外国語の音を聞いても、すぐには「言葉」として処理しない
ポイント
- 外国語習得の才能の一つとして、微細な音響情報を聞き分ける耳の良さが挙げられます。そうした才能を持った学習者は、外国語を学習している最中、一体どのような脳活動をしているのでしょうか。
- 本研究では、実際に聴覚能力の高い学習者と低い学習者である日本人大学生に、 fMRI(注1)スキャナーの中で英語の母音を学習してもらい、そのときの脳活動を調べました。
- 聴覚精度が低い学習者は日本語の母音が強く想起されてしまう一方、聴覚精度が高い学習者は、外国語の音を聞いても、すぐには「言葉」として処理せず、音響情報そのものとして捉えていることが、 fMRI による脳活動計測から示されました。

図1.外国語を聞くときの脳の働き(イメージ図)
概要
外国語の発音を学ぶとき、同じように練習しても上達の速さには大きな個人差があります。その背景には、微細な音響情報の違いを聞き分ける基礎的な「耳の良さ」が関係している可能性があります。
東北大学・ University College London(UCL) ・早稲田大学による国際共同研究チームは、日本人英語学習者を対象に fMRIを用いて、こうした聴覚能力の個人差が、外国語の音を処理する際の脳活動とどのように関係するかを調べました。その結果、聴覚精度が高い学習者では、外国語音を聞いても、すぐには「言葉」として処理せず、音響的特徴そのものを分析している可能性が示されました。
本研究は、耳の良い学習者の脳が、外国語音をどのように処理するかを解明した初めての学際研究であり、外国語学習の成功の鍵は、どれだけ多く外国語に触れるかだけではなく、一回一回のインプットの機会において、脳が外国語をどのように処理するかにあることを示しています。
本研究成果は、 2026 年 10 月 13 日に国際学術誌 Journal of ExperimentalPsychology: General に掲載されました。
研究の背景
外国語の発音を学ぶとき、同じような年齢で学習を始め、同じように練習していても、上達の速さには驚くほど大きな個人差があります。これまでの研究では、留学経験や外国語を使う頻度、発音訓練などの「学習経験」が重視されてきました。しかし近年、それだけでは説明できない重要な要因として注目されているのが、微細な音響情報の違いを聞き分ける基礎的な能力、すなわち「聴覚精度」です。つまり、ただ練習を重ねればよいのではなく、「耳の良さ」が、一回一回の学習機会をどれだけ生かせるかを大きく左右することが分かってきました。
では、そうした「耳の良い」学習者の脳では、外国語を聞いているときに一体何が起きているのでしょうか。「耳の良さ」によって、外国語音を処理する脳の使い方そのものが異なるのかは、これまで十分に分かっていませんでした。
そこで本研究では、「耳の良い」学習者は、新しい外国語音を聞いたとき、人間の声であっても、すぐには「言葉」として処理せず、まずは音響情報そのものとして捉えているのではないかと考えました。言い換えれば、新しい外国語音を母語の「フィルター」を通してすぐに解釈するのではなく、まずは未知の音として細かく分析することができる――その能力こそが、外国語の新しい音を身につける成功の鍵の一つではないか、という仮説を立てました。
今回の取り組み
研究チームは、日本語を母語とする英語学習者を対象に、まず言葉ではない人工的な非言語音を用いて、微細な音響情報の違いをどこまで聞き分けられるかを測定しました。これにより、英語力そのものではなく、より基礎的な「聴覚精度」の個人差を評価しました。
続いて67名の日本人英語学習者を対象に、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて脳活動を測定しました。参加者には、日本語には存在しない英語母音 /æ/ と /ʌ/ を聞き分ける課題と、それらと対応する音響的特徴を持つ人工的な非言語音を聞き分ける課題を行ってもらいました。これにより、同じような音響情報を「外国語音声」として処理する場合と、「非言語音」として処理する場合の脳活動を比較しました。
その結果、聴覚精度の高い学習者では、外国語音を処理するときの左感覚運動系への依存が比較的小さく、非言語音を処理するときに近い脳活動パターンを示す可能性が見えてきました。これは、「耳の良い」学習者が、新しい外国語音を聞いても、すぐには「言葉」として処理せず、まず音響情報そのものとして分析している可能性を示す興味深い結果です。
逆に、聴覚精度が低い学習者ほど、外国語音を聞く際に、左感覚運動ネットワークをより強く活動させることが明らかになりました。つまり、聴覚精度が低い学習者では、新しい外国語音を処理する際に、すでに身につけている母語の発音運動パターンをより強く利用している可能性を示しています。
今後の展開
本研究は、一つの実験だけで完結するものではありません。QS世界大学ランキングの教育学分野で13年連続世界1位に位置するUniversity College London(UCL)教育研究所(IOE)と、世界をリードする脳科学研究拠点を擁する東北大学が、言語教育と脳科学を本格的につなぐために進めてきた国際共同研究の大きな成果の一つです。 UCL教育研究所教授であり、東北大学大学院国際文化研究科ディスティングイッシュトプロフェッサーでもあるSaito-van Poeteren教授と、東北大学・早稲田大学の脳科学・言語学研究チームは、2019年から研究助成を継続的に獲得しながら、「なぜ同じように外国語を学んでも、伸びる人と伸びにくい人がいるのか」を、言語学習・聴覚・脳活動を横断して解き明かす研究を進めてきました。本研究は、その長期的な取り組みから生まれた一つの重要な到達点です。
そして、次の目標はさらに一歩先にあります。これまでの外国語教育では、単語を覚える、外国語を聞く、発音を繰り返すなど、主に「言語そのものを練習する」ことが中心でした。しかし今回の研究は、その前提を変える可能性があります。もし「耳の良さ」が、一回一回の言語学習をどれだけ有効に生かせるかを左右するのであれば、外国語を練習するだけでなく、その土台となる「耳そのもの」を鍛えることが、新しい外国語学習法になり得るからです。ここから、言語そのものだけでなく、言語学習を支える基礎的な聴覚能力を育てることの重要性も見えてきます。
今後、研究チームは、音の高さや音響的特徴の微細な違いを捉える能力を直接トレーニングする新しい「言語・聴覚トレーニング」を開発し、その効果を、①実際の外国語能力がどのように変わるのか、②基礎的な聴覚能力そのものがどのように変化するのか、そして③外国語音を処理する脳の働き方がどのように変わるのか、という「言語・聴覚・脳」の三つの側面から同時に検証していきます。
最終的には、「たくさん練習する」ことだけを前提とした外国語教育から、一人ひとりの脳と聴覚の特性に合わせて、“学べる耳”そのものを育てる外国語教育へ。言語教育と認知トレーニング、そして脳科学を融合した新しい学習科学の確立を目指します。
実験の大まかなまとめ

