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50年前のクエンセルを読む~平山雄大のブータンつれづれ19~

50年前のクエンセルを読む~平山雄大のブータンつれづれ19~

平山郁夫記念ボランティアセンター 平山雄大

1967年6月15日に官報として創刊されたクエンセル(英語表記:Kuensel/ゾンカ表記:ཀུན་གསལ།)は、2006年4月にブータン・タイムズ(Bhutan Times)が創刊されるまで約40年の間、ブータン唯一の新聞として機能していた「ブータン新聞界の雄」です。当初は2週間に1回のみの発行でしたが、1971年4月から週1回、2004年2月から週2回と間隔を狭め、現在は日刊となり英語版とゾンカ版の2種類を発行しています。また、ウェブサイトやSNSでも積極的に情報を発信しています※1。

「信頼できる文献や資料が乏しく、たった数十年前のことでも詳細がよく分からない…(泣)」ということがしばしば発生するブータンでは、クエンセルは非常に貴重な一次資料です。今回は1968年5月31日号の記事を読み返し、「近代化の父」と言われる第3代国王ジグメ・ドルジ・ワンチュクの治世であった、今から50年前のブータンに思いを馳せてみたいと思います。

 

【シェラブツェ高等学校開校(Opening of Sherubtse High School)】

1968年5月26日の朝早く、タシガン・ゾンの僧侶が、タシガン県カンルンのシェラブツェ高校開校式のために祈りを始めた。午前7時30分、国王陛下、内務大臣ダショー・タムシン・ジャカル、そしてBR(筆者注:国境周辺道路の警備にあたるインド軍の組織Border Roads Organization)長官のアルジャン・シン少将を含むその他の要人が学校に到着した。この日曜のセレモニーは臨時テントで実施され、近隣の村々やタシガンの町から約5,000人が集まった。(中略)

開校の講演で、陛下はブータンの開発における教育の重要性を強調された。陛下は、「これまでは、国民の幸福(happiness and well being)を確保するためには宗教さえ存在していれば十分であったが、現代世界(modern world)において我々の独立が守られ繁栄を達成するためには、教育が不可欠になった。国の未来を手に入れるために、生徒は重要な役割を担っている」と述べられ、すべての分野で精一杯勉学に励み、将来は国に有用な人物(useful citizens)となることを彼らに奨励された。

 

シェラブツェ高等学校(別名カンルン・パブリック・スクール)は、1965年4月に開校したティンプー・パブリック・スクール(現ヤンチェンプー高等学校)に次ぐ国内2校目の「高等学校」として、東部のタシガン県に位置するカンルンに作られました。開校時に設置されたのはクラス1(第1学年)からクラス8(第8学年)まで―つまり初等~前期中等教育段階―で、生徒は100名、教職員は校長のカナダ人宣教師ファーザー・マッケイを含めて9名(カナダ人3名、インド人とブータン人併せて6名)でした。

同校は1983年に国内初の「大学」シェラブツェ・カレッジとなり、2003年には王立ブータン大学を構成するカレッジのひとつとなりました。現在は1,782名(男子912名、女子870名)の学生が学んでいます※2。

 

シェラブツェ高等学校、1968年の授業の様子①。※3

 

 

シェラブツェ高等学校、1968年の授業の様子②。生徒も先生も洋服を着ています。

 

 

開校当時のシェラブツェ高等学校外観。※4

 

 

現在の王立ブータン大学シェラブツェ・カレッジ(構内)。筆者撮影。

 

 

【ブータン銀行開業式(Bank of Bhutan Opening Ceremony)】

国王陛下は、1968年5月28日の朝にブータン東部からプンツォリンに到着された。午前11時30分、陛下とその御一行は銀行の建物の前に設置された臨時の観客席に到着され、財務大臣ダショー・チョギャルが、銀行の主要機能を概説した歓迎の挨拶をした。

 開業の講演で、陛下は「国の開放(opening-up)と交換手段としての通貨の導入の結果、銀行の設立は避けられないものになった。ブータン銀行は商業銀行として機能しはじめるが、後に中央銀行となり紙幣を発行する。また、政府のバンカー(banker)としても機能するだろう」と述べられた。陛下は、国の貿易や商業を促進させるための資本を生むために、貯蓄の習慣を確立すること、及びその貯蓄を(多い少ないにかかわらず)銀行に預金することの重要性を強調された。

 

