Gender and Sexuality Center早稲田大学 GSセンター

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【5/26更新】ALLY STORYを公開しました

大学内外のALLYたちのお話を掲載しています。
※下記の名前をクリックするとその方ALLY STORYにジャンプします。

ALLY STORY 一覧

早稲田生

1.政治経済学部 程島 彩佳さん
2.商学部卒 みずきさん
3.文化構想学部4年 山田 早苗さん
4.文学部卒 Oさん
6.文学部4年 みずほさん
28.  政治経済学部 Mさん
43.  教育学研究科 藥師 美芳さん
44. イベント企画サークルqoon 永井 梨名さん

教職員

5.文学学術院教授 草柳 千早さん
8.文学学術院専任講師 森山 至貴さん
9.文学学術院教授 豊田 真穂さん
10.教育学部教授 金井 景子さん
14.社会科学部教授 花光 里香さん
21.  文学部教授 ジェンダー研究所所長 村田 晶子さん
22.  GSAPS Lynneさん
23.  SILS Sahanaさん
24.  ICC課長 尾内 一美さん
25.  FSE Hectorさん
26.  SILS LIlianneさん
27.  GSAPS Markusさん
29.  Former University staff Robさん
30.  SPSE Yang Kangさん
31.  SILS Xさん
33.  SILS Yoojinさん
34.  スチューデントダイバーシティセンター長/国際教養学部教授 三神 弘子さん
35.  ダイバーシティ推進室担当課長 藤本 さつきさん
36.  保健センター所長 井上 真郷さん
37.  保健センター 樫木 啓二さん
38.  ダイバーシティ推進室長/教育・総合科学学術院教授 矢口 徹也さん
39.  ダイバーシティ推進担当理事/社会科学総合学術院教授 畑 惠子さん
40.  ダイバーシティ推進室 篤田 美穂さん
41.  障がい学生支援担当課長 大久保 裕子さん
45. GSセンター職員 大賀 一樹さん
46. GSセンター職員 渡邉 歩さん
47. GSセンター学生スタッフ うっちーさん
48. GSセンター学生スタッフ ろーたさん
49.生涯学習講座 運営スタッフ Yataro Lily Rockcapeさん

卒業生

7.文化構想学部卒 原田 莉佳さん
11.法学部卒 竹口ひかりさん
12.法学部卒 Nさん
13.法学部卒 さえさん
15.文化研究科卒 さかもとさん
17.社会科学部卒業 菊池 龍子さん
18.文化構想学部卒 りったんさん
19.  卒業生 ロッコさん
20.  社会科学部卒業 松尾 海里さん

他大生・一般

16.公認サークル所属他大生 シュンジさん
32.  元大学職員 加藤 真理子さん
42.  元キャリアセンター課長 白井 由美さん

1.政治経済学部 程島彩佳さん
「LGBT学生センターを早稲田につくる」ことを目標にダイバーシティ早稲田というサークルを運営しています。4年生になっても活動を続けている一番の理由は、メンバーといるとすごく居心地がいいっていうことがあります。皆がone of themなんですよね。例えば、私は自分をシスジェンダー(心と身体の性が一致している)と思っています。そのことを誰かに強制されているんじゃない、と明言することができる。色んな人が居て、色んな生き方があるって知った上で、今の自分を選んでいると感じることができるんです。自分と違うあり方を怖いと思う人もいるとは思いますが、私はむしろ解放されたと感じています。

そうは言っても、私も怖かったんです。今、LGBTのことはすごく話題になりやすいですよね。そんな中でLGBTを名乗る気のない私が「LGBT」を掲げてサークルをやっているんです。ムーブメントに乗っかって良いカッコしたいだけだと思われるんじゃないかと思うと、すごく怖かった。実際には誰もそんなこと言わなかったんですけど、後ろ暗いような気持ちはなかなか消えませんでした。

結局私も自分自身を救うためにやっているんですよね。さっき言ったように、私にとってアライであることというのは、「自分と違う人を認めることで、自分を認めること」です。すごく回りくどく迂回して自分を助けているんです。そうしないと、私はなんとなく息苦しさを感じてしまう。そして、その息苦しさはLGBT当事者と連帯していると少し楽になるんです。理由はうまく説明できないんですけど、こういう感覚は他のマイノリティ問題にコミットしても多分得られないと思います。

もちろん大事なのは一人ひとりの当事者の気持ちです。アライは脇役ですから、独りよがりにならないようにちゃんと耳を澄まさなくてはいけない。当事者の気持ちを尊重しつつ、同時にある意味で「自助」活動なんだっていうことを忘れないようにする。そうすれば、押し付けがましくなく、独りよがりになることもなく、息の長い活動を続けられる気がしています。

2.商学部 みずきさん
私は女性として生まれたけれど、自分のことを女性とも男性とも思っていません。好きになるのは女性だし、服装も自分が着たいものを着る。だから「彼氏いるの?」と聞かれても何も言うことが出来ないし、悲しい気持ちになってしまう。「化粧しないの?」や、「スカート履かないの?」とかも同様に。
大学生になったら、のびのびと自分らしくいれるのではと期待していました。しかし、サークルでは「1男、1女」と性別で2分され、話題も恋愛のことばかり。周りに合わせようと努力していたけれど、なんだか馬鹿馬鹿しくなってサークル自体辞めました。仲のいい友達が出来ても、カミングアウト出来ずにいたため、完全にありのままの自分で接することが出来ずにいました。そしてそんな自分に嫌悪感を持って、何だか生きづらいなと感じながら生活していました。
そんな自分だけど、あることがきっかけで友人にカミングアウトをすることになりました。言う前は、どんな反応をされるのだろうかと恐怖感を抱いていましたが、友人の反応は良い意味ですごくあっさりとしていました。「そうなんだ、大丈夫だよ。自分のことを責めないで。」その言葉に心がすっと軽くなりました。同時に、すごく嬉しかった。ありのままの自分で過ごしていけるのかもしれないって思いました。それを機に、徐々にカミングアウトするようになりました。自分以外、何一つ変わっていないのに、今までの大学生活が一気に変わった気分です。ありのままの自分で過ごせるようになってから、毎日心から楽しめるようになりました。
LGBTであってもなくても、皆さんが1人1人持っている個性って違うと思うんです。自分にとって、LGBTということは沢山あるうちの個性の1つだと思っています。常識だとか、当たり前だとか、そういう考えを取っ払って、皆がお互いを尊重出来る世の中に少しずつなっていけたら、幸せです。

3.文化構想学部4年 山田早苗さん
彼がトランスジェンダーであることを私たちに話してくれたのは、大学1年の春休みのこと。自分のこんなに身近なところにLGBTの人がいたんだ、って正直驚いた。最近話題で知識としては知っていたけど、どこか他人事だとも思っていたから。

彼はその年から学生証の名前も変え、これからは男性として生きていきたいとの決意も話してくれた。芯が強く、明るい子だから普段は悩みなど感じさせないけれど、やはり親や友人、周りの人からの理解を得られるか、彼のなかで葛藤があったのではないかなぁと思う。

私にも、人にはなかなか話しにくい悩みがある。
今まで誰かに話そうと思ったことがなかったわけではないけれど、それを聞いた人との関係が変わってしまうことを一番に恐れてなかなか踏み出せなかった。それは付き合いが長くて、仲の良い友人ほど勇気のいること。
でも、彼が先にその壁を越えてきてくれて、いつも「早苗ちゃんだから話すけど、」といろんな話をしてくれる。私にとって何より大きかったのは、性別が男性であろうと女性であろうと関係なく私にはやっぱり大切な友人で、これからの関係は何も変わらないと感じられたことだった。そんな彼になら私も自分のことを話せるし、誰よりも信頼できる。今度は私の話も少し聞いてもらおうかな!(笑)

彼は今、ありのままの姿で活動していてとても輝いてる。それがどれだけの人の励ましになっていることか。今の世の中でそういう生き方をするのってすっごく難しいことだと思う。でもそんな彼のおかげで、私も自分の思う道をまっすぐに進んでいけばいいんだって思えた。

4.文学部卒 Oさん
身もふたもない話をしよう。

あなたは他人だ。
どんなに誰かが悲しさや苦しさを語っても、それはその人のものであって、あなたはそれを経験できない。どんなにあなたが悲しさや苦しさを訴えても、それはあなたのものであって、相手は同じものを味わえない。

あなたは他人だ。
でも、だからこそ、私はあなたの隣にいることができる、と信じている。あなたは誰かの隣にいることができる、と信じている。私たちは他人だから、お互いにとって何が一層幸せか、考えながら一緒にいることができる。そうして私たちは一緒に生きていくことができる。

私はあのとき誰かに隣にいてほしかった。欲しいのはラベルでもカテゴリーでも絶対的な正しさでもなくて、誰かの言葉と、手と、それらの温度だった。

「他人」は誰かの力になれる。

今誰かに隣にいてほしいあなたへ。私がいます。あの人や、あの人や、まだ出会っていない誰かが、きっとあなたと生きていたいと思っています。

これから誰かの隣にいたいあなたへ。その気持ちを持った時点で、きっと誰かが救われています。ありがとう。

私の隣にいてくれるあなたへ。あなたのおかげで、私は今日も生きています。ありがとう。

5.文学学術院教授 草柳千早さん
Education。Instructionとどう違うのか? 『ミス・ブロウディの青春』という小説で作家ミュリエル・スパークは、教師のミス・ブロウディに次のように言わせています。
「<教育(エデュケーション)>という語は、<外へ(エクス)>の語根エと、<私は導く>を意味する<デュコ>からできたのです。つまり導き出すということね。私の考えでは、教育とは生徒の魂の中にすでにあるものを導き出すことです。ミス・マッケイの考えでは、そこにないものを注入することで、それは教育じゃない。私はそんなのを<教えこみ(インストラクション)>と言うの。つまり、<中へ(イン)>というラテン語の接頭辞と<私は突っ込む>を意味する語幹<トゥルド>からできた語ね」(Spark 1961=2015 『ミス・ブロウディの青春』岡照雄訳 53頁)。
私たちのなかにある何か大切なもの。それは殻をかぶって(かぶらされて)いたり、眠って(眠らされて)いたり、いろいろな条件が揃わなくてうまく発揮されなかったりします。しかし、それが動き出して今や外へと現れ出てくる、そのように感じられるときがあります。自分の場合もありますが、他の人からそんな感じを受けるときにはその人が輝いて見え、何やら心を動かされます。
Educate yourself。辞書にはeducate oneself=独学する、とありますが、ミス・ブロウディのいう意味で。とはいえ、これを阻害するさまざまな社会的条件があるのも事実。それを少しずつでも動かし変えていくことも必要です。アライを可視化する、というこの企画は名案だと思います。アライは、アライとしての資質を自分のなかから外へと導き出します。私もqoonの皆さんに誘われ、ここに自分を可視化します。Educationが新しい関係=社会をつくりだす契機となりますように!

