健康を支える街づくりに新しい手法
-パラメトリック都市デザインで、実現可能な都市環境を提案-
発表のポイント
- 計算ツールとアルゴリズムを使った「パラメトリック都市デザイン」が、健康を支える都市づくりに向けた具体的で実行可能な設計案を生成できることを示した。
- 先行研究の課題であるスタティック(静的)かつ大まかな指標や、環境要素同士の相互作用を考慮できていない問題を、パラメトリック手法を用いて明確化し、統合的に分析した。
- 都市デザイン、公衆衛生学、臨床医学の専門家らが、より実践的で健康の維持・増進につながる都市環境を設計できる可能性を示した。
北陸先端科学技術大学院大学 創造社会デザイン研究領域のクサリ モハマドジャバッド(KOOHSARI, Mohammad Javad)准教授、早稲田大学 スポーツ科学学術院の岡 浩一朗教授らの研究チームは、都市の街路や緑地の配置などが健康に及ぼす影響をより実践的に評価する手法として、「パラメトリック都市デザイン」の有用性を示した。従来の先行研究において限界であった曖昧な知見や相互作用の見落としを克服し、健康に配慮した都市環境の具体的なデザインにつながる可能性を提示した。
研究の背景
心筋梗塞、肥満、糖尿病といった心血管代謝疾患は、世界の死亡原因の約3分の1を占めており、個人の生活習慣だけでなく、日常生活を取り巻く都市環境によっても大きく影響を受ける。たとえば、街路のつながりや公園・緑地へのアクセスの良さは、人々の歩行や大気汚染・交通騒音などの曝露に影響し、その結果、健康状態にも関係することが多くの研究で示されてきた。
しかしながら、既存研究の多くで用いられてきた都市環境指標は、「住宅密度」や「公園の数」といったスタティック(静的)で大まかな指標に依存しており、具体的にどのような都市デザインが健康に寄与するのかを示す「実践知」につながりにくいという研究ギャップが存在した。また、個々の環境指標をばらばらに取り扱う傾向があり、街路・建物配置・オープンスペースの相互作用が考慮されてこなかったため、実際の都市計画に応用しにくいという欠点もあった。
この課題に対し、クサリ モハマドジャバッド准教授らの研究チームは、計算ツールとアルゴリズムを用いて都市の構造や機能を数値化し、多数の都市デザイン案を生成・比較し最適化する「パラメトリック都市デザイン」に着目し、その有効性について検証を行った。
研究結果の概要
本研究では、都市環境と心血管代謝疾患の関連を扱う既存研究を精査することにより、パラメトリック都市デザインが以下の2つの大きな課題を解決し得ることを示した。
1.「スタティック(静的)で大まかな指標」ではなく、「配置の違い」まで明確化
従来の住宅密度は、単に「単位面積あたりの住戸数」を示すだけで、どのような建物配置によって健康効果が得られるかまでは分からない。
これに対し、パラメトリック都市デザインでは、住宅密度を「建物の高さ」、「建物間の距離」、「建物の配置パターン(均等配置・中層集積・高層化など)」といった細かなパラメータに分解し、それらを計算的に表現することで、どのような配置が健康指標と関連するのかを定量的に評価できる。
こうしたアプローチにより、研究結果は「住宅密度を20%増やせば肥満が減る」といった抽象的な知見ではなく、「どの高さ・配置・建物間距離で住宅密度を高めればよいのか」という実践的な都市デザイン案へと昇華する。
2.「街路・建物・オープンスペースなど」の相互作用を同時に評価
従来の研究では、環境の個別要素を独立して分析していたため、たとえば住宅密度を高めると街路の接続性は高まる一方、オープンスペースが減ってしまうといったトレードオフを十分に扱えていなかった。
パラメトリック都市デザインでは、
・都市環境指標をパラメータとする。
・実データに基づくシミュレーション(たとえば、地理空間AIモデル)に組み込む。
・1つの要素を変えると他の要素も連動して更新される仕組みが構築できる。
これにより、都市環境全体の構造を踏まえた上で、心血管代謝疾患との関連を包括的に評価することが可能となる。
クサリ准教授は「パラメトリック都市デザインは、街路・建物・公園の配置を含め、抽象的な研究成果を具体的な都市デザイン案に変換できる可能性を持つ」と述べ、さらに臨床医学、公衆衛生学、都市デザインの専門家が協働することの重要性を強調している。
本研究成果は、Elsevier社の学術誌 Developments in the Built Environment に2025年11月28日付でオンライン掲載された。
今後の課題
パラメトリック都市デザインは、健康に資する都市デザインの“実行可能な解”を提示する強力な方法となり得る一方、都市環境の健康影響を扱う研究分野では、まだ十分に活用されていない。
今後は以下が重要な課題になる。
・実データを用いて都市環境パラメータと心血管代謝に関する健康指標の関連を検討した知見の蓄積
・より精緻で実用的なモデル構築のために、医学、公衆衛生学、都市計画学など、異分野の専門家の連携強化
・健康を支える都市環境の創出に向けて、得られた具体的なデザイン案を都市政策や行政計画へ反映させること
本研究が示したパラメトリック都市デザインアプローチにより、将来的には生活者の健康行動を促し、健康リスクを低減する都市デザインを科学的根拠に基づいて実現することが可能になると期待される。

イメージ図. パラメトリック都市デザイン科学と健康 居住密度を20%増加させた、実質的に異なる空間シナリオの例:(a) ベースラインシナリオ、(b) 均等に分布した密度増加シナリオ、(c) 中密度のクラスター型シナリオ、(d) 中心集中型高密度タワーシナリオ
論文情報
雑誌名:Developments in the Built Environment
題 目:From associations to action: Parametric urban design science for cardiometabolic health
著 者:Mohammad Javad Koohsari, Andrew T. Kaczynski, Emily Talen, and Koichiro Oka
掲載日:2025年11月28日
DOI:10.1016/j.dibe.2025.100814







