「脳の修復」の鍵はミエリンの“まきつき”にあり
―まきつきの評価法開発と薬剤の特定―
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所神経薬理研究部の村松里衣子部長らの研究グループは、早稲田大学理工学術院の梅津信二郎教授らと共同で、神経細胞のネットワークの恒常性を維持する働きがあるミエリン1)の修復の評価法を開発し、その機序を促進させる薬剤を見出しました。
脳は神経細胞だけではなく非神経細胞(グリア細胞等)からも成り立っており、どちらも機能の維持に必要です。ミエリンはグリア細胞の一種であるオリゴデンドロサイト2)が形成する構造物です。さまざまな疾患や加齢に伴い、ミエリンは脱落し、それが脳機能の低下につながると考えられています。そのため、ミエリンを修復させることができれば、神経疾患による後遺症の軽減や加齢に伴う脳機能の低下からの回復が期待されます。
ミエリン修復は複数の段階から成り立ちますが、中でも最終段階であるオリゴデンドロサイトによる神経軸索への「まきつき」は神経機能回復に重要です(図1)。今回、研究グループは、まきつき能力を評価する新たな手法を開発しました。本手法は薬剤スクリーニングにも応用可能です。本評価系で見出したまきつき促進効果をもつ薬剤について、疾患モデル動物に対する効果を検討したところ、まきつきの促進効果が検出され、症状の改善も促されました。さらに、その薬剤の服用歴を有する健常者を対象としたコホート解析により、薬剤服用者ではミエリンを多く含む脳の白質が加齢による変化をうけにくい可能性が示されました。つまり、作成した評価法を用いてまきつき促進効果を検出する薬剤には、ヒトの脳の白質障害に対して治療効果が発揮されることが期待されます。
本研究成果は日本時間2026年4月15日に、米国の融合領域科学誌「Cyborg and Bionic Systems」に掲載されました。

図1.研究対象の”まきつき” まきつきの促進は、脳機能の改善に貢献。
(1)研究の背景
脳や脊髄には、ミエリンのもととなるオリゴデンドロサイトの前駆細胞が生涯にわたり豊富に存在します。オリゴデンドロサイト前駆細胞が増殖して、オリゴデンドロサイトに分化し、その後に神経軸索にまきつくことで、ミエリンが修復します。これまで、オリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖や分化を対象とした研究は盛んにおこなわれてきましたが、ミエリンの機能的な修復に必要な「まきつき」については、その機序の解明は進んでおらず、その背景には、まきつきを評価する方法が不足しているという課題がありました。
(2)研究の概要
オリゴデンドロサイトは生きた神経細胞だけではなく、工学的に作成された微細構造物にもまきつく性質があります。研究グループは、神経軸索を模倣したマイクロファイバーに対して、培養オリゴデンドロサイトのまきつき能力を評価する方法を作成しました(図2)。この方法は、ラットのオリゴデンドロサイト培養細胞の評価だけではなく、ヒトiPS細胞から作成したオリゴデンドロサイトにおいても用いることができました。
作成した方法がミエリン修復薬の探索に用いることができるかを検討するため、研究グループはすでに承認されている薬剤の中から、まきつきを促進させる薬剤があるかを検討しました。その結果、Dimemorfanという咳止め薬として使用されている薬剤に、まきつきを促進させる効果があることがわかりました。このDimemorfanによるまきつき促進効果は、同薬剤の既知の作用機序であるSigma-1受容体3)を介するものでした。
多発性硬化症のモデル動物などミエリンが脱落したマウスに対してDimemorfanの投与したところ、ミエリンの修復が促進され、ミエリン脱落による神経機能障害も緩和しました(図3)。さらに、Dimemorfanの服用歴を有するヒトの脳画像を解析したところ、加齢にともなう白質量の低下が抑制されている可能性が示されました。

図2.まきつきの評価法 ヒトiPS細胞から作成したオリゴデンドロサイトを用いた検討も可能。

図3.まきつき促進効果を発揮した薬剤の効果 疾患モデルマウスに対して同定した薬剤を投与すると、ミエリンの組織修復が促進し、神経症状も改善。
*図の一部はBioRenderで作成されました。
(3)今後の展望
ミエリンは、認知機能や運動機能の低下との関連が示唆されています。今回作成した評価法と同様の手法により、ミエリンの修復に有効な薬剤の探索が可能になるとともに、まきつきの新たな機序解明が導かれる可能性があります。これらを通じたミエリンを標的とした新たな治療法の開発が期待されます。
(4)用語の説明
1)ミエリン
神経軸索の周囲を覆う被膜のような構造物。神経活動のスムーズな伝達を支えている働きが代表的な機能。他にも、神経細胞への栄養供給や血液脳関門の維持等、脳の恒常性の維持の貢献する多彩な機能を有する。
2)オリゴデンドロサイト
中枢神経系に備わるオリゴデンドロサイトの前駆細胞は、生涯にわたり、増殖能や分化能力を備えている。オリゴデンドロサイトの機能を促進させてミエリンを修復させる薬剤は、開発はされてはいるものの、現時点で認可されているものはない。
3) Sigma-1受容体
神経変性疾患、精神疾患などさまざまな病態に関与することが知られる。受容体を活性化させると神経機能が改善することが、アルツハイマー病などのモデル動物で報告されている。
(5)原著論文情報
・論文名:Biomimetic microfibers for myelin-enhancer screening and neural regeneration
・著者:Lili Quan, Akiko Uyeda, Atsushi Sekiguchi, Ze Zhang, Kazuhisa Sakai, Tsunehiko Takamura, Ruijuan Zhang, Noritaka Ichinohe, Shinjiro Umezu, and Rieko Muramatsu†(†責任著者)
・掲載誌: Cyborg and Bionic Systems
・doi: 10.34133/cbsystems.0565
・https:https://spj.science.org/doi/10.34133/cbsystems.0565
(6)研究経費
本研究結果は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)、脳神経科学統合プログラム、日本学術振興会・科学研究費補助金若手研究、基盤研究(B) の支援を受けて行われました。また、本研究はAMED生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS)による支援を受けました。一部の研究試料は、東北メディカルメガバンク機構から分譲されました。分譲データは、ゲノム医療実現バイオバンク利活用プログラム(B-Cure) 基盤事業としてサポートされました。