6.文学部4年 みずほさん
LGBTに関して、私には関係ないって思ってました。「世の中にはそんな人がいるんだ〜へぇ〜」っていう感じ。

でもあるジェンダーの授業で、LGBTの人が来てくれて、話をしてくれた。「ふつうの大学生じゃん!」って正直びっくりした。メディアの影響か、LGBTの人ってキャラが濃いと思ってたから。でも全然そんなことなくて、カミングアウトするのに勇気がいった、変わらず接してくれて嬉しかったっていう話を聞いて、1人で抱え込むのはつらいだろうなって思った。

打ち明けたいけど怖くて言えない人が周りにいるかもしれない、これから出会うかもしれない。無関係じゃないって気付いた。

いろんな価値観があって当然で、LGBTの人も含めてみんなが生きやすい社会になってほしい。特別視するわけでもなく、自分には関係ないって思うわけでもなく、まずはその価値観のちがいを受け入れることが大事なのかな。

7.文化構想学部卒 原田莉佳さん
わたしは、「社会のどこかにいる誰か」のためではなく、「いま隣りにいるあなた」のために、アライでありたいなぁ、と思っています。
アライという言葉を知ったのは、大学2年生の時に受けた、マイノリティをテーマにした授業でした。学ぶうちに、わたしもアライになりたいと思うようになりました。そういう勉強をしたよ、と周りの人に話していたら、一緒に大学生活を送ってきた友人が、自分が当事者であることを教えてくれました。そして、そうしてくれた人は、ひとりではありませんでした。わたしは、打ち明けてくれて嬉しかったのと同時に、自分の身近に当事者が何人もいたことに驚きました。そして、それまで心のどこかで「でもやっぱり自分とは違う世界」と思っていたことに気づき、謝りたい気持ちになりました。また、大学生活を共に過ごしてきた友人であっても、さらりとは話せないというのが現実なのだな、ということを思い知りました。そんなことから、わたしは、いま目の前にいる人から「この人なら話しても大丈夫」と思ってもらえるような存在になれたらいいな、と考えるようになりました。わたしのように、「応援したいけど、自分の周りにはいないからなぁ」と思っている人は、たくさんいると思います。でも実は、「本当に、びっくりするくらいすぐそばにいた」ということも、多くの人に当てはまると思うのです。それは、セクシュアリティのことに限りません。自分のことも、他人のことも、決めつけないでいられたらいいな、と思います。

8.文学学術院専任講師 森山至貴さん

森山至貴先生お写真

だいたい、「わたしはセクシュアルマイノリティの味方です」なんて言い切っちゃう人で、ロクな人に出会ったことがないのです。同情の背後にある「上から目線の憐れみ」、隠しきれていません。感じ悪いです。わたしの大事な「マジョリティ側」の友人たちは、そんな善人アピールは一切せず、自分から見える景色とわたしたちマイノリティから見える景色を丁寧に折り合わせようと、ゆっくり、継続的に心を砕いてくれます。
「わたしもセクシュアルマイノリティだから他のセクシュアルマイノリティの気持ちがわかる」とか言い切っちゃう人も、少し信用ならないです。心ない言葉に傷ついた時のあの感覚は、確かに共有できるかもしれない。でも、それぞれの人が抱え込まされている苦しみや痛みの形を知ろうとせず共感に飛びつくのは、結局相手の側から見えている景色を軽視していることほかならないのです。

だから、誰かの味方でいることは、全然簡単じゃない。時間をかけて相手を知り、こちら側から見える景色に自分で揺さぶりをかける…はっきり言って、面倒くさい。他人のことなんてわからない、ってことでもういいじゃないか。そう思ってしまうところも、正直あるかもしれない。

…にもかかわらず、わたしたちはいつだって誰かの味方になろうと思ったり、誰かに味方になってほしいと思ったりするのです、不思議なことに。だからわたしたちは、ゆっくり時間をかけてお互いの味方になっていくでしょう、多分。アライという言葉に込められるべきは、善人アピールでも共感への飛びつきでもなく、そういう未来への予感と、いくばくかの覚悟なのだと思います。
慌てず、でも立ち止まらずにやっていきましょう。きっとうまくいくはずです。結局のところ、わたしたちの味方は、わたしたち以外にいないのですから。

9.文学学術院教授 豊田真穂さん
世の中にはたくさんの規範がある。規範というのは「そうあるべきだ、そうしなければならない」などのように、「べき」を含む行動パターンのことで、それに従わないと制裁(サンクション)を受ける。例えば、「女性は子育てに専念すべきだ」という規範に反すると、「子どもがかわいそう」「子どもの発達に影響がある」などと言われる。
わたしは、大学院生の頃、「研究者を目指すなら…すべきだ」とか、「フェミニストなら…しなければならない」といった規範に苦しめられた。それらは、わたしを「お嬢さん院生」と呼んだ先輩から投げかけられた言葉だ。今なら、そんな忠告は的外れで馬鹿げていると笑いとばすことができるけれど、当時は先輩が言うのだからと深刻に考えていた。スカートやハイヒールをはくのをやめたり、ショートカットにしたり、できるだけ「女」の要素を削る努力をした。
でも、あるときからそれを辞めた。「あなた、研究者なのに…だよね」とか、「フェミニストなのに…だよね」とか言われたって、たいしたことないって思えるようになった。それは、「ほかのひとと違う」ことを目指すようになったから。「変態」「オカマ」という意味の蔑称である「クイア」を引き受けて、社会の規範に徹底的に抗うクイア理論に出会ったことも大きかった。そして、「変わり者」と言われることを、褒め言葉と受け止めるようになった。
クイア理論がそうであるように、変わり者は、変える者。規範から外れることが、社会を変えていくことにつながると思うから。

10.教育学部教授 金井景子さん
金井研究室内では、私自身が「セクシュアル・マイノリティ」になることがあります。LGBTの仲間や学生さんたちがやってきて、相談事をしたり、作業をするとき、私以外が全員、多様な性を生きているメンバーということがあるので。そうすると、戸籍が女性で、性自認が女性で、社会生活を女性の外見でしていて、好きになる相手が男性で・・・といった、日頃はあまり気にせずに過ごしている自分の「当たり前」を、改めて意識しないではいられなくなります。そんなとき、「みんな(注・そのとき研究室にいるLGBTのメンバーたち)はいつも、こういうふうに、自分のことを意識しながら、暮らしているんだよなあ」 としみじみしますね。アイドルの話題で盛り上がったり、誰かを好きになったり、洋服を買いに行ったり、バイト先に出す履歴書を書いたりする、なんでもない暮らしの中で、性のことでハラハラしたり、窮屈な思いをしてるんだなって。思えば、教わった先生にも、アルバイト先の先輩にも、身近な友だちにも、研究仲間にも、研究室のスタッフにも、教え子たちにも、多様な性を生きているメンバーがいました。勇気をもって自身のことを話してくれた多くのメンバーに対して、聴くことしかできなかった長い年月があります。
大学の授業「ジェンダー・スタディーズ」では、毎年、若い当事者のゲストさんにLGBTについての基礎知識や課題について、ライフ・ヒストリーを交えたお話をしてもらっていますが、教室の一隅で語りに耳を傾けながら、かつて縁があった人々の顔や声を思い出すこともあります。そうすると不思議に、「LGBT問題」は、ごく親しい人たちの昨日・今日・明日の話になります。そして、その人たちの人生は、いやおうなく、私の人生と並行して進んだり、交差したりする—― そんなふうに、感じられるんです。

11.法学部卒 竹口ひかりさん
「社会問題」の「社会」のなかに自分を感じとることってむずかしいなと思う。

実際に自分がいるこの社会のなかで起こっている問題なのに、なんだか全然関係のないところで起こっている、自分とはちがう可哀想な人たちの問題のように思ってしまう。

そう思うのは、しょうがないことだと思う。自分が身をもって体験してみないと自覚できない。自分のすぐ近くで衝突が起きないと、問題自体が存在しないように感じる。今まで見えていなかっただけなのに、突然問題が出てきたように感じてびっくりしてしまう。今まで知らなかっただけなのに、ひとの新しい一面を知ると、その人がまるっきりちがう人間になったみたいに感じてしまう。それが自然な感覚だと思う。

しょうがないことだけど、だからこそ私は、そこで終わらせないで考えたいと思う。もっと感じとりたいと思う。問題に対して、当事者でありたいと思う。

世の中には色んな問題があって、困難があって、生きづらさがあって、わかり合えないことがある。私が直面している困難もあれば、私が無意識のうちに誰かにとっての困難を作ってしまっていることも、たぶんある。
その意味で、どの社会問題についても私は当事者なのだと思う。

「性の多様性」とか「障害のある人もない人も~」とか、最近よく耳にする。でもなんだか、「性の多様性」のなかに異性愛は入っていなくて、「障害のある人もない人も~」のなかに障害のない人は入っていない感じがする。
それは、性に関する問題の当事者はセクシュアル・マイノリティだけで、障害に関する問題の当事者は障害のある人だけ、という感覚で政策なりイベントなりが作られているからなのだと思う。

自分が、一人ひとりが、それぞれにそれぞれの立場で当事者なんだという意識があれば、「自分を含めたみんなのこと」として社会問題を考えていけるのかなと思う。

こうやって色々考えたり感じたりするのは疲れるけれど、色んな人たちと話しながら、たまに休みながら、これからも向き合っていきたい。

12.法学部卒 Nさん
私が自分のセクシュアリティに気づいたのは本当に最近のことです。周りでLGBTsの人は聞いたことがありませんでしたが、ショックや葛藤は不思議とありませんでした。おそらく、それまでの出会いで「世の中にはいろんな人がいるんだなぁ」と感じていたことが大きかったように思います。
私はもともと笑いのつぼや好きなものが人と違うなーと思っていました。そしてそれにちょっと誇りを持っていました。自分の変わってるなーと思うところを大事にしたいし、周りの人の変わってるなーも大事にしたい。そんな感じで生きています。 誰しもどこか「変わってる」と思います。それをお互いに尊重し合えたら、もっとたくさんの人が気持ちよく過ごせる社会になるのではないでしょうか。あなたの大事な気持ちも応援しています。

