【正課の取組】体験的学習科目「狩猟と地域おこしボランティア」- 2025年度春学期-
第3回 五感で感じる!?丹波山を凝縮した五線譜とその背景
法学部4年 益田寛大
奥多摩から丹波山に向かうバスに乗る。
10 分もすれば峠越えが始まり、人の気配が消えていく。
人里から離れていくたびに、こんな場所に村があるのか、と丹波山へのイメージが沸き立てられる。新緑や沢の合間を縫って進むバスに揺られていると、保之瀬というバス停を迎え、いよいよ山梨県だ。旅路を駆け抜けた私たちを、電子音で構成された音楽が歓迎してくれる。

バス内部、イラストが綺麗
バスの中でかかっている曲『七ツ石の狼、雲を取りに駆ける』は、神秘的な自然と人間の信仰、そして狼という象徴的な存在を音楽で描いた作品だ。本作は東方 Project シリーズを手掛けるZUN氏によって作曲された幻想的な楽曲であり、丹波山村という実在の地と、そこに根ざす自然信仰に深く結びついている。この楽曲を通して、聴く人は現実、すなわち普段生活を営む都会の喧噪から離れ、心の奥底に染みついた古の日本の山や神話の世界に触れることができる。
そして、丹波山という土地について、人について、そしてそこに根ざす生活について、知ることができるのだ。
曲について簡単に解説しよう。
七ツ石山は、山梨県丹波山村に実在する山であり、古くから狼信仰の対象とされてきた。狼は、悪しきものを退ける神聖な存在であり、山の守り神として崇められていた。「雲を取りに駆ける」という表現は、狼がただ走る姿ではなく、神格化された自然と一体化し、人間の領域である大地に収まらずに駆け抜けるさまを象徴している。
この曲を音楽的に分析しながら、丹波山の情景と比べてみよう。
1. 冒頭 – 幻想的な導入部
本楽曲の冒頭は、モダル(教会旋法)に近い旋律を用いており、短調と長調の間を揺れ動くような和声感が特徴であり、丹波山の静謐さや奥深い山の幻想性を思い浮かべる。
情景としては、朝もやに包まれた山あいの村や、神話が息づくような森の入り口が想起される。霧が立ち込める山道、小鳥の鳴き声、風に揺れる木の葉の音など、幻想的な自然の息づかいが感じられる。
これはまさに、丹波山の日常風景と言える。私たちが二度目に訪れた日も、場所によっては霧がかかっており、一本道を進むバスに乗る私たちからすれば、それはまるで異世界へと誘われているようだった。そう、神の世界のように。バスがブレーキをかけるごとに鳴る金切り声も、また不気味さを加速させていた。
2. 主部 – 狼の走るリズム
主部では、軽やかに動く 8 分音符を基調としたリズミカルな構成が用いられており、時に跳躍するメロディが狼の疾走感を演出した。
山を駆ける狼、雲を目指して尾根伝いに進む神獣としての姿が描かれていだ。霧の中を跳ねる白い狼、雲間から差す光に照らされる白銀の毛皮など、詩的で力強いビジュアルが想起された。
現代の丹波山では多くのものがその地を駆け抜けている。それは鹿や猪などの動物だ。
村への往復や滞在中では、これらの息づかいや痕跡を見ることができる。木につけられた傷や道路に転がるフン、目を凝らしてみれば足跡も見つかるだろう。運がよければ、実際にお目にかかることも可能だ。(私は道路を横切るカモシカを目撃した。)
また、動物に限った話ではない。休日になると、東京から山梨に向けて自家用車やバイクでドライブをする人達が沢山現れる。ライディングジャケットを着たライダーがマフラーを吹かせながら峠を攻めるさまは、狼と言っても過言ではないだろう。

一風景。鮎が泳いでいる。
3. 中間部 – 夢のような静寂
中間部では、不安定で幻想的な和声進行が用いられており、印象派的なコード・和音進行によって夢幻的な空気感が生まれる。
ここでは、過去と現在、神話と現実が交差するような情景が展開された。狼は立ち止まり、かつての村人たちの祈りの声に耳を傾ける。風に揺れる御幣、石の祠、忘れられた祭壇などが静寂の中に浮かび上がる。
村を歩いていると、色々な声が聞こえてくる。農家や猟師、シェフや陶芸家など、色々な職業に就く人達がそれぞれの仕事を立派に成し遂げながら交流を深める姿がそこにはある。都会のような挨拶すらできない閉塞感ではなく、和気あいあいとした世界が広がる。
かつて金山町として栄えた丹波山は、時代の流れと共に変化している。そんな人々の営みを伺うこともできるし、その様子をずっと眺めてきた社の数々にも参ることができる。
トレッキングやハイキングを恐れる必要はない。靴と十分とった睡眠時間を準備できれば、期待以上の結果が待ち望んでいる。間違いなく、来てよかったと胸をホクホクさせて家路を進むことになる。
4. クライマックス – 雲を超える瞬間
終盤では転調が加わり、音域が高まりながら明るさと決意に満ちた和声進行が展開される。この曲が一番盛り上がる瞬間でもある。
ここでは、狼がついに空へ跳び立つ、あるいは神へと昇華する瞬間が描かれている。雲を踏みしめるように跳ね上がる狼が、雷鳴のような遠吠えを最後に姿を消すシーンが印象に残る。
現代では、狼ではなく我々人間が遠吠えのような叫び声を出すシーンがある。それは日本一の長さを誇ったこともあるすべり台の爽快感であるし、丹波山の豊かな食材を用いた食事の満足感であるし、川のせせらぎを聞きながらつかる温泉の心地よさである。ここまで付き添ってくれた読者諸君であれば、丹波山について興味を持ってくれたことだろう。
ぜひ、他の学生が書いた記事も一緒に読んでみてほしい。
いかがだっただろうか。
丹波山の自然豊かな土地柄と、そこに息づく動物や神との調和を感じ取ることができたに違いない。そして、そんな丹波山という土地について、もっと知りたくなったのではないだろうか。
授業や仕事に疲れているだろうそこの諸君は、ぜひ丹波山で全てを洗い流してほしい。
山の香りを嗅ぎ、鳥のさえずりを聞き、ジビエ料理を食べ、山川草木に触れ、いただろう狼の痕跡を探す。こうして五感で丹波山を感じることで、この曲の真の意味を知ることができるだろう。
実のところ、この楽曲は CD にて販売されていたりオンライン上で配信されていたりする。だから、わざわざ都内から数時間かけて曲を聞きに行く必要はない。しかし、音色に耳を澄ませた後に「聖地」である丹波山を見て回るのが、乙なものではないだろうか。
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