Waseda Weekly早稲田ウィークリー

コラム

形だけの演技と“表現”の違いとは? 宮沢章夫教授の演劇ワークショップレポート

2016年に宮沢章夫文学学術院教授が芸術監督に就任し、これまで学外劇団の招へいや演出家による講演など、さまざまなイベントを通じて演劇文化を発信してきた、早稲田小劇場どらま館。以前から「演劇の裾野を広げたい」と語っていた宮沢教授が、8月26日に早大生向けの演劇ワークショップを行いました。

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宮沢章夫(みやざわ・あきお)劇作家・演出家・小説家。早稲田大学文学学術院教授。1980年代半ば、竹中直人、いと うせいこうらと共に演劇ユニット「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」を開始、全ての作・演出を手掛ける。1990年「遊園地再生事業団」の活動を始める。1993年『ヒネミ』で第37回岸田國士戯曲賞受賞。2005~2013年まで早稲田大学文学学術院にて教べんを執り、2016年 より現職。『ニッポン戦後サブカルチャー史』(NHK出版)他著書多数。 http://www.u-ench.com/

距離感を測りつつ声の出し方を変える

まず始めに行われたのが、参加者全員で円になり、向かいに座る人に聞こえるくらいの声量で自己紹介をするというもの。円を少しずつ広げて自分と演劇の関わりについて話したり、舞台上から客席の後ろまで届く声量で夏休みの過ごし方を発表したり、舞台袖の小さな空間で「ここだけの話」をしたり、と距離を変えて一人ずつ発言していきます。初対面同士で緊張していた学生たちも、声を出すことで次第に打ち解けていきます。170826m_030

170826m_047第一線の劇作家である宮沢先生から直接教えてもらえる貴重な機会ということで、応募者多数だった本企画。選考を経て参加したのは、各キャンパスから集まった18人の現役学生たち。「劇団に所属している人はそこで勉強すればいいから、演劇経験のある学生はなるべく採らなかった」と宮沢先生は語りますが、応募動機もさまざまです。

中学・高校時代に演劇部だった学生や、初めて演劇を見に行ったら面白かったという学生、これまで演劇には全く縁がなかったけれど面白そうだから応募したと語る学生も。舞台経験がない学生たちにとって、声量を場面に合わせてコントロールするのは意外に難しい様子。宮沢先生からは「声が途中で落ちちゃっているなぁ」「もう一度」など容赦ない声が飛びます。

「普通の会話だとこれくらいの声の大きさなのに、演劇はこんなに大きな声を出す。実は変なことしているんだよね、演劇って(笑)」などとユーモアを交えながら、宮沢先生は「場面に応じた声の出し方と、人との距離感が話す内容に関係してくるということをまず知ってほしかった」と説明します。ウオーミングアップのような自己紹介にも、声の出し方についての重要な示唆が含まれていました。

歩くだけでもドラマが生まれる

続いて、舞台上での動きについてのワークが行われました。男女のペアを組み、前を歩く女性に男性が「ちょっと」と声を掛けるという一場面を、自分たちで考えたシチュエーションで、一組ずつ発表していきます。170826m_134

170826m_239「今のは何だと思った?」と観客席で見ている学生に声を掛ける宮沢先生。

「落とし物をした女の人に男の人が声を掛けたが、女の人は気付かず行ってしまった」「男が街で女性をナンパしたけれど、軽くあしらわれてしまった」「道端で熟年夫婦がけんかをして、妻の方が怒って歩いて行った」など、学生たちからさまざまな意見が出ます。

宮沢先生が答えを出すのではなく、まず学生に意見を聞き、「それならもっと速く歩くんじゃないかなぁ」などヒントを出しながら、参加者が自分で考えることのできるように進めていきます。

舞台で発表した学生にも、「途中で止まって振り返るという動作で表したかったのは何?」「相手が取引先の顧客だったら、『ちょっと』というのは失礼じゃない?」などとコメントしつつ、「女が男のことを嫌がっているなら、手をこんなふうに払うといいよね」など、実際に動きを見せてくれます。

