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レジスタンストレーニングのススメ/平山 邦明(スポーツ科学学術院講師)

レジスタンストレーニングのススメ:持久系アスリートにも“筋トレ”が有効なワケ

「今年の東京マラソンは外れたよ」とか「今年は東京マラソンに出られない」といったことを、毎年必ず聞きます。東京マラソンに出場したかったけれど、抽選で漏れてしまった人たちの嘆きです。東京マラソンは一般募集の定員が27,000人の大規模な大会ですが、その応募者は定員をはるかに上回る300,000人にも上るそうです。さらに、これは市民ランナーのごく一部の話でしかなく、日本全体では数百万人規模の市民ランナーが存在すると言われています1)。

当たり前ですが、持久系アスリートのメインのトレーニングは、持久力を向上させるようなトレーニング(長時間運動を続けたり、途中に休みを挟みながら運動を繰り返したりするトレーニング)です。では、持久系アスリートの補強トレーニングには、どんなものがあるでしょうか?レジスタンストレーニング(いわゆる“筋トレ”)は代表的な補強トレーニングの一つですが、持久系アスリートのなかでレジスタンストレーニングを本格的に導入している人は少ないと思います。しかし、実はレジスタンストレーニングは、筋力・パワー系アスリートだけでなく、持久系アスリートの運動パフォーマンスも向上させる可能性を秘めたトレーニングなのです。
本稿では、持久系アスリートがレジスタンストレーニングを行うことのメリットとデメリット(リスク)について考えてみることを通して、レジスタンストレーニングの可能性を改めて考えてみたいと思います。

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レジスタンストレーニングの効果

レジスタンストレーニングを含む、コンディショニングやトレーニングの主な目的は、①怪我等の予防と②運動パフォーマンスの向上です。言い換えると、レジスタンストレーニングは、これら2つの目的を達成するための手段の一つになり得るということになります。

①怪我等の予防
怪我等の予防は、全てのアスリートに共通する課題だと思います。ある研究2) では、適切にレジスタンストレーニングを行うことで、怪我のリスクが1/2~1/3に減少することが報告されています。補強であるレジスタンストレーニングに時間を割くと、メインである競技練習の時間が削られると考える人もいるかもしれません。しかし、怪我をしてしまえば競技練習を中断したり、試合を欠場したりすることになります。したがって、私は怪我予防のためにもレジスタンストレーニングに少し時間を割いても良いのではないかと考えています。

②運動パフォーマンスの向上
レジスタンストレーニングによる運動パフォーマンスの向上というと、筋力・パワー系競技種目のことがまっ先に思いつきますが、持久系競技種目でもレジスタンストレーニングを行うことで運動パフォーマンスが向上する可能性があります。日常的に持久系トレーニングを行っているアスリートにレジスタンストレーニングを行わせると、持久系トレーニングだけを続けた場合よりも持久系の運動パフォーマンス(一定の時間内に発揮できるパフォーマンスやラストスパートなど)が上がることが報告されています3, 4) 。メカニズムが完全に解明されている訳ではありませんが、運動効率の改善(ある強度の運動を少ない消費エネルギーで実施できるようになること)が一つの重要な要素になっているようです。一方で、レジスタンストレーニングによる持久系の運動パフォーマンスの向上効果は、レジスタンストレーニングをしばらく止めてしまうと、消えてしまうという報告3) もあります。したがって、持久系アスリートであってもオフシーズンだけレジスタンストレーニングをやれば良いという訳ではなさそうです。なお、ここで言うレジスタンストレーニングとは、筋持久力を上げたり筋肥大を起こしたりするようなトレーニング(低~中強度×高回数)ではなく、全力に近い筋力や爆発的(瞬発的)な筋パワーを発揮するようなトレーニング(高強度×低回数)を指しています。

レジスタンストレーニングに対するネガティブなイメージ

それでも、持久系アスリートの中には、レジスタンストレーニングを行うことに抵抗を感じる人がいるかもしれません。レジスタンストレーニングに対するいくつかのネガティブなイメージについて考えてみたいと思います。

危なそう
重たいバーベルやダンベルを扱うので、レジスタンストレーニングには怪我のリスクが伴います。ただ、そのリスクがどの程度かというと、100時間あたりの怪我発生率は0.0035件であるという調査結果5) があります。同じ調査でサッカーやラグビーは0.1400~0.8000件(約40~230倍)となっていますので、適切に行っていればレジスタンストレーニングはかなり安全な運動に分類されることになります。もちろん、高頻度で身体に高い負荷が加わるウエイトリフターにおいては腰椎椎間板の変性率が高いという報告6) もあるので注意は必要です。ただし、持久系アスリートがレジスタンストレーニングを行う頻度や使用する負荷を考えると、ウエイトリフターほどのリスクはないように思います。