13.法学部卒 さえさん
中高生の時、私はホモネタをからかったり「レズ」を毛嫌いするような人間だった。「それ」に該当する人なんていないと思っていたから。
そんな私自身がレズビアンだと気付いたのは大学1年の時。ひどく混乱した。
薄々自分のことに気付いていたが、同性愛を嫌悪することで少しでも目を逸らしたかったのかもしれない。
だからこそ、自己否定から抜け出し自分のセクシュアリティを受け入れるのには長い時間がかかった。

同時に、昔の私は周囲の誰かを傷付けていなかったか?と申し訳ない気持ちになった。13人に1人という割合で存在するなら、クラスにいたはずだ。周りの嘲笑に合わせて作り笑いを浮かべ、心が引き裂かれる思いでいた「誰か」のことを考えると後悔してもしきれない。けれど私はその「誰か」に謝ることもできない。

せめてこれからの生活で、誰かを揶揄して苦しめることはやめようと誓った。
外からは目に見えなくても、他の人とは違った特徴を持つ人がいる。その人は自分の特徴について声を上げられないかもしれない、その時に私たちができるのは想像力を働かせることだ。
何気ない一言で疎外感を抱かせてしまわないように意識することで、全ての人にとって安心できる環境を一緒に作っていきたい。知らず知らずのうちに傷付けられている「誰か」が少しでも生きやすい社会になるように。

14.社会科学部教授 花光里香さん
日本ではLGBTという言葉がまだ使われていなかった頃、アメリカで大学生活を送っていたときのことである。キャンパス内で犯罪に巻き込まれないため、図書館から深夜に1人で帰る時は、警備員に電話をして寮まで送ってもらわなければならなかった。毎晩図書館の入り口で警備員を待っていると、ある男子学生から声をかけられた。「帰る時は教えて。寮まで送るよ。」そう言われて戸惑う私に、彼は言った。「大丈夫。僕、ゲイだから。」
それ以来、彼は毎日のように私を寮まで送ってくれた。図書館の帰り道以外にも会う時間が増え、カフェテリアで一緒に食事をするようになり、部屋に遊びに行くこともあった。話すうちにわかったことは、私が男性を好きになるように、彼は男性を好きになる。その気持ちは、同じなのだということだった。いつも何かと助けてくれる彼に、なぜそんなにやさしくなれるのか聞いたことがある。彼は答えた。「僕たち、似てるから。」留学先の大学で、私はたった1人の日本人だった。
マイノリティが生きやすい社会は、全ての人が生きやすい社会に違いない。そのような社会をつくるために何かしたいと思ったきっかけは、彼との出会いだった。EmailもFacebookもなかった時代、帰国して連絡は途切れてしまったが、Mathewは私の忘れられない人である。

15.文化研究科卒 さかもとさん
「アライ」という言葉を聞くと、あるふたりの友人を思い出す。
Aは「自分自身を信用していないから、あらゆるカテゴリーをも信用できない。同性愛者と異性愛者とを区切るのもよくわからない」と言う人。Bは「自分が偏見を持ってしまいそうだということがわかっているからこそ、いろいろな知識を身につけようとしている」と言う人。ふたりとも、わたしの「レズビアン」というセクシュアリティを「単なる一要素」ととらえまるごとひとつの人格として受け入れてくれた。
共通の友人と付き合うことになったときも、片やAは「なんの驚きもありません。ふたりはおつきあいしてもおかしくないだろうと思っていました」と言い。片やBは「どうしてすぐに言ってくれなかったの!? しかもなんであなたの口からじゃなくてあなたの彼女から報告されることになったの!? Aにはちゃんと自分で言ってね!!」と言い。
ふたりは「アライ」という言葉を知らなかった。自分自身のことを「アライ」とは特に思っていないとも言っていた。けれど、ふたりはわたしにとっては一番の「アライ」だった。言葉を知らなくても。知識がなくても。ともだちのことをだいすきでいてくれれば、それだけでアライになれる。「アライ」という言葉すら、そこには必要ないと思う。

16.公認サークル所属他大生 シュンジさん
『自分、ゲイなんだけど』
今でこそ抵抗なく言えてしまうけれど、初めて親友に伝えるときは 3 時間経っても、ずっと言い出せなかった。「ゲイ」と言うカテゴリーで纏められ、違う世界の人として思われて親友との距離が離れてしまうんじゃないかと怖くなったから。でも親友はやっと打ち明けた僕を、こんな言葉で一蹴してくれた。『ゲイであっても、お前はお前だから。』

そして僕と親友は大学生になり、僕は LGBT の当事者が集う自助グループに入ることになった。そこは、悩みを共有できる仲間が沢山いるステキな場所だった。そんな新鮮な経験を、僕は親友に伝えたくなった。だから、初めて親友と酒を飲み交わした時、僕はもう話が止まらなかった。そして、いつの前にか、僕はこんな風に話し始めていた。

『「コッチ」の世界は。●●が××で~』『お前は「ノンケ」だから~』
みんな使ってるからと、そんなに深い意味はないつもりで発したフレーズだった。だから親友がこの言葉を聞いて、少し悲しそうな顔をしたことに僕は気づかなかった。親友は、僕の酔いのさめた後でひどく怒った。なぜそんなことを言うのか。お前は、俺のことを、「ゲイ」か、「ゲイ」じゃないのか、「ノンケ」だとか、それだけで判断しているのか?と。
カテゴライズされるのが嫌だからとあれほど悩んだのに、自分や相手をカテゴライズして語る、ひどく滑稽な僕がそこに居た。

それは、「 LGBT 」だからこそ、言いたくなるフレーズなのかもしれない。ただ、「 LGBT 」「ゲイ」そんなカテゴリーで自分を纏めて安心して、世界を二つに分けてしまおうとするような意識が僕にあった。自分を語る言葉を見つけることは素敵なこと。でも、これだけで本当にいいんだろうか。いつの間にか、僕は自分をとても小さな枠の中に閉じ込めようとしていないだろうか。それは、僕にとって、誰かにとって、本当にいいことだろうか。

『ゲイであっても、お前はお前だ』
あの時親友は、僕に大切なことを教えてくれていたのだ。それは、「 LGBT 」とか「ゲイ」とか「ノンケ」とか関係なく、僕も親友も、そして誰もがかけがえない一人の存在だってこと。

それから僕は、「LGBT」ではなくて、「僕」という人間として生きようとしている。そう思えば、目の前の誰かも、「LGBT」とかそんな言葉だけで語れない、かげがえのない僕とは違う存在で、なんだか愛おしいのだ。そんな風に、僕の中からも皆の中からも、いつか「LGBT」という垣根が、なくなってくれればいいなあ。

17.社会科学部卒業 菊池龍子さん
私がセクシャリティについてちゃんと知るに至ったのはオープン科目でのグループワークに参加してからだった。でも、”ちゃんと”わかってるかと言われたら正直わからない。なぜならレインボーだから。グループワークの中で、型にはめることなくある程度曖昧なものでいいんじゃないか、という結論に至り、だからこそレインボーなんだとわかった。

わからないものを人は恐れるし、否定しがちだと思う。でも一方で、セクシャリティに限らずとも、自分のことを周りは完全にわかっているのか。全てをさらけだして生きているわけではないし、それを強要することも、そして否定する筋合いでもない。だから、わからないこと、知らなかったことに出くわした時にそれを「そうなんだ」と受け止められるかどうかだと思う。自分と違うからってそれを否定していたら、じゃあ裏を返せば自分はぜーんぶ周りと一緒なの?ってことになると思う。仮にそうならそんな人間つまんない。人間はみんな違うところがあるからこそ、色んな考え方があって愉しいものだと思うから。

そもそも自分が「普通」だと思ってることが、思い込みなのかもしれないって問いを抱くようになった。マジョリティって勝手に思い込んでいたものが沢山あるし、今も無意識に思ってしまってるものがまだまだあると思うから、その問いはこれからも抱き続けていきたい。自分が「普通」だとも「異常」だとも思わず思われない、「自分が自分らしく」在れる世界になってほしい。

18.文化構想学部卒 りったんさん
「もう多くの人が知ってるのですごく今さらですが(笑)、私はバイセクシュアルです」と中学の同級生がFacebookに投稿したのは昨年の4月のことでした。正直びっくりしました。ただフツウに、自分と同じ恋愛対象を持っている友達だと思っていたから。

Facebookで彼女がカミングアウトしたときに、ふつうに「読んだよ」「納得したよ」っていう軽い気持ちで「いいね!」したの。すごい軽い気持ちで「いいね!」したけど、それだけでも、相手にとっては大きな承認になったんだなって思える出来事があって。わたしにできることって、寄り添うことって、案外簡単なことなのかもしれないと思ったな。

もしかしたらすぐそばにいるかもしれないのに、言える環境が少ないせいでLGBTの人もアライの人もお互いがそうだって気づかない。だから、LGBTの人は早く大人にならなきゃいけないって思うんだろうな。自分だけで気持ちの処理をしなければいけないって。なんか、嫌なことに対して慣れちゃうような、あきらめちゃうような。それは、つらいだろうなって。だからお互いが歩み寄れたらいいよね。これからはみんなが同じ速度で生きられる世の中になればいいなって思います。

あと自分はどうして自分がストレートだって思っているんだろうって。
私は本当にストレートなのかなって疑問に思ったな。

19.卒業生 ロッコさん
クローゼットにいるって、冷たい海に潜っているみたいだ。本当の自分を知られないように水中に潜っているのだけど、息が出来なくて苦しい。もがくけれど海は深くてどこにも行き場が無い。「もっと女の子っぽい格好しなよ、もったいないよ。」「好きな人いないの?」「なんで彼氏いないの?」そして繰り返される”ホモネタ”。皆と私は一緒に笑った。みんなともっと仲良くなりたい、私のこと、私が大切にしている人のことをもっと知ってもらいたい。でも恐い。こんな偽物の日々をあとどれくらい過ごせば大人になれるのだろうと思った。
友人にカミングアウトしたのはそんな時、大学二年生だった。長い長い21年間はなんだったのだろう、と思うくらい、あっけないくらいの受容。そうしたら、世界が一気に鮮やかになった。もう水中に潜っていなくてもよくなって、息をするのが楽になって、恐怖の気持ちも薄れた。状況は何も変わっていないのに、人との繋がりの、暖かい感覚を知った。
レズビアンの私にとってのアライのパワーは、こういうかんじ。
結構いいものでしょ?