図2. 聴覚精度の違いによる外国語音の処理(概念図) 聴覚精度の高い学習者は、外国語音を非言語音(「信号音」)に近い形で分析し、左感覚運動ネットワークへの依存が比較的小さい一方、聴覚精度の低い学習者は、同ネットワークをより強く活動させ、母語の発音運動パターンに依存している可能性が示されました。

図3. 外国語音声の処理時に聴覚精度の個人差により関与が変化する左感覚運動ネットワーク 発音運動に関わる左感覚運動ネットワーク(左中心前回、左島回など)において、聴覚精度が低い学習者ほど有意に強い脳活動が確認されました(相関係数 r=0.545)。また、この聴覚精度の違いは、実際の英語母音テスト成績の個人差の約41%(40.6%)を説明する重要な要因であることも判明しています。
謝辞
本研究は、UCL-東北大学 ストラテジック・パートナー・ファンズの支援を受けて行われました。さらにイギリスのUK-ISPF Research Grant(1185702223)、およびLeverhulme Trust(Grant RPG-2024-391)の支援を受けて実施されました。これらの研究助成は、Saito-van Poeteren教授に交付されたものです。
用語解説
注1.fMRI(機能的磁気共鳴画像法):血流の変化を測定して活動中の脳領域を可視化し、特定の認知処理に関わる部位を調べる脳画像計測法。
論文情報
タイトル:Individual Differences in Motor and Auditory Activation in L2 Speech Learning: Roles of Domain-General Auditory Processing
著者: Kazuya Saito-van Poeteren, Adam Tierney, Kotaro Takizawa, Diego Dardon, Chunlin Liu, Magdalena Kachlicka, Motoaki Sugiura, Hyeonjeong Jeong
*責任著者:東北大学大学院国際文化研究科応用言語研究講座ディスティングイッシュトプロフェッサーSaito-van Poeteren
掲載誌:Journal of Experimental Psychology: General
DOI:10.1037/xge0001991
URL:https://doi.org/10.1037/xge0001991







