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平面シートが「変身」して曲面に

平面シートが「変身」して曲面に
―生物の「かたちづくり」をモノづくりに―

概要

京都大学大学院工学研究科 井上康博 教授、森川健太郎 同 助教、中村拓未 同 修士課程学生(研究当時)、松本嘉彦 同 博士後期課程学生、九州大学大学院医学研究院 松田佳祐 助教、富山大学学術研究部理学系 秋山正和 准教授、早稲田大学大学院情報生産システム研究科 山﨑慎太郎 教授、国立遺伝学研究所 近藤滋 所長らの研究グループは、植物や動物が用いる「偏差成長」の仕組みを、熱収縮フィルムと3Dプリンタで人工的に再現することに成功しました。

偏差成長は、組織の場所ごとに成長の速さを変えることで、平らな組織が立体に立ち上がる、生物の形態形成の根幹原理です。生物が「どこでどれだけ成長するのか」を定める設計図を、本研究では等角写像※1という数学的手法で作成し、「縮まない樹脂の小片」として熱収縮フィルム上にプリントすることで、生物と同じ仕組みを非生物材料に実装しました。さらに紫外線硬化樹脂を後から塗ると剛性は約166倍となり、昆虫が上皮にクチクラ※2を重ねて硬い殻を得る戦略まで再現します。

生物の形態形成原理を、モノづくりへ応用した本成果は、2026年6月10日午前0時5分(BST)に英国の国際学術誌「Journal of the Royal Society Interface」にオンライン掲載されます。

フィルムの場所ごとに収縮率が異なる「偏差成長」を実装 こちらは実験結果の写真(造形・撮影:森川健太郎)を素材とした生成AI画像(ChatGPT Images 2.0)です(作成:井上康博)

1.背景

花びらの優美なカーブ、脳のひだ、航空機の翼――身の回りにある「曲面」は、強度・機能・美しさのいずれの面でも欠かせない要素です。一方で、こうした自由な曲面を工業的に作るのは簡単ではありません。型を使って成形する従来法は型代がかさみ、切削加工や3Dプリンタなどの先端的な手法でも、削りカスや材料の無駄、成形に必要な大きなエネルギーといった課題が残ります。

生物に目を向けると、葉や花、昆虫の表皮など、複雑な曲面が当たり前のように作られています。その秘訣の一つが「偏差成長」と呼ばれる仕組みです。組織の場所ごとに成長の早さを変えることで、もともと平らだったシート状の組織が、自然に三次元の曲面へと立ち上がります。余分に作って削るのではなく、必要なところを必要なだけ伸ばす――「育てる」ようにかたちが現れる、エネルギー的にも材料的にも無駄の少ない作り方です。

本研究グループは、この自然の戦略をモノづくりにそのまま持ち込めないかと考えました。鍵は、「どこをどれだけ縮めれば、目的の立体形状になるのか」という収縮率の地図(分布)を、いかに正確に設計し、いかに正確に材料に書き込むかにあります。

2.研究手法・成果

本研究グループは、目的の曲面形状を平面に「広げ直す」数学(等角写像)を用いて、平面の各点で必要な収縮率を計算し、それを実材料に実装する手法を確立しました。実装には、市販の薄い熱収縮フィルム(厚さ12 µm)と、3Dプリンタで印刷した「縮まない樹脂(ポリプロピレン)の小片」を組み合わせます。フィルム上の各微小領域に置く小片の面積を変えることで、加熱したときに「どれだけ縮むか」を場所ごとに自在に制御できる仕組みです。

半球をベンチマークとして造形精度を評価したところ、目的形状に対し概ね数百µm程度の誤差で、滑らかな半球を再現できました。さらに、花、扁形動物(ヒラムシ)、エビ、自動車のボンネットといった、性質の異なる曲面を次々と造形することにも成功しました。注目すべきは、これら多様な形状を、いずれも「型」を一度も用いずに造形している点です。生物が葉や昆虫の角を型なしに作り上げるのと同じく、設計図さえあれば、3Dプリンタが平面シートに収縮地図を「印刷」し、ヒートガンで加熱するだけで、平面を立体曲面へ変身させます。

