【国際文学館翻訳プロジェクト】ポリー・バートン氏 滞在レポート(2024/10/27-11/27)

【国際文学館翻訳プロジェクト】ポリー・バートン氏 滞在レポート(2024/10/27-11/27)

若手翻訳者の育成・翻訳文学の発展を目的とした「国際文学館翻訳プロジェクト」が2024年度にスタートしました。国外から翻訳者を招聘し、1ヶ月間程度の滞在を当館がサポートします。その間、翻訳文学についての研究や講演、ワークショップなどを通して、国内外の研究者による交流をはかります。プロジェクトの一環として、英国在住のポリー・バートン氏をお招きしました。以下、ポリー・バートン氏による滞在レポートをお届けします。

日本文学・ノンフィクション翻訳者 ポリー・バートン

レジデンシーとは何か?この数年いくつかのレジデンシーに参加して考えるようになったのは、その言葉が英語のreside(住む)から由来していることに暗示されるように、レジデンシーとはどこか慣れない場所にいきなり住んでみるということだ、と。そして、その経験を通して、どこか慣れない場所にいきなり住んでみることで、どれくらい斬新かつ豊かな体験ができるか、ということもだんだんわかってきた。しかし国際文学館で経験したように、まるで自分がずっと昔からここに住んでいる錯覚を覚えることは今回が初めてだった。早稲田大学の近くにある寮に着いた日から、ここに居場所がある、という感覚は振り払えなかった。国際文学館内を案内していただいて、いろんな人々が穏やかにその本に満ちた素敵な空間を共存しているのを体験して、その気持ちが強まる一方だった。

柴田元幸顧問と講演を行った「Translators Talk」

早稲田での1ヶ月では、主に金井美恵子氏の初期の短編を訳す作業に専念していたのだが、疲れて頭が回らなくなってくると大体長い散歩に出掛けていた。仕事場から、金井氏ご本人が住んでいらっしゃる、そしてよく作品に舞台として出てくる目白まで簡単に歩けるのは、なんという幸せなこと!翻訳とは、原作を読んでいる時に浮かび上がってくる世界を、別の言葉を使ってその臨場感を失わずに描く、といった作業であるから、想像力は欠かせないのだが、想像力と使わずとも作品の世界を肌で感じるのも刺激的で貴重な体験だった。そして、この11月の散歩に感じたことが未来の翻訳作業に必要な想像力の糧になるに違いない。

ワークショップの様子

他に思い出に残った出来事といえば、国際文学館で2回行った文芸翻訳のワークショップがある。コロナが蔓延し始めてから初めて直接会って教える授業でもあり、課題作品は「家族アルバム」という金井美恵子著のかなり難解な短編だったので直前になって少し心配だったのだが、参加者は一人残らず熱心であり、楽しそうにそのあらゆる難点に立ち向かった。話題は抽象的な翻訳理論になっても、具体的な細部にわたっても、ディスカッションは盛り上がった。お昼休みに、元早稲田の学生だった参加者に、メロンをはじめ様々なフルーツが唐揚げなどと一緒に入っているお弁当が名物の「いねや」に連れてもらったのも、記憶に残るエピソードだった。

早稲田に、そして国際文学館に住んでみて、本当に良かった。またいつか住んでみたいと思う。

ポリー・バートン

日本文学・ノンフィクション翻訳者。英国在住。最近の翻訳に柴崎友香『春の庭』、津村記久子『この世にたやすい仕事はない』、金井美恵子『軽いめまい』、柚木麻子『BUTTER』など。松田青子『おばちゃんたちのいるところ』英訳は世界幻想文学大賞を受賞(短篇集部門)。2019年、フィッツカラルド・エディションズ主催エッセイ賞を受賞し、同社から2021年、日本語に関する考察を中心とする長篇エッセイFifty Soundsを刊行。

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