20.社会科学部卒業 松尾海里さん
高校2年生の話です。 ぼくは、ただなんとなく目標もなく、やりたいこともないまま大学に行く、というぼんやりとした考えで ただただ日々を過ごしていました。 進路希望調査が2年生から始まっており、 なんとなく、就職に有利そうだから、という理由で 経営系の学部を志望していました。そして、高校2年生のぼくは、どこにでもいるような、 LGBTに対して偏見を持っている学生でした。 しかし、同時に「男らしく生きろ」というイデオロギーに疑問を抱いていました。それは、女々しいというレッテルを貼られて生きてきたからです。
ある日、知り合いの方の紹介でいわゆる「おネェ」と呼ばれる方々が働くショーパブに連れて行ってもらう機会があり、 そこでの出会いがぼくを変えました。 たまたまお店が空いていたこともあり、 ショーパブで働く「おネェ」と呼ばれる人たちと話すことができました。 彼女/彼らと話しているうちに、「男らしい」や「女らしい」というものは、ただの幻想だとわかりました。それ以来、「女々しい」自分のことを肯定できるようになりました。 早稲田はいろいろ受けたんですけど、 社会科学部しか合格しませんでした笑 でも、大学で最初に受けた授業で、ゼミの教授に出会い、授業のなかでLGBTと呼ばれる人たちについて触れ、上述の経験を思い出し、自分が本当に勉強したいことは、経営学よりも、性についてだと気付きました。結果として、ゼミでLGBTについてたくさん学ぶ機会を得て、学生生活の集大成として、卒業論文にて「LGBT×労働」という観点から共生について書きました。 4月から私は人材会社で働きます。その企業は、世界ナンバーワンの人材会社ということもあり、LGBTを雇用する上で、企業への研修なども行っています。社会人になってからもLGBTにも他のマイノリティにもやさしい社会の実現を考えていきたいと考えています。

21.文学部教授 ジェンダー研究所所長 村田晶子さん
30年以上早稲田大学で授業をし、たくさんのセクシュアル・マイノリティの学生たちと出会ってきました。すでにオープンにしている学生もいましたが「親には言っていない。言えない。」という学生も少なくありませんでした。私たち教員は、何かしなければならないのではないか、できることはないかと考え続けてきました。私が関わるときに考えたキーコンセプトは、「わがまま」「ワガママ」「我が儘」(どんな文字を使ってもいいです)。あるがままの私を大事にすること。自分であること、自分になること、自分を育てること。それができる関係や状況を学内外に作り出したいと思っています。

22.GSAPS Lynneさん
A Colorful Brand New World

I was totally a straight girl before I met her.
It was the third day I came to Waseda. All the new students were meeting together for the first time. We were chatting and eating and laughing. Everyone was so excited about the new life they got and new people they met. Then the girl who was beside me said “hello” to me.
“Hello. Where are you from?” This greeting opened the conversation that evening, and it also opened my heart. She was beautiful, quiet and gentle. She seemed a little tired and lonely. Her voice was soft and low, with a little sense of lazy. I was very happy to talk to her and acquaint with her. We changed our contact information and ready to be friends.
At that night after the meeting, I was thinking, “if I were a lesbian, she would be the type of girl that I like.” It was just a quick thought, which I didn’t pay much attention to. And at that time, I never realized that I had already fallen in love with this beautiful young lady.
As days passed, I was increasingly eager to see her, to talk to her, to be together with her. When I didn’t see her, she was full of my thought; when I saw her, she was full of my sight. I just couldn’t help thinking of her. I knew I miss her, I knew I love her, and I knew that I’m much more than just a straight girl.
The feeling of love was so sweet. Everything could remind me of her. Every time I thought about her, I would smile from my heart. It was exactly the same feeling as I was falling in love with boys.
Yes. I love boys. I love girls. I became bisexual at my late 20’s. From then on, I see a beautiful, colorful, cheerful brand new world. It feels fantastic!

23.SILS Sahanaさん
Version 2
As a teenager in the achievement obsessed Indian society, the only sexual orientation open to me as a student was the insatiable desire for my textbooks alone. Everything else was forbidden.

But suddenly, childhood friends and classmates were asserting their places in the LGBT+ community, some boldly and others in secret defiance. As for me, I had to study illustrated texts where sexuality was metaphorically depicted as cake flavours or different types of swinging doors to understand, and even then I found Keynesian Economic Theory less stressful to comprehend than the thing they call ‘Sexual Attraction’ which I realized that God had somehow forgotten to install and activate in my system. And hence, I had no identity.

Despite taking countless “Tell me my Orientation” quizzes online (I do not recommend this), there were no revelations. This was because, rather than physical attraction, I found myself drawn to the other’s personality. Finding myself smiling at the sight of someone I admired, it was because I thought, “I want to be with you” as opposed to “I want you.” To love, I needed a strong friendship forged over intense discussions, coffee dates or long hikes, and without physical intimacy. Of course, I got reactions that ranged from misguided sympathy to outright horror, and still do. A world where everything is sexualized was normal to everyone but threatening for me, though I didn’t understand why.

My wish to become an ally to the LGBT+ community led me to research gender and sexual diversity so I could develop more sensitivity. Ironically, that was how I first learned that I fall into the LGBT+ spectrum myself. And today, I openly identify as Asexual.

Asexuality is an orientation where an individual like me has low interest in sexual activity and almost negligible levels of sexual attraction to others. Being aware of Asexuality and how it affects one has brought a new mindfulness with regard to myself. Now that I’m more aware, I respect all forms of healthy attractions, ignore negative comments from people who ‘correct’ my identity, and make the relationship choices that work best for me.

Here in Tokyo, I recently came out to the world by means of a rather lengthy blog post I published online. The article explained my childhood experiences of not fitting in due to Asexuality, the dramatized version of how I told my parents that their daughter was in the LGBT+ community and their acceptance. I also spoke about some common misconceptions regarding this (non)sexual orientation and the dangers faced by many asexual individuals in less understanding communities. About seventy people have read my article so far and several friends and family members, my allies, even sent messages of congratulations and encouragement.

On a final note of sorts, I’m proud and excited to share my Asexuality with Sherlock Holmes.

24.ICC課長 尾内一美さん
私とLGBT当事者との最初の出会いは、30年前に遡る。

留学先の大学寮でルームメートとして紹介されたNY出身のAliceが
レズビアンであると気付くのに、それほどの時間を要さなかった。
部屋には地元の彼女とのツーショット写真が飾られ、
帰省の度に嬉しそうに話をしてくれた。

超保守主義が台頭した80年代。米国にあっても同性愛者に対する世間の
風当たりは相当強かったはずである。
にもかかわらず、人望も厚くカレッジのリーダー的な存在だったAliceを
(少なくとも表面上は)差別する人はおらず、
「LGBTを一つの個性として受け入れる空気」があった。

日本でもようやくLGBTムーブメントが本格化し始めている。
ただ、「LGBTを一つの個性として受け入れる空気」を
感じるにはほど遠いのが現状である。
国境であれ、ジェンダーであれ、障がいの有無であれ、
グラデーションになっているところに便宜上の境界線を引くことで、
弾きだされてしまう人が必ずいる。

あらゆる人がマイノリティにもマジョリティにもなり得る
―そう意識するだけで、誰もが少しずつ生きやすくなるのだと思う。

25. FSE Hectorさん
「My personal experiences so far being gay」

“I’m gay”. I just realized this when I was 15, even though I felt attraction for men before that time. I was very lucky to have my best friends as gay too – we came out to each other more or less at the same time. “I’m gay”, one of them told me. “That’s ok, because I’m gay too”, I answered. And I also came out to my close straight friends, being accepted by some of them. Since a few years ago in Brazil there’s been a huge discussion about LGBT rights and I think this was decisive to make them understand my point of view and accept me.

A little late, but I just came out to my parents last year (2015), taking advantadge of the fact that same-sex marriage became legalized in United States and everybody was talking about it in Facebook and TV. Mom totally supported me and said she wished me to be happy the way I am. Dad supported me as well.

However, I had already suffered prejudice during high school being called by offensive words like “faggot” and being treated differently sometimes.

When I first came to Japan last year, I didn’t come out to anyone. For example, I’d pretend to be straight when people asked me about the type of girls I like, because I didn’t understand how it would be people’s reaction in Japan if I said something like “Well, actually, I’m gay”. But then I realized that doing this, I was living a lie, not who I truly was. I was living the way people expected me to live, not the way I would feel comfortable with. When I realized this, I decided to change and to be honest, which means I’ll tell anybody that I’m gay if they ask me or if necessary in any situation (when people ask me about girls, for example).

I wish LGBT people’s voices could be heard by everybody. I know that, as my friends, there must be many potential straight LGBT-allies right there, they just need to hear and understand about us.

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僕がゲイでの経験

「俺はゲイだ」って15歳の頃に気がついた。二人の親友がゲイで、すごいラッキーだった。僕たちはだいたい共にカミングアウトした。「僕はゲイだ。いいの?」って聞いて「もちろんいいよ。僕もゲイだからよ 笑」って僕は返事した。何人かの異性愛者の友達にもカミングアウトして、大丈夫な反応もあったが、「きもい」とか「変だ」っていう反応もあって「おかま」って言われたことあった。あの時よくテレビとかFacebookでブラジルのLGBTの権利について記事が出て討論をたくさんして友達を入れて多くの異性愛者の方がLGBTの人たちを支援し始めた。

遅いけど、家族にカミングアウトしたのは去年だった。アメリカで同性結婚が可能になったことの好機に乗じてカミングアウトの話を話した。母も父もやさしく支持してくれた。母は「エキトーが幸せになってほしいから」って言って僕は安心した。

日本へ来る前に、日本でカミングアウトすればみなはどんな反応するのだろうって思って悩んで「ゲイだ」って言わないのを決めた。でも、いつも「好きな女性のタイプ」とか「どんな妻欲しい?」などの話を話して異性愛者のふりをするのは僕の人生じゃなくて誰かの人生を生きているって感じてつらいことだった。気にしないようにしてみたけどやっぱり無理だった。これが気がついた時から「彼女いますか」などの質問を聞いたら正直に「あのうね、実はゲイだけど。でも、彼氏いません」って答えるのを決めた。

LGBTの味方がいるはずだけど、他の人はLGBTについて何も知らなかったら何も変わらない。僕の友達もこのような感じだったから。だからLGBTの方の思いが広く行き渡ったらいいなと思う。

26. SILS LIlianneさん
「What’s Gender Got to Do with Love?」

So I met classmate A during 10th grade, which is equivalent to freshman year in high school back in Taiwan. Classmate A was charming, mysterious, artistic, and above all else, extremely sensitive. Needless to say, the quick-tempered person that I am, I quickly developed a huge crush towards classmate A.

I had just moved back from New York, and was eager to have a new start and build new relationships. When I saw classmate A sketching away at the birds outside with genius precision and that focused expression, I thought to myself, I wish I could be part of that aura. So I planned my tactic and presented the best and most passionate parts of my personality, and eventually, we grew really close.