できあがった曲面は薄いフィルム製のため、それ自体は柔らかいことが弱点でした。そこで、生物が柔らかい組織の上に硬い殻(甲虫のクチクラなど)を後から重ねる戦略にならい、紫外線硬化樹脂を後からコーティングする工程を追加。これだけで、頂点を押し込むときの初期剛性が約166倍に跳ね上がりました。形を作る工程と、固める工程を分けるという生物的なアプローチが、人工物にもそのまま使えることを示した結果です。

3.波及効果、今後の予定

本手法は、生物が用いる立体形成原理(偏差成長)を、設計から造形までを一気通貫したモノづくりの手順に落とし込んだ点が最大の特徴です。任意の3D曲面形状を入力するだけで、その実現に必要な平面シート上の収縮率分布が自動的に算出され、3Dプリンタが書き込み、加熱で曲面形状へと変身させます。応用先として、体内に折りたたんだ状態で送り込み、目的の場所で展開する低侵襲手術用インプラント、軽量な航空・宇宙構造物、人体形状にぴったり沿うエルゴノミクス家具、ソフトロボットの「皮膚」などが考えられます。コップ、椅子、流線形の車体、ルアーといった日用品レベルの応用例も、本研究の中で実際に造形して示しました。

一方で、現状の手法には限界もあります。フィルムを縮めて造形するため変形は不可逆で、また半球の北半球と南半球のように「凹凸の向き」までは事前に決定できません。今後は、3Dプリンタの造形範囲を超える大きな曲面を作るための分割・組立法、海綿動物の骨格に学んだ補強構造の組み込みなど、生物のかたちづくりからさらにヒントを得ながら、手法の発展を進めていく予定です。

4.研究プロジェクトについて

本研究は、文部科学省 科学研究費補助金 学術変革領域研究(A)(課題番号:20H05947、20H05943、20H05949、20H05948)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号:24K23206、25K21510、25K22078、25K07129)、公益財団法人 服部報公会 工学研究奨励助成金、ならびに積水化学工業株式会社「自然に学ぶものづくり」研究助成プログラムの支援を受けて行われました。

<用語解説>

※1 等角写像(Conformal mapping)
局所的な角度を保ったまま、ある面を別の面へ写し取る数学的な変換。本研究では、目的の曲面を平面に「歪まずに広げる」ためのレシピとして用い、各点でどれだけ縮めればよいかを算出した。

※2 クチクラ(Cuticle)
昆虫など節足動物の体の外側を覆う、キチン質を主成分とする硬い層。柔らかい上皮が形を作った後に分泌・硬化することで、形を保ったまま剛性を獲得する。本研究の樹脂コーティングによる補強は、この「形成と硬化を分ける」生物戦略にヒントを得ている。

<研究者のコメント>

生物の3次元形態は、成長率の偏りの分布で説明できるのではないかと考えたことが、本研究の出発点でした。数学を用いてこの発想を理論化する研究に取り組み、葉や昆虫の角など、生物の分類を超えて共通する原理を見出すことができました。今回は、さらに生物さえ超えて理論を適用することで、モノづくりの方法へと展開しました。このような対象を超えた普遍性が、数学の道具としての強みだと感じています。(森川健太郎)

考えれば考えるほど、細胞は不思議な存在です。立体になって初めて「正解だった」と分かる曲面形状を、目も脳も持たない細胞たちが、平面の段階で「ここをこれだけ大きく」と淡々と決め、結果として一発で完璧な形を作り上げる。なぜ設計図を見ずにそんな芸当ができるのか――この仕組みの一端が数学として分かっただけでなく、モノづくりに応用できた点が面白いです。(井上康博)

<論文タイトルと著者>
タイトル: Artificial morphogenesis of curved surface structures inspired by differential growth in biology(生物の偏差成長に着想を得た曲面構造の人工形態形成)
著  者:Kentaro Morikawa, Takumi Nakamura, Yoshihiko Matsumoto, Keisuke Matsuda, Masakazu Akiyama, Shintaro Yamasaki, Shigeru Kondo, Yasuhiro Inoue(森川健太郎、中村拓未、松本嘉彦、松田佳祐、秋山正和、山﨑慎太郎、近藤滋、井上康博)
掲 載 誌:Journal of the Royal Society Interface
DOI:10.1098/rsif.2025.1094

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