【教員便り】カナダスタディツアー「真実と和解の旅」
WAVOC講師 由井一成
2025年9月13日(土)~9月21日(日)にかけて、カナダ・バンクーバーにおけるスタディツアーを実施いたしました。「真実と和解の旅」と題されたこのスタディツアーでは、カナダの先住民族の歴史、文化、伝統、レガシー、人権、そして入植者と先住民族の現在地について、現地で体感し、理解を深めることを目指しました。そしてこの体験を通して、カナダが抱える課題、ひいてはグローバルな課題に、グローバル・シティズンとして今後どのように向き合い、貢献できるかを、参加者自身が考察することに取り組みました。
7泊9日(機内一泊)の行程は以下の通りです。
9月13日 成田出発 バンクーバー着
9月14日 Granville Island (Wickaninnish Gallery他) 訪問
9月15日 Museum of Vancouver 訪問、Chinatown、Japantown (Oppenheimer Park) 訪問
9月16日 鹿毛真理子氏(日系移民、先住民支援)対談、Stanley Park訪問(先住民文化継承Talaysay Tourに参加)
9月17日 観光における先住民表象調査
9月18日 Norm Leech氏(先住民長老、Frog Hollow Neighbourhood代表)講演、Vancouver Art Gallery 訪問
9月19日 ブリティッシュ・コロンビア大学訪問 (First Nations House of Leaning & Xwi7xwa Library訪問, Museum of Anthropology訪問, Belkin Art Gallery によるDecolonization tourに参加)
9月20日 バンクーバー出発
9月21日 成田着
このスタディツアーでは、博物館や美術館、先住民族に関する資料館などの訪問を通し、先住民族の方々から「拝借」(先住民族に所有権があり、また今現在も利用に供する物という意味を込めて)した文化財や工芸品、あるいは先住民族と関連性の深い芸術作品などを鑑賞しました。参加者はこの活動を通して、先住民族の歴史や伝統の深さを学ぶのみならず、先住民族が北米に居住し始めた1万5千年前から現在に至るまで続く「自然との共生」の哲学、特に「私たちは自然の中の一部」「自然からは必要な量だけ頂く」「使い終わった先には自然に還る」といった概念を深く心に刻むことができました。

また先住民族当事者であるNorm Leech氏やその妻で日系移民の鹿毛真理子氏ともお会いし、貴重な時間を共に過ごしました。その際に、先住民族の伝統的な儀式を体験し、また入植者による迫害の歴史と対話、和解、共生に向けた取り組み、先住民族の方が抱え続ける世代を超えたトラウマなどについて学ぶ機会を得ました。
Normさんからは、今カナダが抱えている「植民地主義」に関する課題に、先住民族の視点から鋭く切り込み、解説をしていただきました。参加者は一様に、解決に向けた歩みがいかに困難であるかを理解するとともに、長い年月をかけてでもその課題を解決していこうとする彼らの強い意志とエネルギーに圧倒されました。同時に、自分たちはこの不平等で持続不可能な社会が抱える課題に、どう対峙し、どういった役割を果たすべきなのか、各々が自身に問いかける機会となりました。まさにグローバル・シティズンとしての生き方、あり方が問われる瞬間でした。
カナダでは、先住民族の文化と伝統を剥奪する目的で運営され、先住民族の子どもたちに対する数多くの虐待や死者をもたらした寄宿学校が、1997年に全て閉鎖となりました。2008年にはスティーヴン・ハーパー首相が寄宿学校の生存者に対し、寄宿学校制度がもたらした過ちに対する公式の謝罪を行い、また同年に寄宿学校の歴史と影響を明らかにするために「真実和解委員会(Truth and Reconciliation Committee)」が設立されました。そして2015年には寄宿学校における真実を明らかにし、和解を促進するための94の勧告が同委員会より発出されました。
このような歴史的変遷の中で、カナダ社会における先住民族との共生への道は、一見すると順調に進んでいるかのように見受けられます。しかしながら実態は、マジョリティ側に根付いた先住民族に対する意識を変革しようとする社会的な試みも、また先住民族が抱えるトラウマを乗り越え新たな活力を生み出そうとする先住民自身の取り組みも、多くの課題と困難を伴うものです。参加者はその事実を、このスタディツアーを通じて痛感することとなりました。カナダが見せる表の顔と裏の顔、それぞれを体験しながら、多文化主義国家・カナダに存在する光と闇の両面に気づけたことでしょう。そしてこのスタディツアーは、参加者に対し、今後自らが追及すべき学びについて、そして歩むべき道について、大きな問いを投げかけたものと思います。

終了後のアンケートでは、参加者全員から、このスタディツアーで得た気づきや学びについて述べてもらいました。以下にその一部を紹介します。
【参加学生の感想(学び・気づき)】
- 現代の資本主義社会は富・名声を築くために目に見える数字を使って人々の欲を駆り立てています。知的欲求、経済的欲求が人類の進化のエネルギーになってきた一方、自然の循環の外に踏み外してしまっているという問題を抱えています。結果として人類が生きていくための資源が少なくなり、環境破壊が引き起こす異常気象が多くの人命を奪っています。ほかにもSNSやAIが不幸をもたらしていたり、人間の行き過ぎた欲求が自らの首を絞めているのが現状だと考えられます。
この現状とは反対に、先住民の方々の考え方は「自然との共生」だと知りました。先住民の方々は本来の自然環境はお互いがお互いに何かを与えつつ、享受して循環するものだといいます。先住民の文化や考え方は「マイノリティだから」「歴史があるから」守るべきだと抽象的に捉えていましたが、そうではなく現代だからこそ返るべき初心だと思いました。
人間はこの世界の多くを知っているつもりでいるという傲慢さを新たに感じました。同時に《初心に返る=先祖に学ぶ→先祖に感謝する→大地に感謝する》という人や自然とのつながりを感じて愛情を持つことが、お金や権力には代えられない幸せであるとツアーを通して実感することができました。
(法学部1年 南井 智尋さん)
- 私は「当たり前」を疑う必要性を強く感じるようになりました。
これまで教育や福祉、サービスを当然のように受けてきて、それが普通だと思い込んでいました。そのため、社会で様々な改革が求められる中でも、「なぜ改革が必要なのか」を深く考えることはあまりありませんでした。社会学を学ぶ中でも、理論的に社会問題を理解するだけで、自分自身の経験とはどこか距離のあるもののように感じていました。
しかし、Norm Leechさんや鹿毛真理子さんのお話を伺い、「その法律やルールを決めたのは誰か」を問い直すことの大切さ、そして既存のルールが支配する側にとって有利に働いている現実に気づきました。もしその裏側を見過ごしてしまえば、孤立や排除といった課題は決して解消されないのだと思います。
今回のツアーでは、自分が見えていなかった世界を知ることができました。この気づきを大切に、日本が抱える課題について、社会学を通して研究し続けていきたいと思います。
(文学部3年 濱野 奈月さん)