The story of me and classmate A is a long and dramatic one that changed my perspective on human relationship as a whole. I can’t describe it in detail without this being an award-winning short novel series, so maybe I’ll save the details for another occasion. However, when I liked Classmate A no one else mattered, I was willing to spend time, money, everything else valuable that I owned, and I enjoyed every bit of it. Just like all of my previous crushes, I imagined us kissing countless times, in fact, that’s the method I always use to decide if my affection towards another has any romantic element in it at all, because it’s complicated. Our feelings are complicated.

Classmate A and I made a great story, but not a happy one. I am glad to have had classmate A in my life, but I never EVER want to see classmate A’s face again. (That escalated quickly!)

This is just a sneak peek of the relationship we shared, but if you are intrigued so far, remember how this love story appears to be perfectly intact without anyone ever knowing the gender of classmate A. It’s because it is. Perfectly intact that is.

I stand by what I’ve said. You like a person for that person and the little pieces that combined so uniquely to become his/her identity. It’s never the genitals. Have you ever seen drama plots in which the main character pretends to be the opposite gender and when the other guy/girl realized that he/she is falling for the main character though they are of the same sex, he/she starts to suffer mentally? Well it’s because they have yet to come to the realization that it’s the person that they like and gender has nothing to do with it though it seemed to be such a fundamental criteria at first.

As human beings, I feel like we’ve come a long way through evolution, and we are no longer looking for soulmates for the sole purpose of reproduction. Love someone because you feel happy being with the person and you don’t even have to think twice. Not every feeling can be explained in black and white, but just knowing that alone would free us from the struggle of confusion and uncertainty.

Loving another person is too amazing and too basic a feeling that no one should be deprived of it for any reason, especially not gender. That’s just so silly.

My name is Lilianne, and I am bisexual, and I tell other people about it like I’m talking about my favorite food. They are all just things that make me who I am and are my preference. I don’t think about it much at all, because it’s just a neutral piece of information, not good, not bad. No matter what we say or do, just be natural about it. Seriously, you can thank me later. 😉

27. GSAPS Markusさん
「Homophobia on the Train」

When I was still a high school student, many of my friends thought of themselves as pretty tough guys – and with this self-perception came a very precise idea of what could be considered manly, of how a “real man” was supposed to behave: they liked the taste of beer, crude jokes and conservative politics. And then of course there was their very explicit hatred of gay men – or “fags” as they liked to call them.
One day I was on a train with two of these friends (here I will call them John and Eddy). They were both quite drunk and I can no longer recall what most of our conversation was about that night. What I do remember after all those years, however, is a very particular comment that Eddy made. I am not sure how we got there, but I can still see his drunken eyes full of contempt when he said: “You know what we should do? We should dig a deep hole somewhere, shoot all those disgusting fags and just put them in there to rot.”
A tense silence followed as the train fitfully raced through the summer night. Even John, who would usually say pretty bad things about “those fags”, was stunned by what he had just heard. Soon the conversation went into another direction again, but I can still remember those words very well. They continue to remind me that many people in this world still have to live their lives in fear – even today – that somebody like drunken Eddy might actually dig such a hole for them.

Markus
GSAPS

A poem written by Markus:
The Rainbow Children

Beautiful,
The rainbow children.
How they play
In sand, grass, clouds.
How they love and lust
In all their different ways.
To make one rule for all —
Now, wouldn’t that be silly?
Their splendour shining louder
Than all those ancient lies.

28. 政治経済学部 Mさん
「Beyond sexuality- 名前のない感情」

半年前、初めて同性を好きになった。それまで異性にしか興味が無かった私にとって衝撃的だった。一方、その感情は友達とは違う「好き」だけれど、性的要素は薄いという曖昧なもので、 LGBTに当てはまるのかも分からずに悩んだ。そのとき、相談したほかの友達の一言に救われた。「グレーゾーンでもいいんじゃない。性別に関係なく、好きになれる相手に出会えたことを喜んだら。」それまで同性愛・バイセクシャルなど自分がどこに当てはまるのかにとらわれていた。しかし、無理にこの感情を分類する必要はないのだと思うと、ふっ、と楽になった。私のように自分のセクシュアリティの曖昧さに不安を感じている人がいたら、「性別」にとらわれすぎず、まずは相手を想う自分の気持ちを大事にしてほしい。

29. Former University staff Robさん
「A Surprising Lack of Awareness」

When I came to Japan 8 years ago as a young gay man, I worried about living openly in a famously conservative society. However what surprised me most was not any discrimination or harassment, but people’s complete lack of understanding about LGBT people in general. It seemed that the vast majority of people weren’t even aware that gay people exist!

When I first arrived in Japan I was often asked “Do you have a girlfriend?”, to which I would answer “No, actually I have a boyfriend”. Coming from Western Europe this was something I was used to saying openly and I had never had any issues before back home. However when I said this to local people I was immediately met with puzzled looks and most people just assumed that my Japanese must be really bad!
I would then try to further explain that I was gay and that I dated men and not women, however this either confused them more or just made them think that I had some weird fetish that I should be keeping private. Either way it was super awkward.

After a while I gave up correcting people and would simply tell them that I didn’t have a girlfriend. But this complete lack of awareness that gay people exist always bothered me throughout my years in Japan. Recently I’ve started to see a few LGBT related articles in newspapers and on the news (mostly thanks to great LGBT achievements in Europe and North America), but in general I feel most Japanese people think of LGBT people like the “okama” comedians that they see on TV shows, and don’t yet realize that in fact there are many LGBT people living completely normal lives among them.

My home country recently legalized same-sex marriage by popular vote, something that I’m very proud of, and while the LGBT movement in Japan is just getting started, I have high hopes that one day Japanese LGBT people will feel just as proud of their own home country.

30. SPSE Yang Kangさん
「Daily Revolution」

My name is Yang Kang. I’m a cis-gender gay man who currently studying in the School of Political Science and Economics, majoring Political science. I am a feminist, and I am active in human right movements and LGBTI+ equality campaigns.

I want to write about the concept of “coming out”. As you may know, coming out means make one’s sexual orientation and/or identity overt. But coming out is not simply an instantaneous action, and the complexity of it might be beyond common supposition.

I’m always open with my sexual orientation with my friends since I identified myself as gay in my middle school.
Being in a harmonious relationship with my family, I thought that my family would accept me with love and understanding when I decided to end this years-old concealment. However, when I came out to my family in September 2014, I was thrown out of the house, and had only 8,000 NTD (about 27,000 Yen) with me. Unable to pay the tuition, I had no choice but to drop out of college and get several part-time jobs: interpreter, translator, and clerk of stationery store. I signed a one year rental contract for a room with no stable hot water in a little township called Qidu.

In that year, I got disowned by my family, had to work throughout the night, and have to survive only with gallons of sugared water. But I regard that year in that humid crappy town, is the most important period of time in my life. I chose to honestly handle myself and my life. I decided that I am not going back to my original university and continue the learning of electrical engineering that I had absolutely no interest, and go somewhere preferable to study something I am interested in, and I met someone that truly understand and cherish me as a whole.

The most important lesson that I learned in that year is that, coming out is not just a instantaneous action. Once you come out, there’s no going back. In the society where LGBTI+ community still remains a minority and left vulnerable, we have to continuously manifest ourselves over and over again.

Revolution is a drastic social alternation that is done by the people.
Hannah Arendt regarded human is “political animal”: human are the only animal that is able to labor, to work, and to produce action.
Therefore, I pledge our allies and those LGBTI+ that are able to safely perform expression: try.
Try to spread egalitarianism in your daily life, transform your state of self-recognition into the thrust for political action.

Revolute. Act. Spread the ideas, and try to achieve a safe, equal, and free society.

31. SILS Xさん
Thinking about my student life as a member of LGBT, I did not feel much discrimination on me during those years maybe because I did not come out to many people around even though I am suspended whether I am homo, except once I was rejected to become one of students in the best class in high school because one of directors knew my sexual orientation and this director thought I would influence other top students here especially the child of the director who was in the same grade. When recall the moments of that, I am quite sad that time I did not try to argue the unfair or unreasonable thing as I usually did, but I firstly had to comfort my parents that I am not homo, lying to myself. Actually, I did not and do not have specific law or social atmosphere to reply on to protect my right for education. That young high school student knew that it might not be the best way to exposure the thing to the public. Also, I was fear and still am in the fear. Even right now, I do not know whether I could stand out or speak out for LGBT community in public and fight for the right for this community and whether that I would suffer something more and more because of my sexual orientation. However, I want to have a try, studying law, sociology and business, to explore the way to somehow change the world and guarantee the rights not only limited to homo marriage for LGBT community, a dream seems like so big to achieve. At least, I do hope to become the hands for people whether LGBT or vulnerable minorities, who are like that me in the high school, need help.

32. 元大学職員 加藤 真理子さん
「関係ないよ」

高校生のころ、私はカナダ・ケベック州で現地の女子校に通っていました。一学年90人ほどのちいさな学校だったので、学年の皆が知り合い同士。良くも悪くも密な関係にありました。
そんな90人のなかで、大きな身体つきと奇抜なファッションの影響か、群を抜いて目立つ生徒がいました。「彼女」はとても気さくな人で、唯一の留学生でフランス語にかなりのハンデを抱えていた私のことをよく気にかけ、可愛がってくれました。

ある日のこと、私はほかの生徒からこんな言葉をかけられました。

「マリコ、あの子は『バイ』だから気を付けたほうがいいよ。狙われちゃうよ」。

驚きました。こんなにも身近なところにLGBTの当事者が存在していたこと、そしてその当事者について、ニヤニヤ笑いながら面白半分に「忠告」してくるような人もまた、自分のすぐそばに存在していたことを。驚きのダブルパンチに動揺してしまい、その場では苦笑いをしてやり過ごすことしかできませんでした。残ったのは、言いようのない後味の悪さでした。

この後味の悪さは、一体どこから来たのでしょう。当時はわかりませんでしたが、今なら少しわかるような気がします。
私は小学5年生から中学1年生までを海外で過ごし、2年生に進級する際に日本の中学校に転入したのですが、「帰国子女」というラベルを貼られ(たように感じて)居心地の悪い思いをしていました。「日本人」になり切れない、「中途半端な日本人」のような気がして、自分は何者なのか、いつも考えていました。
考えて、考えて、考えて、ようやく出した答えは「自分は自分だ。『日本人』であるかどうかの前に、加藤真理子だ。それ以上でなければ、それ以下でもない」という、ごくシンプルなものでした。当たり前のことではありますが、きっと、自分自身でこの答えにたどり着けたことに、大きな意味があったのだと思っています。
高校生のときに覚えた「後味の悪さ」のルーツは、ここにありました。バイセクシュアルの友人を一個人として見るのではなく、「バイ」という枠に押し込んで面白おかしく話す別の友人に対する嫌悪感、そして、そんな友人に何も言い返せなかった自分に対する情けなさ。あのときの気持ちは、今も忘れることができません。

