1872年(明治5)、新橋と横浜の間に日本初の鉄道が開業しました。この鉄道の建設を推進した人物のひとりが、早稲田大学の創設者・大隈重信(1838–1922)です。明治新政府の要職にあった大隈は、伊藤博文らとともに鉄道建設に取り組みました。建設用地の確保が難航した際には、海上に堤を築いて線路を通す方法を採用しました。現在の田町駅付近から品川駅付近にかけて築かれた「高輪築堤」です。
鉄道開業から34年後の1906年(明治39)、日本国内の鉄道の営業距離は五千マイル(約8,000キロメートル)に達しました。これを記念して、同年5月20日に名古屋で「鉄道五千哩祝賀会」が開催されました。ここに紹介する「頌功書」は、その祝賀会委員長・平井晴二郎から大隈に贈られたものです。

大隈信幸氏寄贈大隈重信関係文書11-2「頌功書」(1906年(明治39)5月20日)箱

大隈信幸氏寄贈大隈重信関係文書11-2「頌功書」(1906年(明治39)5月20日)
「頌功書」は、交通運輸の発達が国の盛衰を左右することを説き、明治維新以降、西洋の技術や制度を積極的に取り入れてきた日本の歩みを振り返っています。そして、鉄道敷設の重要性をいち早く見抜き、京浜間の鉄道建設を実現させた大隈の功績を称えています。全国に鉄道網が広がったことについても、建設事業者や投資家の努力を認めながら、その背景に大隈の「勧奨誘導」の功績があったと記しています。また日露戦争後の日本の勢力拡大にも言及があり、国内の鉄道網と朝鮮・満洲への交通・輸送を結びつけて、その発展を称える記述が見られます。鉄道が人や物資の移動を支えるだけでなく、国家の発展や対外政策とも密接に関わるものと考えられていたことがうかがえます。
大隈家には、この祝賀会を記念する徽章も伝わっています。

2003年度大隈信幸氏寄贈資料16「〔徽章〕鉄道五千里祝賀会紀念章」

2003年度大隈信幸氏寄贈資料16「〔徽章〕鉄道五千里祝賀会紀念章」拡大
鉄道建設を推進した大隈の歩みと、五千マイル達成を祝う二つの資料は、明治期の日本において鉄道がどのような期待を担い、またその発展がどのように受け止められていたのかを今日に伝えています。
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- 著者名:早稲田大学歴史館
- タイトル:大隈重信と鉄道五千哩祝賀会
- 掲載サイト:早稲田大学歴史館
- 公開日:2026年10月14日
- URL:https://www.waseda.jp/culture/archives/other/2026/10/14/7762/

















