組織侵襲性細菌が組織を壊す仕組みを解明!
~移植再生医療に応用の可能性~
発表のポイント
- 糖尿病患者への膵島移植※1)などの先進医療を支える基盤技術の一つに、ドナー組織から目的の細胞のみを取り出す酵素製剤があります。細胞の足場であるコラーゲンを消化して組織をバラバラにする目的で、病原細菌由来のコラーゲン分解酵素※2)が使われています。
- 1990年代に岡山大学の松下治名誉教授らが細菌から同定・命名した二種類の酵素遺伝子を基礎に、2016年に二種類の安全な組換え酵素が我が国の製薬企業から発売されました。しかし、これらの酵素が効率よくコラーゲンを消化する仕組みは未だ不明でした。
- 今回の研究は、原子レベルで酵素の形と動きを調べ、組織侵襲性細菌※3)がコラーゲンを連続して細切れにする仕組みを明らかにしたものです。この発見により組換え酵素の改良設計が可能になり、多様な移植医療、再生医療および治療に応用されると期待されます。
岡山大学の松下治名誉教授と岡山大学学術研究院医歯薬学域の武部克希助教(研究当時。現:北海道大学講師)、大阪大学大学院薬学研究科の河原一樹助教(研究当時。現:大阪公立大学講師)ら、愛媛県立医療技術大学の美間健彦教授、早稲田大学の小出隆規教授ら、米国アーカンソー大学のジョシュア・サコン(Joshua Sakon)教授らの国際共同研究グループは、組織侵襲性細菌がコラーゲン分解酵素によりコラーゲンを連続的に切断する仕組みを解明しました。
この研究成果は4月2日、英国の総合科学誌「Nature Communications」にResearch Articleとして掲載されました。
コラーゲンは、細長い三重らせんという特異な形のタンパク質です。細菌が作るコラーゲン分解酵素は、コラーゲンを取り込み、らせんをほぐして切断、その後らせん軸に沿って少しずつ前進し、コラーゲンを細切れにすると考えられます。この仕組みは、ヒトや動物が持つコラーゲン分解酵素が細長いコラーゲンの途中1カ所だけを特異的に切断する仕組みとは根本的に異なっていました。
本研究成果は、生命の進化と病原細菌による巧妙な感染機構の獲得を考える上で興味深い発見であるとともに、組換え酵素の改良設計を通じて多様な移植再生医療に応用されると期待されます。

(1)発表内容
<現状>
コラーゲンは、ヒトや動物の組織を形作る重要なタンパク質です。コラーゲンは3本のポリペプチド鎖※4)(α鎖)の三重らせん構造から成り、構造が極めて安定で、一般的なタンパク質分解酵素では分解されません。組織侵襲性細菌はコラーゲン分解酵素(細菌性コラゲナーゼ)を分泌してコラーゲンを分解し、組織を破壊して感染を急速に拡大します。一方で、この酵素は、その高い組織分解活性を利用して、糖尿病患者へ移植するための膵島細胞の分離や拘縮性疾患※5)の治療に応用されています。しかし、この酵素がどのような仕組みでコラーゲンを分解するのかは不明でした。
<研究成果の内容>
細菌性コラゲナーゼ単体、および酵素とコラーゲン様三重らせん型基質※2)の複合体の形と動きを、クライオ電子顕微鏡※6)を用いて観察し、この酵素がどのようにしてコラーゲンを細切れにするのかを明らかにしました。コラゲナーゼにはドーナツ状の部分があり、まずリングの一部を開閉して細長いらせん型コラーゲンをその内部に取り込みます(図2a, b)。次に、コラーゲン周囲の水分子を取り除いてらせん構造をゆるめ、1本ずつに分かれたα鎖をそれぞれリング内の別の場所に誘導します(図2c)。うち1本のα鎖は、らせん構造からループ状に曲げ出され、引き延ばされて活性中心※7)で切断されます(図1, 2c)。切られた部分が酵素から遊離すると、酵素は残る2本のα鎖を“レール”のように使い、三重らせん部分を探して、らせん軸に沿って前進し、1本のα鎖を切断する反応を繰り返すと考えられます(図2d-f)。
いったん前に進んで切断すると後戻りはできないため、細菌性コラゲナーゼは「らせんに沿って一方向に歩きながら三重らせんをほぐしつつ切断する」を繰り返すラチェット・ウォーキング型のコラーゲン分解を行うと考えられます。この仕組みは、ヒトや動物のコラゲナーゼが長細いコラーゲンの1カ所だけを特異的に切断する一撃離脱型の分解とは根本的に異なっていると思われます。

図1.細菌性コラゲナーゼは三重らせん型コラーゲンをほぐしてα鎖(赤)を引き出す。

図2.細菌性コラゲナーゼはコラーゲンの三重らせん部分を求めて前進と切断を繰り返す。
<社会的な意義>
生命の進化と病原細菌の成り立ちを考える上で興味深い発見であるとともに、この発見に基づく酵素の改良設計を行なうことで、幹細胞の分離、細胞シートの作製、再生軟骨の表面処理、人工組織の成形など、移植再生医療の分野で幅広く応用されると期待されます。
(2)論文情報
論 文 名:Bacterial collagenase harnesses collagen geometry for processive cleavage.
掲 載 誌:Nature Communications
著 者:Hiroya Oki, Katsuki Takebe, Adjoa Bonsu, Kazunori Fujii, Ryo Masuda, Nicholas Henderson, Takehiko Mima, Takaki Koide, Mahmoud Moradi, Osamu Matsushita*, Joshua Sakon*, Kazuki Kawahara*
D O I:https://doi.org/10.1038/s41467-026-71099-3 受理2026.3.13、掲載2026.4.2
(3)研究資金
本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)「科学研究費助成事業」(若手・JP23K14519研究代表 沖 大也; 基盤C・JP23K06545研究代表 松下 治; 基盤C・JP24K10218研究代表 河原 一樹)、日本医療研究開発機構(AMED)「生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS)」(JP22ama121003)、乳酸菌研究会助成金(2023, 2024研究代表 松下 治)、National Science Foundation (grant 2218054, 研究代表 Joshua Sakon)の支援を受けて実施しました。また、論文掲載に当たり、the University of Arkansas Libraries Open Access Publishing Fundの支援をいただきました。
(4)補足・用語説明
1)「膵島移植」ドナーの膵臓からインスリン分泌細胞(膵島)を分離し糖尿病患者に移植する治療法。
2)「酵素と基質」酵素は生体内で反応を促進するタンパク質(触媒)。基質はその作用を受けて分解・合成される物質。本研究では、酵素の細菌性コラゲナーゼが基質のコラーゲン分子を分解する。
3)「組織侵襲性細菌」ガス壊疽菌群、ビブリオ属菌などの病原細菌。
4)「ポリペプチド鎖」タンパク質の基本構造。多数のアミノ酸がペプチド結合(-CO-NH-)で直鎖状に連なっている。コラーゲン分子を構成する3本のポリペプチド鎖は、それぞれα鎖と呼ばれる。
5)「拘縮性疾患」ここでは、腱や腱膜などの線維組織にコラーゲンが異常に増えてしこりになり、本来の動きが制限される病気。デュピュイトラン拘縮、ペロニー病など。
6)「クライオ電子顕微鏡」生物試料を急速凍結し、生のまま電子顕微鏡で撮影する技術。タンパク質などの立体構造を、自然に近い状態で原子レベルの分解能で解析できる。
7)「活性中心」酵素の表面で実際に化学反応が起こる場所。