LGBT当事者でない私には、当事者の人の気持ちはわかりません。LGBTに限ったことではなく、そもそも他者の気持ちを簡単に「わかった」なんて言えない。だからこそ、対話を通してわかりあっていきたいと思うのです。「レズ」とか「ゲイ」とか「ストレート」とか、そういう枠を通り越して、一人ひとりが当然のように自分らしくいられる場所。多様性にあふれたそんな空間は、LGBT当事者ではない人にとっても、居心地のよい社会なのではないでしょうか。
もし、今、10年前のあの日に戻れるとしたら、私は友人に一言こう言いたいと思っています。
「バイかどうかなんて、そんなの関係ないよ」。

33. SILS Yoojinさん
「Don’t judge with your “eyes”.
There are lots of different kinds of “I’s” in this world. 」

I was in my 2nd year of high school when I first heard that there was lesbian among my friends. She was not a close friend, but she was really close with my best friend. One day, my best friend told me that this girl had come out to her and that she had also asked her out on a date. Since it was my first time dealing with an LGBT person, I couldn’t give good advice to my best friend. I said “if you cannot understand what she’s thinking, you should just ignore her”.

In my eyes, my best friend was really confused and so I chose to think only about her welfare. However, my eyes did not see the lesbian girl and I also had no idea how hurt she would be. The lesbian girl and my best friend stopped their relationship after that and even now they are still not friends anymore. I now feel really bad and regret what I said.

My advice should have been “even if you cannot understand her, you still can be her friend, why don’t you talk to her about it and learn more?” Actually even now I am still not sure what would be the best advice. However, at least, I have changed a bit through my past experiences.

From now on, I would like to listen to LGBT people’s voices more and more so that I can be independent from my own eyes and can harmonize with all the different kinds of “I’s”.

34. スチューデントダイバーシティセンター長/国際教養学部教授 三神 弘子さん
アイルランド文学・文化という領域を主な研究対象としている関係で、アイルランドには多くの友人がいるが、LGBTの当事者も少なくない。LGBTの友人たちと何十年もつきあってきたことで、自分自身の思考パターンや価値観がいかに狭く限られたものだったか、否応なく気づかされることの連続だった。
アイルランドでは、ヴィクトリア時代からのイギリス法の名残で、1993年まで同性愛が法的に禁じられていた*のであるが、このような法的不平等を是正するため、多くの当事者たちがカミングアウトし闘ってきた。その成果として、2011年には「パートナーシップ制」が導入され、2015年には、世界で初めて国民投票によって同性婚が認められた。今では、LGBTに関して、世界で最もリベラルな国の一つと言われている。
このように強烈な<逆境>を経験することのなかった日本では、逆にLGBTをめぐる状況を日常的にとらえにくい状況が起こっているのかもしれない。早稲田LGBT Ally Weekという取り組みが、もしかしたら目に見えにくいことがらを、想像力で喚起し、理解し、共感するきっかけの一つになると嬉しいと思う。

*実際には、16歳以上で両者の合意がある場合は、慣習として不問とされていたが、同性愛が非合法であることに変わりはなかった。

35. ダイバーシティ推進室担当課長 藤本 さつきさん
LGBTに関して、大学業務の中ではじめて意識したのは、
今から5,6年前のことです。
他の学部事務所の職員から、心と体の性の不一致に悩む学生がいて、
どう対応して良いか困っているという話をされました。
その時は直接対応を迫られたわけではなかったのですが、
その学生の悩みや戸惑いは大学生活のどんな場面で発生するのかを
想像しても、具体的に想像できない自分がいました。
そして昨年あたりから、社会においても、そして大学でも、
LGBTについて知ろう、考えよう、理解しようという動きが
急激に高まってきています。
着実に知識が得られるチャンスが増えてきていますので、
私はできるだけそのような機会を利用して理解を深め、
自分に不足していたものを穴埋めをしようと思っています。
そして自分のように知らなかった人に対して、
ちょっとだけかもしれませんが、知っている者の立場で、
理解してもらうことを手伝えていけたらと思っています。

36. 保健センター所長 井上 真郷さん
大学は基本的に集団教育を行うところですので、学生の学力は揃っていた方が教え易くなります。このため、入学試験で学力試験を課したり、それでも揃え切れない点は、同じ科目で学力別のクラス分けをしたり、ゼミ・研究室においては個別指導をしたりします。一方、例えば社会科学では人の価値観の多様性自体を扱いますし、自然科学においても多様なアイデアが寄与してきました。多少のコストをかけても、大学の構成員自体が多様であった方が教育研究環境としての利点が大きくなります。画一的に学ぶ点と、多様性に学ぶ点、どちらも大切だと考えます。

37. 保健センター 樫木 啓二さん
私は保健センター学生相談室で心理専門相談員(臨床心理士)として勤務しています。

大学生という時期は、アイデンティティを形成していくうえで大切な時期ですが、そのプロセスにおいて気持ちが揺れ動いたり不安になったりすることがあります。LGBTの学生さんにとっても、自分らしさを獲得し、周囲に理解者を増やしていくことはたいへんなエネルギーを必要とすることだと思います。

先日、性別違和を抱える学生さんに対して大学は何ができるかということをテーマにした学生相談関連の研修会に参加してきました。心理面、法律面、医療面からのレクチャーを受けたあと、参加者がグループに分かれ、各大学での現状報告や課題について情報交換を行いました。全国からたくさんの参加者がありましたが、各大学では可能な範囲でさまざまなサポートが行われていて、とても心強く感じました。ただ、現状では個々の教職員の配慮に頼っている側面もあり、今後は大学組織としてサポート体制を整えていくことが大切だと感じました。

LGBTの学生さんの周りには、支えとなってくださる方がいらっしゃる方もいれば、なかなか理解してもらえず孤独感を抱いている方もいらっしゃるかもしれません。学生相談室は、修学面や進路面のことから対人関係や心理的問題に至るまでどんなことでも相談できるところです。

一人ひとりが自分らしくいられることを応援したいと思っています。
よろしければご利用ください。

38. ダイバーシティ推進室長/教育・総合科学学術院教授 矢口 徹也さん
日本の学校は伝統的に画一化機能が強いと言われ、児童、生徒の個性伸長を図る必要性が指摘され続けてきました。学校が子どもたちの個性を抑圧する、あるいは、子どもたちが自分という存在を肯定出来ないような仕組みになっていたとしたら、教育機関ではなくなってしまいます。
早稲田大学では、創立以来、実に多様な学生が集い、お互いを認め合って学んできました。また、それが一番の魅力だと思います。これからも、みんなが「早稲田って本当にいろんな人がいるよね」と話し、学生一人ひとりが「私は自分らしさを大切にして生きていこう」とうなずける環境が大切だと考えています。その意味で、この取り組みを応援したいと思います。

39. ダイバーシティ推進担当理事/社会科学総合学術院教授 畑 惠子さん
10数年前にグアテマラを一人で旅していたときに、見ず知らずの欧米の白人系男性6,7名の間に東洋人女性が一人だけ、という状況におかれたことがあります。差別されたわけでも何か言われたわけでもありませんが、互いに一切会話がないという気まずい雰囲気のなかで、マイノリティであることはこんな感じかもしれないと、非常に居心地が悪かったことを憶えています。あまりにもささやかで、しかも数時間だけのことでしたが、私のなかでは強烈な体験でした。このような体験をされた方は、多いのではないでしょうか。
早稲田大学では国籍、エスニシティ、ジェンダー等々、多様な人びとが集い、ともにキャンパスライフを送っています。他の人たちと何かが異なっているという理由で、もし誰かが「自分が受け入れられていない」「居場所がいない」と感じているならば、とても残念なことです。幸い早稲田には、他人を思いやり、無意識下に封じ込められたさまざまなことに気付き、それを自分自身の問題としてよりよい環境をつくるために行動する多くの学生さんたちがいます。一人ひとりが違うことを当たり前のこととして受け止め、互いに尊重し、コミュニケーションをとっていくことは、早稲田大学を構成する私たちにとってさほど難しくないようにも思います。

40. ダイバーシティ推進室 篤田 美穂さん
一昨年(2014年)、LGBT当事者の方が登壇される学内の講演会に参加する機会がありました。日本において20人に1人は当事者であるとの数字(講演当時資料より)、色分けできない多様な性・グラデーションのような性の捉え方があるということ、日常を過ごすうえでの苦しみなど、はじめて知識として得たことや気付かされたことが多く、これまで無神経な言動をとっていたことがなかったかと自身を見直すきっかけとなりました。また、講師の在学中の思いから、キャンパスであるがままでいることに困難なこともあったのではないかと感じ、本当の意味でのバリアフリーな環境を願うようになりました。
当事者でない者が、当事者の気持ちの真意を理解するということは難しいですが、各々の当然こうだという思い込みが前提とならないよう、セクシュアル・ダイバーシティ(姓の多様性)についてまず少しでも「知る」ことが人として大切なことだと感じています。
そして、「セクシュアル・マイノリティの方々にとって」だけでなく「みんなにとって」心地よい場所、ダイバーシティが浸透した、一人ひとりが輝けるキャンパスを全員で目指すことができればよいです。

41. 障がい学生支援担当課長 大久保 裕子さん
障がい学生支援室で、障がい学生、ボランティア学生と交流する中で
いつも思うのは、障がいの有る無し、支援する側される側の境界は
限りなくあいまいで、多数派か少数派かの違いに過ぎないということです。
例えば、私以外、全員手話ができるメンバーとの打合せでは、
初心者の私は少数派で、さりげなく通訳してくれる周囲に助けてもらっています。
環境や周りの理解次第で、過ごしやすさは大きく変わると実感しています。

LGBTについても、共通することが多いのではないでしょうか?
“アライ“という言葉を初めて教えてくれたのは、
ダイバーシティ早稲田の学生でした。
言葉を知ることで、今までスルーしていた情報に気づくようになり、
強い関心を持つようになりました。
それぞれの違いを認める、自分を大切にする、相手も尊重する
そんな当たり前のことを実現できる環境を、
アライの一人として目指していきたいと思います。

