山本容子版画展 特別企画「プラテーロとわたし」トークセッション&コンサート(2025/5/17) レポート(後編)
2025.06.24
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山本容子版画展「世界の文学と出会う~カポーティから村上春樹まで」(会期: 2024年10月~2025年5月)は、シェイクスピアやルイス・キャロル、村上春樹さんが翻訳したトルーマン・カポーティのクリスマス三部作『おじいさんの思い出』『あるクリスマス』『クリスマスの思い出』(文藝春秋)や『詩画集プラテーロとわたし』(理論社)など、各国の文学作品を題材にした銅版画を展示し、多くのお客様にご来場いただきました。
同展の会期中だった5月17日、村上春樹ライブラリー募金2025キャンペーンの特別イベントとして、ご寄付いただいた方を招待し、小野記念講堂にて山本容子版画展 特別企画「プラテーロとわたし」を開催しました。第一部は、銅版画家の山本容子さんと当館顧問であるロバート キャンベルさんによるトークセッションを、第二部はギタリスト大萩康司さんとメゾソプラノ歌手の波多野睦美さんによる演奏と朗読のコンサートが繰り広げられました。本記事では、第二部コンサートの模様をお届けします。

山本容子版画展 開催案内
『プラテーロとわたし』は、ノーベル文学賞を受賞したスペインの詩人、フアン・ラモン・ヒメネス(1881-1958)の代表作として、世界中に知られる散文詩集です。若くして才能を認められたヒメネスですが、肉親の死により心身に不調をきたし、静養のために訪れたアンダルシア地方の故郷の町で読書と詩作に没頭したといわれます。
『プラテーロとわたし』には、ヒメネスが過ごした田園地帯の豊かな自然と素朴な日常のなかにある美しさ、そして人生の喜びや哀しみを、ロバのプラテーロに語りかけるかたちで綴った散文詩138編が収録されています。後年、同作に大きな感銘を受けたイタリア生まれの作曲家カステルヌオーヴォ=テデスコは、ギターと詩の朗読のための楽曲28曲を創作。今回のコンサートでは、この中から抜粋して演奏されました。
ギタリストの大萩康司さんは、2016年から朗読と歌唱を担当するメゾソプラノ歌手の波多野睦美さんともに「プラテーロとわたし」の楽曲をコンサートで披露し始め、2019年にCDを制作。山本さんはそのCDジャケットと付属ブックレット、そして同時期に発売された『詩画集 プラテーロとわたし』(理論社)のために作品を描きおろしています。

コンサートの冒頭、優しい瞳をしたプラテーロの横顔がスクリーンに映し出されると、大萩さんのギターが柔らかな旋律を奏で始め、ほどなく波多野さんの透き通る声が、会場内に響き渡ります。
プラテーロは小さくて ふわふわした 柔らかい毛のロバ。 とてもふんわりしているので 身体が綿でできていて 骨がないみたいだ。
(『詩画集 プラテーロとわたし』「プラテーロ」より)

籠から飛び出した小鳥が楽しそうに屋外を飛ぶ「カナリアが飛んだ」、炭焼きの娘が弟のために歌う様子をとらえた「子守歌」など、披露された詩は全部で13篇。ギターの音色はときにアンダルシアの豊かな自然やそこを行くわたしとプラテーロの楽しい気分を、ときに税関の荷物検査の男におびえるプラテーロの気持ちを巧みに表現し、それに呼応する波多野さんの詩情にそった朗読と歌唱が、スクリーンに投影された山本さんの作品と相まって、ヒネメスが描いた世界へと誘います。
「夕暮れの遊び」は、たそがれ時に町を訪れたプラテーロとわたしが、ごっこ遊びに興じる子どもたちに出くわす情景が描かれた一篇。ある少女が歌うシーンでは、波多野さんが朗読に続き、スペイン語で情感をこめて歌います。
(前略)その子が 闇をぬって流れる水晶の糸のような声で お姫さまきどりで 歌う。
Yo soy la viudita del conde de Oré……
(わたしは オレ伯爵の未亡人……)(『詩画集 プラテーロとわたし』「夕暮れの遊び」より)