身体が硬くなりそう
レジスタンストレーニングを行った後に筋肉がパンパンに張って、触った感じが硬くなった経験のある方も少なくないと思います。こうした経験が、「レジスタンストレーニングを行うと身体が硬くなる」というイメージにつながっているのかもしれません。実際、トレーニングを行った直後は、筋肉が硬くなることがあります7) 。ただし、それが長期間続くとは限りません。ストレッチングを行うと筋肉が柔らかくなるという報告8) もあるので、ストレッチングを併用すれば、そのリスクは低減できるでしょう。それどころか、レジスタンストレーニングを行っていると関節可動域が広がるという報告9) もあります。正しい動作が出来る範囲で、きちんと関節可動域をいっぱいに使ってレジスタンストレーニングを行い、ストレッチング等をその後に実施すれば、身体が硬くなる可能性はきわめて低いと思います。

身体が重くなりそう
たしかに、筋肉が太くなることで体重が増加することがあります。しかし、持久系アスリートでは、そう簡単に筋肉は太くならないと思います。筋肉を太くするためには、10回前後挙上できる中程度の重量でトレーニングすることが効果的であるとされています。一方、レジスタンストレーニングが持久系の運動パフォーマンスを向上させると報告している多くの研究では、全力に近い筋力や爆発的(瞬発的)な筋パワーを発揮するような(10回も挙上できない)比較的高強度のトレーニングが主に用いられています。したがって、持久系アスリートが行うレジスタンストレーニングによって、みるみる筋肉が太くなるとは考えにくいです。また、持久系のトレーニングを行っていると(特に、レジスタンストレーニングと同じセッションで行っていると)、レジスタンストレーニングの効果は抑制されます10) 。したがって、レジスタンストレーニングによって筋肉が太くなり、体重が増加することをそこまで恐れる必要はないように思います。

レジスタンストレーニングを取り入れる際の注意点

ここまでレジスタンストレーニングの可能性について述べてきましたが、もちろんレジスタンストレーニングも万能薬ではありません。レジスタンストレーニングだけを一定期間行っていたら運動パフォーマンスが向上するかというと、そんなはずはありません。上記の例は、あくまでレジスタンストレーニングと競技種目の練習・トレーニングを並行して行った結果です。また、適切に行った結果です。無理なフォームや目的と違った設定では、怪我をしたり、パフォーマンスが下がったりする可能性も十分あります。できるだけ、近くの専門家に相談して始めることをお勧めします。補強トレーニングやコンディショニングは、競技練習に比べおろそかにされがちですが、ライバルに差をつけたり、過去の自分に打ち勝ったり、競技を長く続けたりする上で、あなたの助けになるかもしれません。

参考文献

  1. 笹川スポーツ財団. (2011). “スポーツライフ・データ2012-スポーツライフに関する調査報告書.”
  2. Lauersen, J. B., et al. (2014). “The effectiveness of exercise interventions to prevent sports injuries: a systematic review and meta-analysis of randomised controlled trials.” Br J Sports Med 48(11): 871-877.
  3. Beattie, K., et al. (2014). “The effect of strength training on performance in endurance athletes.” Sports Med 44(6): 845-865.
  4. Karsten, B., et al. (2015). “The Effects of a Sports Specific Maximal Strength and Conditioning Training on Critical Velocity, Anaerobic Running Distance and 5-km Race Performance.” Int J Sports Physiol Perform. Epub ahead of print.
  5. Hamill, B. P. (1994). “Relative Safety of Weightlifting and Weight Training.” J Strength Cond Res 8(1): 53-57.
  6. 九十歩和己ら. (2011). “大学ウエイトリフティング選手における腰椎椎間板変性の縦断的調査.” 第22回日本臨床スポーツ医学会学術集会
  7. Akagi, R., et al. (2014). “Muscle hardness of the triceps brachii before and after a resistance exercise session: a shear wave ultrasound elastography study.” Acta Radiol.
  8. Akagi, R. and H. Takahashi (2014). “Effect of a 5-week static stretching program on hardness of the gastrocnemius muscle.” Scand J Med Sci Sports 24(6): 950-957.
  9. Morton, S. K., et al. (2011). “Resistance training vs. static stretching: effects on flexibility and strength.” J Strength Cond Res 25(12): 3391-3398.
  10. Nader, G. A. (2006). “Concurrent strength and endurance training: from molecules to man.” Med Sci Sports Exerc 38(11): 1965-1970.

執筆者プロフィール

hirayama平山 邦明/早稲田大学スポーツ科学学術院講師
学歴:早稲田大学人間科学部スポーツ科学科を卒業後、同大学スポーツ科学研究科修士課程および博士後期課程を修了(博士(スポーツ科学))。国立スポーツ科学センター契約研究員を経て2013年より現職。専門はトレーニング科学。現在は、ボート、ウエイトリフティング、スキー、自転車などの競技のストレングス&コンディショニングコーチを務めている。近著に「共著 運動解剖学で図解するシニア向け筋力トレーニングパーフェクトマニュアル」(悠書館)や「共著 競技種目特性からみたリハビリテーションとリコンディショニング―リスクマネジメントに基づいたアプローチ」(文光堂)などがある。

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