歩き方や速度、表情や身ぶり、声のトーン、そうした小さな表現を少し変えるだけで、舞台上の2人の関係性や感情が全く違って見えることに、あらためて気付かされます。

「芝居をするということは、体の一部に意思を与えるということ。舞台では、登場人物がどんな人で、他の登場人物とどんな関係にあるのかは、芝居で表現しなければならない。例えば、恋人にお金をせがむヒモであれば、体の線で切実さを表現する必要がありますね。こんなふうに(下写真)。かつて、太田省吾という劇作家が1mを30秒くらいかけて歩く無言劇を作ったけれど、言葉だけではなく、舞台での動きを通じて何を伝えたいのか意識すると、歩くという行為だけでもいろんなことが表現できるんです」。170826m_097

『ゴドーを待ちながら』を実際に演じてみる

いよいよワークショップのメーンとなる次の課題に移ります。「せりふを読むというのをやってもらいたいと思って持ってきました」と言いながら宮沢先生が配布したのは、不条理演劇の傑作として知られる、サミュエル・ベケット作『ゴドーを待ちながら』の脚本の一場面。これは、岡室美奈子文学学術院教授(演劇博物館館長)が新たに翻訳を手掛けたもので、2017年6月には宮沢先生の演出によりリーディング公演として試演されました

ゴドーという人物を待つウラジミール、エストラゴンという2人の老人のもとに、ゴドーの使者である少年が現れるというシーンを、3人組に分かれた学生たちが演じていきます。

とはいえ、演劇未経験の参加者が多いこともあり、いきなり舞台に上がってもなかなか動くことはできません。ただでさえ人物の説明や場面設定がほとんどない難解な脚本で知られるこの名作劇。棒立ちになってしまったり、萎縮して声が小さくなってしまったり、舞台の片袖に全員が固まってしまったり…。170826m_186

そのような学生に対して、宮沢先生は「『放してやれよ!』というせりふがあるんだから、こんなふうに力ずくで引き離してみては?」「『来い』って言われたら君は行く? 普通は素直に行かないよね」「A地点からB地点に人が動くには、それ相応の意図があるでしょ」「人を動かすのは難しい。であれば、相手が動くようにこっちが動けばいいんだ」など、舞台上での動き方について説明します。上手に立ち回れない学生たちも「そういう方法があるのか!」と納得の様子。体がぶつかり合い、大きな声が飛び交う様子は迫力満点。演技ではなく、体の動かし方と声の出し方について、宮沢先生から度々鋭い指摘が入ります。そこで分かるのが、日常生活で無意識に行っている動作や声の出し方を舞台上で再現するのは難しいということ。言い換えれば、それこそが演技に説得力やリアリティーを与える方法なのだということです。4時間にわたって行われたワークショップは、宮沢先生のこんな話で締めくくられました。

170826m_152「今回のワークショップでは、演劇というのがどんな可能性を持っているのかを知ってほしかったんです。普段の生活ではあまり意識しないことですが、体を動かすのは面白い、人とぶつかることは面白いと思ってもらえたんじゃないでしょうか。演劇を使うと、自分の体の可能性を発見できます。人はきっと誰でも本来的に持っている固有の魅力というのがあって、演劇ではそれを生かすことができるんですね。

今日はみんなに『ゴドー』の台本を読んでもらいましたが、今まで台本なんて見たことがない人でも、台本を渡されると、今みたいに芝居するでしょ。なんで人は芝居しちゃうんだろう? というのも、みんなどこかで芝居を見たことがあるんですよ。テレビドラマだったり、映画だったり。だから、芝居ってこんな感じだとまねをする。でもその“芝居”ってなんですか? 『演じること』というのは、経験を積めば誰でもうまくなるんです。でも、形だけの演技と、“表現”は違います。では、その表現をどうやって発見するか。

物を表現する上で、いろんなことを考える必要があります。100mを9秒台で走れるのは天才だけですよ。だったら別の方法がないか。例えば、100mを3日かけて走る。やろうと思えば誰でもできるけれど、すごく大変ですよね。100mで3日過ごすために、どうやって進むか、その間何をするかとか、いろんなことを考えなきゃいけない。それを考えるのが、表現の大きな意味なんです。演劇に限らず、ダンスでも絵でも写真でも、表現の根幹にあるのは全部同じだと思います。このワークショップが、皆さんにとってそういうものを発見できる時間になったのであればうれしいです」。

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撮影:石垣星児

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