コンサートの終盤、「わたし」にとってかけがえのない存在だったプラテーロが天に召されるシーンを詠んだ「死」に続いて、最終篇となる「モゲールの空」が披露されました。
走るプラテーロ いとしい小さなロバよ。 わたしの心を 何度も連れていってくれた わたしの心だけを! サボテンやアオイ、スイカズラの茂るあの道へ。(中略)
愛すべき友であるプラテーロに呼びかけるように、波多野さんの朗読は続きます。
そうわたしは知っている。
(中略)
プラテーロ 幸福なお前が 不滅の薔薇の咲く野原から わたしを見ていることを。
アイリスの前に佇むわたしを。 土に眠るお前の心臓から咲いた アイリス。(『詩画集 プラテーロとわたし』「モゲールの空にいるプラテーロ」より)
憂いに満ちた音色で始まったギターの演奏が、静かな調べで終わりを告げると、会場は拍手に包まれました。山本さんとキャンベルさんが再び登壇し、キャンベルさんが「アイリスの花が、私たちの目の前で、心の中にも描かれました」と口火を切ると、山本さんは、大萩さんの依頼で『プラテーロとわたし』のCDのために作品を描いた時のことを振り返りました。
大萩さんはかつて「プラテーロとわたし」を初演した際、はじめは28曲すべてではなく、抜粋して演奏するつもりで波多野さんに相談したところ、「28曲で2時間。それなら、一晩でできるわね」と、全曲演奏を快諾してくれたことを明かしました。この作品は、ギターの楽曲のなかでも最も難しいレベルで、全曲を演奏するのは大変だと思ったが、このチャンスは一生めぐってこないと考え、全力でやることを決めたといいます。
キャンベルさんは、『プラテーロとわたし』が早くから日本語に翻訳された書籍が複数出版されていたことをふまえて、なぜ新たな訳詩を付けたのかを問うと、訳詞をした波多野さんは、「その理由はテデスコが残した楽譜にある」と返答。テデスコは楽譜に、「この小節のこの音から読み始めて、このタイミングで終われ」と、詩が読まれるべき位置を克明に記していて、「すべての音がヒメネスの言葉のために作曲されているのがわかり、語順の異なる日本語の既訳を、曲とともに朗読するのは難しかったのです」と説明しました。
「朗読と歌唱が縫い目なく披露されるなか、波多野さんは、詩の内容に応じて、声色や歌唱法を使い分けられていて、まどろむような気分にもなり、時にははっとさせられたこともあり、ヒメネスの描いた世界にどんどん引き込まれていきました」と感想を述べたキャンベルさんが、今度はギターの演奏法について尋ねます。大萩さんは、クラシックギターは弦の端のほうを弾くと硬めの音、真ん中を弾くと柔らかい音が出る、また、弦に充てる爪の角度や強さによっても音色は変わるもので、すべて手で表現していると、説明。続いて、「死」の篇の演奏で、大萩さんがギターのボディ部分を、強弱をつけて叩く音がプラテーロの心臓の鼓動の音に呼応しているように感じた、とキャンベルさんが述べると、大萩さんは「楽譜にすべてが書かれているわけではないので、どう表現するかは演奏家に委ねられる部分もある。プラテーロの鼓動はもちろん、プラテーロを心配しながらみつめる人たちの心拍なども意識しながら演奏しました」と、語りました。

そして、話題はお二人の山本さんとの出会いに移り、大萩さんは、波多野さんの家でコンサートのリハーサルをしている時に、山本さんの作品をみかけ、線の描き方が、『プラテーロとわたし』にぴったりだと思ったと告白。一方の波多野さんは、30年ほど前に、山本さんの作品『シェイクスピアのソネット』(文藝春秋)が縁で知り合ったと話しました。
「この三人が出会っためぐり合わせには、一つとして偶然がないような気がする」と切り出したキャンベルさんは、「パフォーマンス中、大萩さんの演奏のなか、波多野さんが絵を歌い上げているという印象を持ちました。プラテーロの世界が目の前で心の中に染み込んでくる、とても幸せな時間でした」という感想と来場者への感謝を述べ、終演となりました。

※前編の記事はこちら
波多野睦美
シェイクスピア時代のリュートソングでデビュー。以来、バロックオペラやオラトリオ作品のソリストとして、またリサイタル歌手として数々の公演で高い評価を得る。2005年より王子ホール主催のシリーズを開始、〈歌曲の変容〉と題し多彩なレパートリーで声と歌の可能性を探っている。2008年より作曲家・ピアニストの高橋悠治と共演を続ける。CD作品は幅広いジャンルにわたり多数。舞台プロデュースではディケンズ「クリスマス・キャロル」を音楽とダンスで綴る作品の脚本、演出、演奏を手がけ好評を得た。
大萩康司
ギタリスト、洗足学園音楽大学、大阪音楽大学客員教授。パリのエコール・ノルマル音楽院、パリ国立高等音楽院で学ぶ。1998年ハバナ国際ギター・コンクール第2位、審査員特別賞を受賞。その後4年間イタリアのキジアーナ音楽院にてO.ギリアに師事し、4年連続最優秀ディプロマを取得。ルネサンスから現代音楽まで、ソロ、室内楽、協奏曲と多彩なレパートリーを持ち、国内外で活躍する。第6回ホテルオークラ音楽賞、第18回出光音楽賞受賞。
山本容子
銅版画家。京都市立芸術大学西洋画専攻科修了。絵画に音楽や詩を融合させ、ジャンルを超えたコラボレーションも展開。その他数多くの書籍の装幀、挿画をてがける。1978年日本現代版画大賞展西武賞、1992年『Lの贈り物』(集英社)で講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。2007年京都府文化賞功労賞、2013年京都市文化功労者。
ロバート キャンベル
早稲田大学特命教授、早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)顧問、せんだいメディアテーク館長、東京大学名誉教授。ニューヨーク市出身。専門は江戸・明治時代の文学、特に江戸中期から明治の漢文学、芸術、思想などに関する研究を行う。主な編著に『戦争語彙集』(岩波書店)、『よむうつわ』(淡交社)、『日本古典と感染症』(角川ソフィア文庫、編)、『井上陽水英訳詞集』(講談社)、『東京百年物語』(岩波文庫)等がある。
【開催概要】
・開催日時:2025年5月17日(土)14時~16時
(トークセッション)14時~14時45分
(コンサート)14時55分~16時
・会場:早稲田大学小野記念講堂
・主催:早稲田大学国際文学館
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