リアルな建築とバーチャルが一体に

隈研吾さん(建築家・早稲田大学特命教授)
2021年10月1日に開館を予定している「国際文学館」(通称「村上春樹ライブラリー」)。昨年から始まっていたリノベーションが、去る3月末に完了した。設計した隈研吾さんと竣工直後の4号館を訪ねてみた。
メインエントランスの正面に立つと、木材を多用したデザインの温もりがまず感じられる。ここで隈さんは意外な言葉をもらす。「もともとの4号館は普通の建物でしたけど、普通の建物というのがいかに格好いいものなのか」と。
「普通の発見は大切なテーマですよね。我々の日常とはいかに格好よくて、そしていかに不思議なものか、それは村上春樹さんが文学の中で表現しようとしたことではないですか。建築への向かい方も、同じなんです。」
正式オープンまでは準備が続く館内に歩みを進めながら、隈さんが続ける。「細かなサインひとつひとつで、村上ワールドを出すようにしました。秋になり開館を迎えたら、本当にそういう細かいところまで、触りながら、見ていただきたいですね。」
現場を監督した渡邉啓太さんも「たとえば、てすりや棚の出先を、今回は村上さんの優しい感じを反映させました。曲げたりして柔らかい印象を与える細工をしているのです」と説明する。そして、「いつもとは違う。村上さんのライブラリーなのだからこうしよう」と隈研吾建築都市設計事務所としても挑戦を続けたと振り返る。
建築への関心を、ウェブ上で満足せざるをえなかった人も少なくなかった昨今。村上春樹ライブラリーでは、この変化にも対応予定だ。10月に開催される正式なオープニングイベントに加えて、直接訪れることができないすべての人が、オンラインでライブラリーの建築的特徴を探索する機会を得られるよう、新しいウェブサイトの立ち上げを準備している。
隈さんにバーチャルとリアルについて伺った。「バーチャルなものとリアルは行き来するもの。つねに混在する状態にあると考えていい。村上さんの作品世界でも、リアルなものとバーチャルなものが共存していますよね。リアルな建物とバーチャルなウェブが一体となって、新しい建築体験につながるといいなと思っているんです。」
村上ライブラリーにアクセスすることは、新しい建築体験になる――隈さんの言葉は、素敵な予感に満ちたメッセージだと思った。

渡邉啓太さん(隈研吾建築都市設計事務所 設計室長)