権威主義国の政府発信情報、世論への効果は限定的
~カザフスタンにおける世論調査実験で検証~
ポイント
●権威主義体制のカザフスタンで、18~75歳の市民の全国代表サンプル3,000人を対象に世論調査実験を実施しました。
●発信元をカザフスタン政府もしくはWHOとした、COVID-19に関する統計やメッセージを回答者に無作為に提示しました。
●情報提示は、感染症リスク認識、政府評価、予防行動意図、将来予測などの認識・態度に明確な影響を与えませんでした。
● 権威主義体制下における市民が、政府発信情報をただ受容するのではなく、能動的に取捨選択している可能性を示しました。
概要
権威主義体制では、政府が情報を自らに都合よく見せることがあります。しかし、市民はその情報をそのまま信じるでしょうか。早稲田大学社会科学総合学術院の安中進(あんなか すすむ)准教授、東京大学社会科学研究所の東島雅昌(ひがしじま まさあき)教授、明治大学政治経済学部の加藤言人(かとう げんと)専任講師の研究グループは、COVID-19流行下のカザフスタンで2859人の有権者を対象に世論調査実験を行いました。実験では、発信元をカザフスタン政府もしくはWHOとして、感染者数・死者数の公式統計や「欧米より比較的うまく対応している」というメッセージを回答者に無作為に提示しました。分析の結果、情報提示は、感染症リスク、政府評価、予防行動意図、将来予測などの認識・態度を明確に変化させないことが確認されました。この結果は、権威主義体制下における市民が、政府が発信する情報をただ受動的に受け入れるのではなく、能動的に取捨選択している可能性を示唆しています。

(1)これまでの研究で分かっていたこと
権威主義体制では、政府は情報の検閲や宣伝を行うだけでなく、経済成長率や感染者数などの行政統計を自らに有利なように操作する可能性があります。これまで多くの研究が、政府がどのように情報を操作しているかを検証してきましたが、信頼性に疑いのある政府情報が、市民の認識や行動を実際に変えるかについては検証が不足していました。カザフスタンではCOVID-19流行初期に感染者・死者の集計基準がたびたび変更され、公式統計の信頼性が社会的な論点になっていました。一方で、同国はSNSや独立系メディアなど政府以外の情報源にも一定程度アクセスできる「ソフト」権威主義体制であるため、市民が政府情報をどのように評価するかを検証するのに適した事例でした。
(2)新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
研究グループは2021年1~3月、カザフスタンの18~75歳の全国代表サンプル3,000人を対象に対面世論調査を実施し、主要変数に欠損のない2,859人の回答を分析しました。調査では、まず回答者に、カザフスタン国内のCOVID-19感染者数と死者数を予測してもらい、それをもとに感染状況の事前予測を作成しました。次に、①公式の感染者数・死者数、②「カザフスタンは北米や欧州より比較的うまく対応している」という楽観的メッセージ、またはその両方を無作為に提示しました。さらに、情報を提示した場合、その発信元を「カザフスタン政府」または「WHO」として無作為に置き換えました。WHOの統計・情報発信は各国政府が提供したデータを基にしているため、この設計により、情報内容とは独立した「誰が伝えたか」の影響だけの比較が可能になりました。
情報提示後、感染へのリスク認識、政府の感染対策への評価、今後6カ月の予防行動意図、今後の感染状況の予測について回答者に聞きました。分析の結果、公式統計の提示による影響は全体として弱く、事前に感染状況を過大評価していた人にも過小評価していた人にも、理論的予測に合致したような事後認識・態度の変化は確認できませんでした。楽観的メッセージについても、事後認識・態度への明確かつ一貫した効果はほぼ見られませんでした。
ただし、予防行動意図については、政府が発信元の統計が提示された場合にWHOが発信元である場合とは異なる反応を示す傾向が一部で見られました。たとえば、統計的には不安定で、示唆的な証拠ではありますが、感染状況を実際より深刻に考えていた人は、政府から予想より楽観的な統計を示された場合、WHOが同じ統計を発信した場合に比べて、予防行動意図が強まる傾向を示しました。
総じて、分析結果は、権威主義体制の市民は、政府統計を受動的に受け入れるとは限らないことを示しました。
(3)研究の波及効果や社会的影響
本研究は、権威主義体制下における情報操作の研究を「政府が何を発信するか」から「市民がそれをどう受け止めるか」へと広げました。結果は、政府が自らに有利な情報を示せば、市民は無批判にそれを受け入れる、という単純な前提には限界があることを示しています。
(4)課題、今後の展望
本研究はカザフスタンにおけるCOVID-19という特定の状況を対象としているため、より閉鎖的な独裁体制や、経済・治安など別の政策分野にそのまま当てはまるとは限りません。また、一部に政府情報が示唆する方向とは逆の反応が見られたものの、統計的には不安定な結果で、その含意は慎重に解釈する必要があります。今後は、政治体制が異なる国や、異なる政策分野を対象とした実験を行い、政府への信頼、情報源の多様性、個人の属性などが情報受容行動に対してどのような影響を与えているかを明らかにしていくことが課題です。
(5)研究者のコメント
「権威主義体制下の政府が情報を操作すれば、市民は直接的に影響を受けると考えがちです。しかし本研究では、政府発信の情報を示しても人々の認識や行動意図が必ずしも大きく変わりませんでした。市民は政府情報を受動的に受け取るのではなく、その信頼性も含めて受容するかを能動的に判断している可能性があります。権威主義国家の情報操作を考える際に、情報の「中身」だけでなく「誰がどう伝えるか」も考慮する重要性を示した点に注目して欲しいです。」
(6)用語解説
※1 権威主義体制
選挙や議会が存在する場合でも、政治的競争や言論の自由などが十分に保障されておらず、権力が限定された指導者や政権に集中している政治体制です。
※2 世論調査実験
世論調査回答者を無作為に複数のグループに分け、異なる情報や条件を提示して、その違いが意見や行動意図に与える影響を調べる方法です。
※3 WHO
世界保健機関(World Health Organization)。国際的な公衆衛生を担う国連の専門機関です。
(7)論文情報
雑誌名:Political Studies
論文名:Government Information and Popular Reactions in Autocracies: An Information-Correction Experiment on COVID-19 in Kazakhstan
執筆者名:安中 進(早稲田大学社会科学総合学術院、筆頭著者)、東島 雅昌(東京大学社会科学研究所)、加藤 言人(明治大学政治経済学部、責任著者)
equal contribution
掲載日時(現地時間):2026年5月11日
掲載URL:https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/00323217261429650
DOI:10.1177/00323217261429650
(8)キーワード
権威主義体制、政府統計、情報操作、世論調査実験、COVID-19、カザフスタン、WHO
(9)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)
研究費名:JSPS科研費 若手研究(A)
研究課題名:権威主義体制下の政治制度設計と市民の正統性認識:多国間統計分析とサーベイ実験
研究代表者名:東島 雅昌(研究実施当時:東北大学大学院情報科学研究科 准教授)
課題番号:JSPS KAKENHI Grant Number JP17H04779







