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スポーツの品格/木村 和彦(スポーツ科学学術院教授)

スポーツの品格

今から20年ほど前、1995年の秋です。以前勤めていた某国立大学の教職員テニスクラブで経験したことです。その大学は、教職員の間でテニスを愛好する人が多く、数十人の教職員がクラブを作って、毎週土日の活動や合宿はもちろんのこと、クラブ内の試合に飽き足らず、文部省(当時)の枠を借りて、主に関東地区の官公庁が集まっている「官公庁硬式庭球リーグ」に参戦しておりました。リーグ戦で宮内庁と対戦することになり、話し合いの結果、宮内庁のコートで試合をすることになりました。宮内庁のコートは、もちろん皇居の中にあります。事前に氏名、住所などを届けておいて、その日は観光客などの出入りできない“桔梗門”から入城しました。総勢30名。選手は10人ですので、残りは私の妻子を含めて応援にかこつけた物見遊山部隊です。なにせ滅多に入れない場所ですので。私も初めてのことでしたので、試合よりもどんなコートなんだろうという好奇心で一杯です。しかし期待は見事に裏切られ、そこにはクレー(土)のコートが2面あるのみでした。

試合が始まりました。No.5から始まり、私のNo.1ペア(今では、見る影もありませんが、学生に教える必要もあり、当時は一生懸命練習したのです)の試合が始まったころ、どうやら天皇陛下がこれから練習に見えることがわかり、私も試合どころではなくなってしまいました。別に特別な専用コートがあるわけでなく、普段から宮内庁職員と同じコートでプレーされているという質素さにも驚きました。我々の世代より年長の人々の間では、両陛下の縁は軽井沢でのテニスにあることや、それによって一大テニスブームが巻き起こったことはよく知られていました。はたして陛下は、助手席に皇后様を伴って、自ら白い車を運転してやって来られました。上下白のウェアを纏った両陛下は、既にコートが1面空いているにも関わらず、全てのゲームが終わるまでコートサイドで応援されておられました。なんと幸運にも“天覧試合”が実現したわけです。

好事魔多し。さてすべての試合が終わると、初老の侍従が、「どなたか、陛下のお相手をお願いします」と言うではありませんか。千載一遇のチャンスです。もちろん私も名乗りをあげましたが却下されてしまい、結局N0.3の男性教員と応援に来ていた女性職員のペアがお相手をすることになりました。理由は、私のプレースタイルにありました。30過ぎてから本格的に始めたテニスでしたので、特にダブルスではラリーで長くなってボロが出る前に、体力を活かして“サービス&ボレー”で相手をクラッシュ。これがいけません。両陛下のお相手をするには、相手を尊重し、ラリーを続けて、相手を叩き潰すような“品の無い”テニスは御法度だったのです。それで私は、“天覧試合”に続いて、“陛下の練習パートナー”と言う、またと無い栄誉に浴することができませんでした。コートサイドで拝見しながら、皇后様がミスした時に小さな声で発せされる「ごめんなさい」の言葉に、「ああ、なんと楚々として上品なのだろう」とため息を吐きつつ、意外にも陛下の攻撃的なプレースタイルに驚いたことを思い出します。後に、学習院大学の教員になった、大学時代のテニス部出身の同級生が、本当の練習パートナーを務めていたことを知り、なおさら悔しい思いをしました。

それ以来、私が“スポーツの品格”について深く考えるようになったのは、至極当たり前の成り行きであったことはお分かりいただけたものと思います。ですから今では、いかなるスポーツ場面でも、質素を旨とし、ルールはもちろんのことマナーを遵守し、勝負にこだわることなく、相手を思いやり、負けても笑顔を絶やさず、勝者を称えます。決して大きな声を出して威嚇したり、審判にクレームを付けたりするような真似などしないスタイルを会得することができたわけなのです。応援の時だって、ジェントルな気持ちで、大きな声で相手を罵倒したり、汚いヤジを飛ばしたりは絶対しません。えっ?、お前のいろんなスポーツでのプレーぶりや応援の様子なんか見たことはないって。それは非常に残念です。いつかお目にかかり、“品格あるプレー”をお見せできる機会があることを祈ってやみません。そして一緒に、“品良く”早稲田スポーツを応援しましょう。

※正式名称は忘れてしまいましたが、確か1部から5部ぐらいまであって、防衛省や国土省など大きな役所はA、B複数チームを出したり、最下位は降格したりするので、結構真剣に対外試合を競っていました。今でも国や自治体など、いろいろなスポーツの官公庁リーグがあるようです。当時私のチームは、確か3部に所属していて、ちょうどそこに宮内庁もいたわけです。試合は、ダブルスのみの2セット5チーム対抗戦です。20年も前なのに1995年秋と特定できるのは、日付入りの写真があるからです。

執筆者プロフィール

木村 和彦(スポーツ科学学術院教授)
profile

<略歴>
1987年筑波大学大学院博士課程体育科学研究科単位取得退学
1988年電気通信大学講師 1991年同助教授
1999年早稲大学人間科学部助教授 2001年年同教授
2003年早稲田大学スポーツ科学学術院教授(現在に至る)
2005-2006年オハイオ大学客員研究員
2015年早稲田大学スキー部部長(現在に至る)

<著書>
「現代スポーツ経営論」(編著)(2000)
「スポーツ指導の基礎」(共著)(2000)
「体育・スポーツ経営学講義」(共著)(2002)
「スポーツプロモーション論」(共著)(2006)
「スポーツ・ヘルスツーリズム」(編著)(2009)
「教養としてのスポーツ科学-改訂版」(編集・分担執筆)(2011)

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