42. 元キャリアセンター課長 白井 由美さん
私はキャリアセンターで働いています。戸山キャンパス学生会館3階にあります。キャリアセンターは、キャリア・就職に関して、一人ひとりの悩みを傾聴し一緒に考えたり、困りごとに対応できるよう様々な情報を集め、これから社会に出ていく皆さんを応援しているところです。
LGBTの学生さんの中には、就職活動の場面で、どうしたらいいか迷ったり、嫌な思いをしたりする人がいるのではないでしょうか。でも、就活場面での性別に関する悩みで相談に来てくれる人は少なく、キャリアセンターに行っても理解してもらえないかも、と思われているのかもしれませんね。私自身、5年近くキャリアセンターにいますが、LGBTの学生さんが社会に出る前にどのようなサポートができるか考えるようになったのは、恥ずかしながら最近のことです。
それで今年、企業の人事の方々に、性別違和をもつ学生の採用についてアンケートをとってみました。「選考過程で性別違和をもつことがわかってもその事実のみで採用の可否を判断することはない」「選考書類で性別項目を必須にしていない」「性別違和の社員が活躍している」といった回答が多く、「選考の過程でカミングアウトは不要」という企業が半数を占め、カミングアウトしてほしいという企業も、合否のためではなく「就業上の不安があれば配慮するので教えてほしい」と言っています。希望が感じられました。キャリアセンターにはそんな企業の情報があります。
私は、誰もが隠すことなく自分らしく就活して、自分が興味のある業界や職種を選び、自分の力が認められ、理解されるところに就職できることを願っています。様々な個性をもった社員がいることが会社を成長させるという考え方もあります。勇気をもって社会に出ていきましょう。相談したいことがあれば、どうぞキャリアセンターに来てくださいね。

43. 教育学研究科 藥師 美芳さん
出鼻を挫かれたのは入学式。
新歓の先輩方の声掛けにもみくちゃにされながら何もかもが新しく見えた。何個かブースに立ち寄ると「一見男の子と思ったよ」「そんなの一女に言うの失礼でしょ!」というやりとりに、愛想笑いだけしてブースを去ったのを覚えている。

もう大学辞めたいな、と思ったのは1年の秋学期。
「大学に入ったら男性として生活をしよう」と決めて受験したが、クラスで大きな声で読み上げられる名前はどこから聞いても女の子の名前で、当然のように女の子として認定されていく僕。今だったらトランスジェンダーだと笑顔で説明できるけど、当時の僕は何も言えぬまま。
結局入った複数のサークルでは「男子の先輩だと誰がタイプ?」とか「サラダ分けられるとかできる一女だね」とかの会話が辛くて、徐々に行かなくなった。意気揚々と飛び込んだ大学で居場所もないまま、自分じゃないまま過ぎて行くことにただ泣く日々で、このまま人生過ぎて行くのかなあって思っていた。

大学初のカミングアウトは1年の終わり。
qoonという社会問題をイベントにするサークルに入った僕は、LGBTのイベントをやりたいと言っていた。そんなある日、サークルの先輩から夜中の3時にいきなり電話がかかってきて、「で、お前はなんなんだ?」と僕に聞いた。デリカシーのない人だと思いながら半ばやけくそでカミングアウト。一瞬考えたあとに彼が言った「俺よくわからんから、これからも好き勝手言うけれど、嫌なことあればなんでも言えよ」という一言が嬉しくて、そのような関係を積み上げ今でも山田先輩を慕っている。

初めて居場所が出来たのは2年の春学期。
qoonでLGBTのイベントをやらせてもらえることになり、メンバー全員にカミングアウト。徐々に受け入れてくれて、初めて大学で自分を隠さずいられる場所ができた。そしてそれがどんどん波及し、どこであっても自分がトランスジェンダーであることを隠さないでいられるようになった。今でも同期とは年何回も飲む関係で、おかげで今の僕があると思っている。

LGBTサークルを立ち上げたのは2年の秋学期。
qoonで開催したイベントを、ここで終わらせていいのか?とメンバーに焚き付けられて、「ReBit」という団体を立ち上げ、学校現場でLGBTの授業を始めた。そんなつもりなんて毛頭なかったのに、気づけばメディアにも出るような「有名トランスジェンダー学生」になっていくことに葛藤した。

初めて大学に相談したのは4年の春学期。
健康診断を個別に受けさせていただけないかと保健センターに相談すると、すんなり対応してもらえた。なんだもっと早く相談してよかったんじゃんってわかった。4年目にしてやっと、安心して健康診断を受けられるように。

自傷が癖になっていったのは就活期。
戸籍は女性だけど男性として働きたいと、カミングアウトして就活に臨んだ。でも面接で「帰れ」と言われたりハラスメントにあうことも。どんどん落ちていく度に「トランスジェンダーだからだろうか?」と不安が募りながらも、就活の葛藤をキャリアセンターに相談することもできずに、ただただ抱え込んでは身体を切り続けた。

胸を張って卒業できたのは5年の終わり。
留年をしつつもなんとか単位を取り終え、内定も決まり、意気揚々と卒業した。在学中に学んだ「実るほどこうべを垂れる稲穂かな」という言葉を今でも胸に、社会人生活を送っている。

WASEDA LGBT ALLY WEEKが開催されるという今年5月。
卒業してから4年の月日が経つ母校で、自分の出身サークルがこのイベントを開催することがとても嬉しい。僕が在学中に経験してきた様々な葛藤を後輩たちがせずに卒業できる早稲田へ一歩近づくことを切に願います。

44. イベント企画サークルqoon 永井 梨名さん
私はずっと、自分を恋愛ができない人なのだと思い込んでいた。普通の友達とは違うし、とてもとても大切で大事な彼女のことを、「友達」でも「親友」でもない、彼女しかそこにカテゴライズされない特別な存在だと考えていた。ラブソングを聞くといつも頭に思い浮かぶのは、何かの偶然だと思っていた。
その後、私に“同性愛”という言葉がカチッとはまった瞬間のことを今でも鮮明に覚えている。
食べ終えたチョコレートのアイスの味がまだ口に残っていた。夏の生ぬるい風が吹いていた。
あまりにもあまりにも普通の景色だった。気持ちのいい夏の夕暮れだった。
「LGBTじゃない人」から「LGBTの人」になった時、見ている景色は同じだった。黒が白に見えたり、赤が青に見えたりなんかしなかった。もちろん今まで名前を付けられなかった感情に名前が付いたのは嬉しかったけれど、人生が180度変わったという感覚もなかった。平坦だったりガタガタしたりしながら進んできたわたしの一本道が、同じようにただただまっすぐ続いていた。どこまでもどこまでもわたしの人生が続いていた。ほんのちょっと前までの私が想像していた「LGBTの人」の景色なんかなくって、あるのは私の景色だった。
その後、結局カチッとハマったはずの“同性愛”もなんだかガタガタしてうまくハマらなくって、自分が「LGBTの人」なのか「LGBTじゃない人」なのかわからなくなった。でも、そんなのはもはやどうでもよかった。だって、どんな人もみんな見えてる景色は違う。私がLGBTだろうがそうじゃなかろうが見えてる景色は私の景色なんだ。恋愛かそうじゃないか、なんてどっちでもよくて私には彼女がめちゃくちゃ大切で、特別なんだ。
だから私は、私の景色を尊重してほしい。だから私は、あなたの景色を尊重する。
私のどんな「好き」も間違っていないように、あなたのどんな「好き」もなにもかも間違っていないと思います。

 

45. GSセンター職員 大賀 一樹さん
幼い頃は、自分がどうしようもなく惨めな存在で、朝起きたら、
もしかしたら透明になって誰にも気づかれないまま生きるんじゃないか……という不安を抱えていた。
生きているかどうかというのは、誰かに認識されてないと、分からなくなるものなんだなと、
幼少期の頃から気づいてしまったのだ。
そんな憂いに浸っているだけの人生から、殻を破り始めたのはただ自分が強かったからじゃない。
自分を諦めないでいてくれる存在が、言葉がけが、姿勢や態度が、私を今でも救ってくれているから。
アライなんて言葉がなかった頃からずっと。

「オカマ」「キモイ」といじめてくる人や差別する人の行動を背に、反動で「優等生」を演じて先生にだけは媚を売っていた小学生時代も、
いじめに立ち向かう強さをオトナから求められ、子どもなりに考え付く限りの「強さ」を身に着け、無理やり外見を挑発的にしたり、
人とは違う行動を通して、サインを出し続けるしかなかった中学時代も、
ネットの世界に逃げて、現実を考えないようにした高校時代も、
その時を「生きたい」と思っていたからこその行動であると誰が考え付いてくれただろうか。
オトナには理解できない当事者のコドモの心理を、誰がくみ取ってくれたのだろうか。

「どうせ誰にも理解されない」という気持ちと、「理解されたい」という気持ちの揺れ動きに疲れ、
殻を何重にも形成して、誰が自分なのかも分からなくなっていた気持ちなんて、一体誰が分かるというのだろうか。

だけど、今思うと、全て、違っていたのかもしれない。
きっと、この気持ちや感覚は私以外の誰にも分からないのだろう、という結論が今は出ているから。

きっと、気持ちを分かって欲しかったんじゃなくて、私の表現に干渉せず、ただ側にいて私がありのままでよいことを、伝えてほしかっただけだ。
私とは違う感覚を持つ、誰かが、「タイガは、タイガのままでいいじゃん」と一言、それさえ言ってくれればよかったのだ。
あとは、自分自身が自分を最大限理解し、感覚を分かって、大事にするのだから。
その作業は、自分にしかできないのだから。
一番大事だったのは、「私が私のアライになること」だったと気づいたからだ。

大学生になってからは、私がしたい表現をすることを、
ただ見てくれて、共に過ごしてくれる仲間がたくさんいる。
「私が私のアライになりたい」と思えたからこそ、私は「誰かのアライになりたい」とも思えたのだと思う。
それはきっと、自分を大事にすることが、他者を大事にしようとするキモチに変わる瞬間だったと思う。

これからも、隣にいる君や、一緒に住む友人や、共に働く仲間や、活動をする同志に囲まれて、
私は誰かに認識されながら、生きていく。
そして私が誰かのアライになれているか、私が私のアライになれているかどうかを、
日々見守っていてほしいと願う。

46. GSセンター職員 渡邉 歩さん
「誰もが誰かのALLYになれる」とは、「他者と自分の違いを認めて、それを尊重できること」だと思う。そして、できれば、それを楽しむことだと思う。

人はそれぞれ「ルール」の中で生きていて、その「ルール」は、知らない間に自分自身を苦しめている。なりたい自分とそうじゃない自分の間で葛藤し、いつしか本当の自分ではない自分を演じたまま、本当の自分を押し殺して生きている人もいるだろう。そしてその個人が勝手に作り出した「ルール」は、時として自分だけでなく、他者をも苦しめていることも、忘れてはいけない。

