力に驚かされます。湯川先生が、既存の世界の外側も含む新たな世界を作り上げるために、古今東西の様々な文学や哲学の世界を訪ねて、そこから様々なヒントや励ましを受けていることに感銘を受けました。みなさんも湯川先生のエッセイを読んで、自分の世界を広げる旅に出かけてみませんか。
【プロフィール】
1981年 慶應義塾大学文学部史学科卒業了
1981~83年 中華人民共和国南京大学歴史系に留学
1985年 慶應義塾大学大学院文学部史学研究科東洋史専攻修士課程修了
1995~97年 慶應義塾大学商学部招聘講師
2018年より早稲田大学創造理工学部社会文化領域准教授 中国語、地域研究・中国、東アジア文化研究を担当
【研究紹介】
専門分野は中国社会史で、中国農村における基層自治組織の歴史的変遷を研究課題としています。安徽省南部の徽州地方をフィールドとして、明清期から現代における農村内の天然資源等の地域的共同使用(ローカルコモンズ)や生活上の必要から生まれた自律的な互助組織のあり方について、同地方に残された大量の地方文書(じかたもんじょ)の分析と現地調査の両側面から検討しました。
最近は台湾の伝統祭祀や社区まちづくりの展開に関心があります。主に澎湖諸島をフィールドとして、農村における宮廟の社会的機能や、まちづくりにおいて地域社会内における「公」(地方自治体等)と「共」(農村の自治組織)と「私」(個人)の三領域がどのように関わってきたのか研究を進めています。