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Penguin Book of Japanese Short Stories 出版記念イベントを開催

Penguin Book of Japanese Short Stories 出版記念イベント

2018年10月19日、早稲田大学で、『ペンギン版英訳日本短編小説集』(The Penguin Book of Japanese Short Stories) の編者で日本文学研究者・翻訳家ジェイ・ルービン氏(ハーバード大学名誉教授)と、アメリカ文学研究者・翻訳家の柴田元幸氏(東京大学名誉教授)を招き、同書の出版記念のイベントが催された。両教授により、このアンソロジーの編纂過程や、収録された何作かの短編について、また翻訳する上での課題・問題などについて、刺激的で興味深い対談が繰り広げられ、実際に短編集所収の何作かが朗読された。この出版記念イベントはスーパーグローバル大学創成支援事業の国際日本学拠点主催で行われたものだが、学内外から多くの参加者が集るという賑やかなものとなった。

冒頭で、柴田教授が今回のアンソロジーに携わった方々を紹介し、ルービン教授が「正直に申し上げて、私はアンソロジーを読むのが嫌いなのです」と発言するなど、対談は終始和やかな雰囲気の中進められた。ルービン教授は、このアンソロジーでは、幅広く読まれる価値のある優れた作品であるという観点を重視して編集したと述べたあと、アンソロジーの巻頭を飾る谷崎潤一郎の「友田と松永の話」(ポール・ウォーラム訳)を紹介した。それから柴田教授を交え、主人公の西洋人的人格と日本人的人格が交互に入れ替わるというこの小説について議論した。両教授は、主人公が誇張した行為遂行的な表現・発言をすることで西洋と日本の文化を批判する、本文中の二カ所を英語と日本語で朗読し、その人格の入れ替わりの喜劇的な効果を強く指摘した。この作品は日本と西洋の文化に対する相反する感情を見事に捉えており、これは近代日本文学において広く取りあげられるテーマとなった。

続いて、柴田教授は今回のアンソロジーにおける女性作家の存在感の強さを指摘した。ルービン教授はこの意見に同意した上で、この短編集で取り上げる作家の性別に関して、意識してその釣合を取ろうとしたわけではないが、結果的にそのような形になったと述べた。さらにルービン教授は、水田宗子氏が英訳を手がけた、大庭みな子の「山姥の微笑」を高く評価し、かつて山を訪れた旅人を陥れていた妖怪とされる山姥の伝説を、大庭が現代において復活させ、「再意味づけ」を行っていることを指摘した。それから、柴田教授はリチャード・マイニア氏翻訳による大田洋子の『屍の街』を取り上げ、この小説における語り手の客観性と、感情的な表現の欠如に注目し、それにより強烈な読書体験がもたらされることに言及した。次いで、ルービン教授が、「原爆文学」に関して、また、自著『風俗壊乱―明治国家と文芸の検閲』Injurious to Public Morals: Writers and the Meiji State(邦訳:世織書房、2011年)の最終部でも既に詳論している、アメリカ占領下の検閲という問題を深く掘り下げて論じた。ルービン教授は長らく「原爆文学」を取り上げ、論じることを遠ざけていたが、その理由は原爆投下において、アメリカ人が日本人に及ぼした影響に対する罪悪感に苛まれていたからであると思うと語った。この話題の最後に、ルービン教授は自身が英訳を手がけた、野坂昭如の「アメリカひじき」にも言及し、この作品が『屍の街』と同時代の問題を扱っていながらも、全く別の観点から描き出しており、深刻な問題に対して深刻になることを、故意に避けているとした。

さらに、両教授は翻訳の課題・問題、特に方言を翻訳することの困難さについて、大江健三郎から森鴎外に至るまで様々なケースを引き合いに出しながら議論し、ルービン教授が翻訳した、宇野浩二の「屋根裏の法学士」のケースへと話は及んだ。登壇者の二人によって、本文の一部が日本語と英語の両方で朗読され、これにより英訳版に比べて日本語の原文が大幅に短いことが明らかになった。朗読された箇所では、主人公が眠りにつくときの様子が描かれており、文中には日本語で寝具や家具を指すために用いる「押入れ」など、文化的に特殊な言葉が含まれていた。翻訳家である二人は共に、原文の文体を崩さないよう配慮しつつも、訳文の言語で読者が理解しやすくなるよう、必要に応じて原文テキストに変更を加える必要があるという点では同意見であり、「翻訳家は原文から得た印象を訳文に反映すべきである」とルービン教授は結論づけた。

対談後の質疑応答の時間では、参加者からルービン教授と柴田教授に多数の質問が寄せられた。「この短編集で取り上げた現代の日本人作家のことをどのようにして把握するに至ったのか」、との学生の質問に対するルービン教授の回答は、柴田教授が編集主幹の文芸誌「モンキー・ビジネス」Monkey Business: New Writing From Japanを通してであるというものであった。また、「今回のアンソロジーに収めようとして収録できなかった作品はあるのか」という質問があり、ルービン教授はこの最新の短編集においてそのような作品はないと言いつつも、2005年に「1963/1982年のイパネマ娘」(今回は収録されている村上春樹の小説)を初めて翻訳した際、作中に引用されているブラジルの歌の著作権が認められなかったため、今回ようやく英語圏の読者にその翻訳を届けられることを嬉しく思うと述べた。同教授は、「このアンソロジーがどのような影響を与えると考えるか」という質問には、これまでの50年間常に自身を突き動かしてきた唯一の目的は、「西洋の読者たちの間に日本文学への興味を喚起する」ことであると答え、同時に、レイチェル・ディニット氏の翻訳した内田百閒の「件」に言及して、内田百閒の表現法とカフカとの類似点を指摘した。対談の結びの言葉として、今回のアンソロジーに収められた川上未映子の「愛の夢とか」の翻訳を手がけた由尾瞳教授が、再び翻訳の話題に戻り、読者にとって自然な翻訳文とはどのようにして生まれるのかという問題について、登壇者の二人に所見を求めた。これに対するルービン教授の答えは、自身がいつも心がけているのは、原文を優先しすぎず、それに相当する訳文を見つけることであるというものであった。一方、柴田教授は、語彙や文法上の誤訳のほかにも、語りの口調を伝えられていないというような、様々な形の誤訳が存在するとし、だからこそ語り口や方言を含めたテキスト全体を考慮することが重要なのであると述べた。そして両教授は、次のような言葉を以てこの対談を締めくくった。「完璧な翻訳というものはなく、原典に近いものしか存在しない。私たちにできるのは、ただできる限り多くのことを、できるだけ自然な形で伝えようと望むことだけなのである。」

 

【開催概要】

日時:  2018年10月19日(金)14:45~16:25

場所:  早稲田大学 33号館第1会議室

主催:  スーパーグローバル大学創成支援事業 早稲田大学国際日本学拠点

共催:  早稲田大学総合人文科学研究センター、角田柳作記念国際日本学研究所、研究部門「創作と翻訳の超領域的研究」

登壇者:ジェイ・ルービン(ハーバード大学名誉教授)柴田元幸(東京大学名誉教授)

司会:  由尾瞳(早稲田大学准教授)辛島デイヴィッド(早稲田大学准教授)

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