例えば、目玉焼きに何をかけるか。いろいろ挙がる中で、それが醤油である必要性なんてどこにもないと思う。塩コショー、あるいはソースだという人もいるし、もちろん、何かかけなきゃいけないなんて決まりもないので、そのまま食べる人もいるだろう。

例えば、どんなタイプの人を好きになるか。いろいろ挙がる中で、それが異性である必要性なんてどこにもないと思う。同性、あるいは性別なんか関係なく好きになった人が好きだという人もいるし、もちろん、誰かと恋愛しなきゃいけないなんて決まりもないので、恋愛しない人もいるだろう。

―前者は違いを認め合えるのに、後者の違いは認められない、その違いってなんだろう。

LGBTについて学ぶことを通じて、他者との違いを尊重できる自分になったのは、つい数年前のこと。最近ではもっとたくさんの「違い」を学びたい気持ちから、いろんなマイノリティについて大学院で学んでいる。学んでいけばいくほど、つくづく自分は、知識のなさゆえに、たくさんの勝手な「偏見」の中で生きていたのだと恥ずかしく思う。そうして自分の中の「偏見」を壊していくと、いかに自分の視野が狭かったかに気づかされる。「みんな違って、みんないい」、その言葉を知っていたはずなのに、自分を狭い世界に押し込めて苦しみもがいていたのは自分自身だったのかもしれない。そして、いつしかその「偏見」から生まれる発言や態度で、知らず知らずのうちに誰かを傷つけていたかもしれない。

―あなたはあなたでいいんだよ。

―ありのままのあなたが素敵だよ。

だから、この言葉をいつも自分自身に、そして周りの人たちに伝えていきたいと思う。

47. GSセンター学生スタッフ うっちーさん
私は小さいころからスカートを履かされることが好きでなく、またいわゆる女の子が好みそうな人形遊びなども苦手だったのでよく母から「あなたは男になりたいのか」と聞かれた。し、メンズのアイテムをよく身に着ける今も聞かれる。それも、「本当は女が好きなんじゃないの?」という言葉も伴って。

私はこれらの質問についてずっと、否定も肯定もしない。どっちの答えも自分にとってしっくりこない。高校を卒業し留学するまで、自分自身や好きになる人の性別の認識が定まらないことについて考えるといつも、暗くて冷たい海の底で泳いでいるような不安な気持ちになり、誰かに打ち明けて拒絶されることも怖かった。他に自信になることが欲しくてスポーツでは賞を獲り、在学していた高校では抜きんでた受験の成果を収めるも恋愛についての不安は拭えず、自分はまだ研鑽が足りず、これ、という男性に出会っていないだけだと思い留学をした。

寮によく遊びに来ていた現地学生と親友になった。彼女はオープンなパンセクシャルだったので、(パンセクシャルが何かも彼女に教えてもらって知った)私自身の話をすると、あなたはそのままでいいからもっと自分を大切にしてあげて、と抱きしめてくれた。彼女も戦争で両親が祖国から逃げてきて、自分の出生が米国でも祖国にルーツを感じることでの差別とアイデンティティの揺らぎや、両親に女の子と付き合っていることを話して一時勘当されたことについて教えてくれた。その話をした後で彼女が実家から持ってきてくれた魚の目玉がごろごろ入ったスープは、見た目がとてもグロテスクで、彼女の母が作ったものでなければ食べたくなかったが、とても美味しかった。

自分のセクシャリティと、初めストレートだと思って接していた友達と、あと戦争と、目玉のスープの経験に共通することは、モノ・ヒトは見かけが全てじゃないということだ。それらを印象で知ったつもりになっていることや、実際に何となく知ってみて思い込みとのギャップをありのまま受け入れきれないことが、やがて大きな隔たりを生んでしまうのだと思う。私はGSセンターで学生スタッフとして、その隔たりに橋を架ける土台を作りたい。

48. GSセンター学生スタッフ ろーたさん

正直なところ僕はLGBTについて言葉だけをなんとなく知っている程度で、詳しい内容やその言葉の意味についてしっかりと理解できていなかった。最近よく聞くなー、テレビに出ている芸能人みたいな人とかのことなのかなー、その程度の知識だった。
そんなあるときLGBTについて特集が組まれている雑誌を見かけてこれまたなんとなく手に取った。そこにはLGBTとは何か、日本だけでなく世界にはどのような人たちがいて、どのように生活しているのかが事細かく書いてあった。
単純すぎる気もするが、いろんな人がいるんだなーというのが一番に抱いた印象だった。
加えて、当事者の方が知り合いにいないな、と思った。しかしこれはおそらく間違いで、自分が気づいていないだけなのだろうと後になって気づいた。

世間にはまだLGBTという言葉がしっかりと普及しているわけではないし、なぜかLGBTに対して差別的な風潮がある。この風潮の理由を考えてみると、おそらくこれは「普通」じゃないからなのだと思う。いわゆるシスヘテロの人々は、マジョリティに属しているが故にマイノリティに気づかないし、マイノリティの方々も言うに言い出せない。「普通」じゃないから気づかないし、言い出せないし、知らないし、分からない。だから怖い、畏怖の対象になり差別的な風潮になってしまうのではないだろうか。

そもそもの話だが「普通」とはなんだろうか。きっとマジョリティに属しているものを普通と一般的には呼ぶのだろうが、普通でなくてはいけない必要はあるのだろうか。プライベートな話だが僕の家族はみんな背が高く、性別関係なしに180cmOverだ。これは普通ではないのだろうがそれがいけないことなのか、というといけないことではないと世間は判断するだろう。こちらから言わせてもらうとどうしようもないし。

さてここまでを踏まえて、これからについて考えたい。
僕はストレートなので、当事者の気持ちを真の意味で理解は出来ないだろうし、考えもおそらく違うだろう。まだまだ知識もないし、知らない間に人を傷つけてしまっているかもしれない。たくさんの方々に助けてもらっているが、変なことを無意識に言ってしまわないだろうかと内心ビクビクしている。
しかし、それでも、ストレートのアライだからこそできる事もあると思う。まだそれが何なのか、実際に何をしたらいいのかまでは分からないが、まずは自分にできる事から挑戦していこうと思う。そして「普通」という言葉が普通に使われても、誰も変に思わない、そんな居心地の良い普通の世界を目指したい。

49.生涯学習講座 運営スタッフ Yataro Lily Rockcape
「SOGIE、老若、状況の多様性を視野に含めた学びの場に関わるために」
私は現在、まったくの未熟者ながら生涯学習の現場のほんの一部分に携わらせていただいています。周囲に支えられているバイセクシュアル当事者であり、現在、日本の同性婚人権救済申立の申立人の1人でもあります。生涯学習は多様性そのものをポジティブな原動力に変えます。何歳からでも、個々人の予算と生活スタイルに合わせて飛び込むことができます。生涯学習のサポートは老若かかわらず学び方と学ぶ速度が多様な状況にある学習者を受け入れ、情報リテラシー向上、職能・学歴の補填の結果としてのキャリアアップを助ける役割を果たすだけでなく、人々の人生にとってかけがえのない「生きがい」を支え、間接的な心理的ケアとしての役割が求められており、大変に責任が大きな、体力も要る仕事です。(私はそのように理解しています。)
そして早稲田大学GSセンターの存在を知り、少しでもその空気に近い場所に身を置くべく現在の職場に入職したと言う側面があるため、私にとって日々は大変充実しており、集中できています。1つのアライの灯火があるだけで、運が悪かった出来事から気を取り直そうとする時にも取っ掛かりがあるため、ポジティブ思考を作りやすくなります。10代の皆様にも、すでに現役を引退されている皆様にも、GSセンターはキャンパス内でおすすめなスポットです!
私は、周りから「アライ=同盟者」であると特に性的マイノリティ当事者の方々からアライだと認めて頂けるかはまだ分かりませんが、リアルライフでは自分なりの他者へのフォローや行動をなるべく心掛けています。
例えば、間違えがあれば認めて素直に直すこと、当たり前ですが重い物を運ぶような作業を男性に丸ごと丸投げしないことや、「外回りや外向けの仕事は男性」と言う周囲の空気はさておき、一先ず「ぜひそのお仕事にトライしたいです!」「何かありますか?」と積極性を示しながら、余裕がなくて大変な時には助けを求めながら取り組むことを挙げます。
私の出身大学は早稲田ではありません。美術大学で芸術人類学を学び、作品鑑賞も制作助手も大好きですがもっぱらの人間観察派。多様かつ困難な生活状況下にある美術家のサポートと生涯学習に対する関心を傾けました。学生時代は多様性はおろか男女共同参画推進室もなく、LGBTIサークルをサークルとして組織するための書類作成や会合づくりの作業を一緒にやりますと言ってくれる学生もなかなか現れず、ハッキリ言って孤独!多様性については未開拓地に投げこまれたに等しい状況にあり、学位取得と「多様性開拓」をトレードオフして開拓一色の学生生活を送りました。性的マイノリティ当事者の学生、内向的なタイプの学生が就職活動を諦めたり、学生相談でこぼれ落ちることの無いようにするためにオンラインで署名を約70名分集めました。その後、性的マイノリティ当事者の学生1人1人から要望を聞き取った内容を2014年度の学生支援委員会と学生会総会の議題に挙げて頂き、学生課長への交渉と話し合いの繰り返しから当時の学長への陳情活動を2年間重ねた結果、大学側は学内での性的マイノリティの知識周知を入学オリエンテーションに盛り込んで行うこと、学生相談室・保健室・学生課・就職課が相談対応可能な環境にすること、学生手帳には多様な性の記述を盛り込み、相談できる旨を示すこと。通称名の申請を可能にし、学生証、学内の申請書のうち性別欄が必要ない書類から性別欄を無くすこと、誰でもトイレのマップをわかりやすくしたこと。予算まで計上頂き、本当に全面的な協力をして下さいました。大学を離れて早2年経ちましたが、現在、出身大学では本当に私が残した結果が活きているでしょうか?この目で確かめなくてはなりませんね。ぜひ在学生は多様性推進がある一握り大学の環境や、GSセンターを最大限に利用してほしいと願っています。

早稲田大学GSセンターは、早稲田大学のセクシュアルマイノリティ学生およびその支援者のホームグラウンドであるとともに、ジェンダー・セクシュアリティに関心のある全ての人々が自由に利用できるフリースペースです。

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