【教員便り】陸前高田プロジェクト 地域住民に寄り添った慰霊・追悼の場を作りたい──「光ノ碑プロジェクト」の取り組み
みなさん、こんにちは!早稲田ボランティアプロジェクト(ワボプロ)「陸前高田プロジェクト」担当教員の筒井です。今回は、陸前高田プロジェクトの2つの活動のうちの1つ、「光ノ碑プロジェクト」の活動をご紹介します。
2011年の東日本大震災後、岩手県・宮城県・福島県に1か所ずつ、復興祈念公園が造られました。岩手県では、私たちが活動している陸前高田市に、高田松原津波復興祈念公園が出来ました。
公園がある場所は、震災前には海岸線に沿って高田松原と呼ばれる7万本の松原が広がっていました。夏になると海水浴客でにぎわい、地元の方も散歩に訪れるなどして親しまれていた場所だと聞いています。しかし、東日本大震災の津波により高田松原は流出してしまいます(1本残った松が「奇跡の一本松」と呼ばれるようになりました)。
2019年に復興祈念公園ができてから5年以上が経過しましたが、この公園には「いまだに行ったことがない」と話す地元の方も多く(『東海新報』2023年5月3日1面)、地元の方にとって、かつての高田松原のような親しみ深い場所にはなっていない状況があります。このような状況を残念に思っていた高田松原津波復興祈念公園管理事務所の方が、2024年3月に初めて実施したのが、東日本大震災犠牲者の慰霊・追悼及び震災の記憶の風化防止を目的とする防潮堤ライトアップ「光ノ碑」でした。
前置きが長くなりましたが、陸前高田プロジェクトは、「光ノ碑」をより地域住民の方に寄り添った催しにするため、復興祈念公園の関係者の方々や岩手大学の学生さんと一緒に活動しています。
2025年3月には、高田松原津波復興祈念公園及び国営追悼・祈念施設にて「3.11から未来へ~みんなの想いが集う日~」という名称で、あらゆる人の想いを受け入れることができる場を作ることを目指して催しを行い、4日間で約1000人の方が来場してくださいました。
この催しを地元の方はどのように受け止め、どのような意味づけをしてくださったのか――。今年(2025年)8月の現地活動では3月の催しに足を運んでくださった地元の方々にお話を伺いました。
お話を聞かせてくださった方の中には、催しの会場を、あの日に思いを持っている人が心地よくそこにいられる「静かだけれどさびしくない」場、いろいろな思いの人や多様な世代の人が集まっていた「やわらかい場所」という表現をしてくださった方がいました。また、震災を経験していない若者・よそ者である大学生がかかわるからこそ、多様な立ち位置の人が多様な思いをもってあの場所に集うことができるという言葉もいただきました。
わたしたちは、震災を経験していない若者・よそ者である大学生が、慰霊・追悼の場に関わってよいものか、悩みながら活動を続けていました。しかし、地元の方々の言葉を伺って、自分達だからこそできることもあるのかもしれないという気付きを得ることができました。
一方、広報をもっとがんばって!、地域住民も一緒に作り上げられる催しになるとよいと思う、などの声もいただき、今年度の実施に向けた課題も見えてきました。また、今回お話を伺えたのはほんの一握りの方々ですので、私たちが知りえていない思いがあることも忘れてはならないと思います。
2026年3月11日は東日本大震災発生から15年になります。このような地元の方からの声を受け、陸前高田プロジェクトでは、岩手大学の学生さん、祈念公園の方々と共に、今年度の催しに向けて、企画を練り上げているところです。
【一緒に活動してくれるメンバー、募集中!】
陸前高田プロジェクトでは随時、メンバーを募集しています。 インスタグラム:https://www.instagram.com/wavocrikupro/ |