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「引退」は脳に良い?機械学習で解明した認知機能へのプラス効果と個人差

本プレスリリースは、慶應義塾大学SFC研究所、早稲田大学、京都大学による共同プレスリリースです。

「引退」は脳に良い?機械学習で解明した認知機能へのプラス効果と個人差
女性や高学歴・高所得、運動習慣がある人などで特に改善効果大

発表のポイント

仕事からの引退が高齢者の認知機能に与える影響は、個人差が大きいと考えられます。本研究は、欧米19か国の50~80歳の7,432名を対象に、引退と認知機能の関係を、機械学習モデルを使って解析しました。

分析の結果、引退した人は、働き続けている人に比べて平均して1.3語多く単語を記憶しており、引退に認知機能を維持・改善する効果があることが明らかになりました。特に、女性、高学歴・高資産、健康状態の良好な人、引退前に運動習慣があった人ほど、引退による認知機能への効果が大きいことも明らかになりました。

これらの結果は、引退というライフイベントを境に健康格差が拡大する可能性を示唆しています。この論文は、国際疫学会が出版する「International Journal of Epidemiology」に2025年11月24日付で掲載されました。


背景

世界中で高齢化が進む中、多くの先進国で年金支給開始年齢が引き上げられています。これにより、引退のタイミングが遅くなることが予想されますが、引退が高齢者の認知機能に与える影響については、先行研究でも結果が一致していませんでした。結論が得られていない原因の一つとして、引退が認知機能に与える影響の個人差が大きいことが考えられます。このため、本研究では最新の機械学習モデルを用いて、引退が認知機能に与える影響とその個人差を明らかにしました。

※図は自由に転載可能です。

対象と方法

分析対象は、米国のHealth and Retirement Study (HRS)、英国のEnglish Longitudinal Study of Ageing (ELSA)、欧州諸国のSurvey of Health, Ageing and Retirement in Europe (SHARE)に参加した19か国の50~80歳です。対象者のうち、1回目の調査時に就労していた人を対象に、2回目の調査で引退の有無を確認し、3回目の調査で単語記憶テストによって認知機能を測定しました。健康状態が良い人ほど働き続ける傾向があるため、各国の年金支給開始年齢を引退の操作変数※1として用いることで、バイアスに対処しました。また、引退が認知機能に与える影響の個人差を明らかにするため、因果フォレスト※2と呼ばれる機械学習手法を用いました。

結果

7,432名の解析対象のうち、2,165名(29.1%)が引退していました。分析の結果、引退した人は働き続けている人に比べて、平均して1.348語多く単語を記憶しており、比較的大きな効果が確認されました。しかし、その効果は-0.506語から2.314語まで、個人によってばらつきがありました。マイナスの値は、引退すると認知機能が下がる人も中にはいることを意味しています。ただし、そのような人は全体の1%に過ぎませんでした。引退による認知機能の改善効果が大きい人の特徴は、女性、高学歴、デスクワーカー、高所得・高資産、引退前の健康状態が良好で運動習慣があった人などでした。

考察

女性において改善効果が大きいのは、男性と比べて引退後の人付き合いが活発であることや、仕事と家庭の葛藤から解放されることと関わりがあるかもしれません。高学歴でデスクワーカーの人に関しては、知的労働による認知機能への刺激が、引退後にも継続的な効果を持つことを示唆しています。高所得・高資産の人は、引退して給与所得が無くなった後でも、健康投資にお金を回す余裕があります。引退前の健康状態が良好で運動習慣があった人は、活発に活動できる時間が多く、引退後に運動を継続することが認知機能の維持に役立っている可能性があります。

本研究の意義

本研究は、引退が認知機能に与える影響に個人差があることを明らかにしました。社会参加や運動を継続して行うなど、引退後の過ごし方の違いによって健康格差が拡大する可能性を示唆しています。日本では60~75歳までの間で年金の受給時期を選ぶことができますが、個人の健康状態や環境に応じて適切なタイミングで引退することによって、その後の認知機能にも良い影響があると考えられます。また、研究で用いた機械学習手法は、今後、個人の最適な引退時期を予測するツールとして活用される可能性もあります。

発表論文

Sato K, Noguchi H, Inoue K. Heterogeneity in the association between retirement and cognitive function: a machine learning analysis across 19 countries. Int J Epidemiol. 2025 Oct 14;54(6):dyaf201.

共著者

早稲田大学政治経済学術院   教授 野口 晴子
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康増進・行動学分野 教授 井上 浩輔

用語解説

※1 操作変数:年金の支給開始年齢のような「引退に影響するが認知機能には直接関係しない変数」を操作変数と呼ぶ。このような変数を用いて分析することで、健康状態が良い人ほど働き続けるといったバイアスに対処し、引退が認知機能に与える因果効果を推定することができる。

※2 因果フォレスト:因果効果の個人差を推定する機械学習手法。「どんな人にどれくらい効果があるのか」をデータドリブンに特定することができる。

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