Waseda University History Museum早稲田大学 歴史館

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[FAQ]校章・校旗の制定経緯

歴史館に多く寄せられるご相談についてご紹介します。

Q. 校章・校旗の制定経緯は?

校章や校旗は、いつ・誰が制定したのですか。どうしてこのようなデザインになったのですか。

A. 以下のような経緯です。

校旗は房飾を持つ長旒旗の形態で、中央に校章が刺繍されている

エピソード早稲田大学編集委員会編『エピソード早稲田大学 125話』(1990年)pp. 7-9 は、おおよそ以下のような説明をしています。

早稲田大学の校章は学生の帽章として生まれたものです。帽章の形態は、創立20周年の1902(明治35)年、制服・制帽とともに正式に制定されました。その後1906(明治39)年に現在の原型となる「稲葉の上に大学の二字を置く」デザインへ改められます。しかし長年の使用の中で字体や葉の形などにばらつきが生じたため、創立100周年を機に現在の形へ統一され、商標登録による保護も行われました。

早稲田大学写真データベース(原版写真) B065-01「最初の角帽を被った学生達(鍔無し角帽。帽章縦長)」。1902年頃と推定される。

一方、校旗は創立30周年の1913(大正2)年に橘静二の発案、今和次郎のデザインによって誕生します。記念式典では校旗を先頭に教職員が行進し、大きな反響を呼んだといいます。以来この行進は大学の伝統となりました。ただ当時の校旗は現存していません。現在使用されている三代目の校旗は創立100周年の際に新調されたものです。

早稲田大学写真データベース(原版写真) B102-18「恩賜記念館貴賓室4(校旗・野球部団旗他ペナント)」。1923年の撮影と推定されることから、中央は初代校旗の可能性がある。

 

なお歴史館では、調査代行・解読・鑑定、検索のサポート等を行なっておりません。歴史館提供のサービスについては、利用案内をご参照ください。

早稲田大学歴史館は、歴史資料を収集・整理・保存・公開するアーカイブズであると同時に、教育研究・学生・卒業生の活動に関する展示を行う博物館として、建学以来の個性と越境性を広く世界に発信しています。

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