BOBことブータン銀行は、国内初の銀行としてインドとの国境に面する商業都市プンツォリンに作られました。1982年に金融管理局(Royal Monetary Authority of Bhutan)ができるまではブータン銀行は中央銀行の機能も有しており、それ以降も国内最大の商業銀行であり続けています。

ちなみに、1962年にインドから首都ティンプーまでを繋ぐ国内初の自動車道路が開通した頃から一気に発展したプンツォリンには、国内初の郵便局(1962年10月10日開業)も設置されており、そこでは世界初の3D切手をはじめとした多くの変わり種切手が販売されていました。

 

ブータン銀行、1968年のカウンターの様子①。「ブータン銀行で預金口座を開設し、3.5%の利息を得よう」

 

 

ブータン銀行、1968年のカウンターの様子②。

 

 

1968年に発行されたメキシコシティ・オリンピック記念切手。ゴ(民族衣装)を着たバスケットボール選手の図柄!

 

 

プンツォリンにある国境ゲート。向こう側はインドの町ジャイガオン。筆者撮影。

 

【教員養成校開校(Opening of Teacher Training Institute)】

サムツェの教員養成校は、1968年5月29日の朝に国王陛下によって開かれた。教育長を兼務する開発局事務局長は、国の将来の進展と繁栄のための職業・技術教育の重要性を強調した。彼は、技術教育はブータンの将来の鍵であり、事務官(clerks)を育成する教育制度の落とし穴(pitfalls)を避けなければならないと述べた。同氏は、近い将来、すべての非専門的(lower level)な技術職で地元の人間(筆者注:ブータン人)を雇用できるよう、いくつかの開発部局では特別な訓練クラスと研修を開始していると述べた。(中略)

開校の講演で、陛下は「教員養成校は我々の学校を運営できる地元の教員(筆者注:ブータン人教員)を養成することを通して、国の命脈の中の重要な責務を担う」と述べられ、「現在、我々の教育制度を運営するためには多くの外部教員(筆者注:外国人教員)を招聘する必要がある。それを地元の教員に徐々に置き換えることは、国の利益に繋がるだろう。我々のナショナル・アイデンティティを維持するために次世代に引き継がなければならない豊かな精神的・文化的遺産を、正しく理解することができる外国人教員はほとんどいない」と言明された。

 

この国内初の教員養成校は南部のサムツェ県に作られ、インド・西ベンガル州ダージリンの教員養成カレッジで教鞭を取っていたM.K.モダックを初代校長として招聘し、41人の第1期生を受け入れて開校しました。サムツェまではブータン国内の自動車道路が繋がっていないため基本的にはインドを経由して行く必要がありますが、同地は近代化の重要地域であり、ある程度設備の整った(近代医療を施す)総合病院も当時すでに存在していました。

シェラブツェ・カレッジ同様、教員養成校は現在王立ブータン大学のカレッジのひとつ(サムツェ教育カレッジ)となっています。最新の統計によると、学生数は966名(男子450 名、女子516名)※2。

 

サムツェ総合病院、1968年の病室の様子。

 

 

サムツェへと続く道(インド国内)。筆者撮影。

 

 

現在の王立ブータン大学サムツェ教育カレッジ(正門)。筆者撮影。

 

近代化が推し進められた1960年代のブータン…。1969年にブータンを訪れた京都大学の学術調査隊が、「国王をはじめ政府主脳の教育に対する熱意と実行力は並々ならぬものがあり,他の開発途上国に比べてむしろ特異と感じられるほどであった」※5と感想を記していますが、当時のブータンの近代学校教育の拡充、つまりそれまでインド留学しか選択肢のなかった人材育成を国内で行っていくための各種政策は中でも非常にアツイです。

5月26日にカンルンでシェラブツェ高等学校の開校式に出席した後、(28日のプンツォリンを挟んで)29日にはサムツェの教員養成校の開校式に出席しているというパワフルな第3代国王にも脱帽です。講演の内容も印象的ですが、そんなところにも、教育に対する熱意と期待が表れているのではないでしょうか。

折を見て、また昔のクエンセルの記事を取り上げたいと思います。

 

※1 Kuenselウェブサイト http://www.kuenselonline.com/

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※2 Policy and Planning Division, Ministry of Education (MoE) (2017) Annual Education Statistics 2017, Thimphu: MoE, p.23.

※3 特に注のないものは、インド政府による記録映像(1968年撮影、タイトル不明)のキャプチャー画像です。

※4 Solverson, Henry (1995) The Jesuit and the Dragon, Montreal: Robert Davies Publishing.

※5 桑原武夫編(1978)『ブータン横断紀行』講談社、87頁。

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