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「特集 Feature」Vol.1-2 「五体不満足」乙武洋匡の身体の不思議を解き明かす(全4回配信)

構造生物化学
胡桃坂仁志(くるみざかひとし)/理工学術院 先進理工学部 電気・情報生命工学科 教授

 

「五体不満足」乙武洋匡の身体の不思議を解き明かす

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エピジェネティクスが解明しようとしている「遺伝子のスイッチ」。それはヒトがいかにしてヒトになるかの根源的なメカニズムを明らかにしつつあります。

今回は、『五体不満足』などの著者であり、障害と社会の関係性を様々な活動から伝えてこられた乙武 洋匡さんをお迎えし、理工学術院 先進理工学部 電気・情報生命工学科 胡桃坂仁志教授との対談を行いました。身体の不思議にその半生をかけて、それぞれ違ったアプローチで挑んできたふたりは、この新しい遺伝学の先に、何を見たのでしょうか? ここから2回は、おふたりの対談をお楽しみください。

「僕は自分の身体が不思議で仕方がない。実験材料に使ってください」(乙武)

乙武:人がつくられるための情報は、本当に不思議ですね。僕は、そもそも自分の身体が不思議で仕方ありません。今年で39歳になりますが「原因不明です」と言い続けられて今日まで生きてきました。僕はどうして、今の姿になったのでしょう? 遺伝以外の理由があるのでしょうか?

胡桃坂:めでたく誕生された、お子さんには遺伝していないのですよね?

乙武:はい。さらに、僕よりも上の世代の親戚を調べてみても、僕のような身体を持った人は誰もいません。遺伝じゃないのかな…?

胡桃坂:私は、原因はエピジェネティクスなのだと思います。お子さんにもご先祖にも異常が見られないということは、乙武さんのDNAの配列情報そのものには全く異常はなかった可能性が高いと考えることができます。問題は発生過程でDNAの中から遺伝子をスイッチ・オンさせて、細胞を手足や目、耳へ分化させるためのクロマチンの運動にあったのかもしれません。

乙武:僕、先生の研究対象としてどうでしょうか? 自分がどうしてこうなったのか、詳しく知ってみたくなりました。

胡桃坂:ぜひ、よろしくお願いします。これは予想ですが、乙武さんの場合、おそらく発生の時、クロマチンの運動によって遺伝子のあるところのクロマチンが開き、遺伝子をスイッチ・オンする時に、手足を作るために必要な遺伝子があるクロマチンの部分がほんの少しだけ開いてなかったか、開くタイミングを逃したのだと思います。本当に小さな、10マイクロメートルの細胞の核の中での、ほんの僅かな時間の出来事です。クロマチンの運動が、たまたま手足の発生の時期にさぼっていたのかもしれません。

乙武:さぼってたんですね…(笑)。

胡桃坂:ちなみに、クロマチンの運動が全部さぼっていると流産になってしまいます。発生というのは、最初はたったひとつの細胞から起こります。その時は細胞全体で同じようなことが起こっているのですが、2つ4つから、何千何万と分かれ、身体が形成されてゆくと、細胞分裂の先々でクロマチンの運動状態が変わっていきます。

その中で手足の発生の時期は決まっているため、タイミングよくクロマチンが開かないと、手足の部分を飛ばして発生が進んでしまうのです。

「エピジェネティクスは、がん治療の未来を背負っているのです」(胡桃坂)

乙武:それは細胞ひとつひとつが「私はここだけ開いとくね」と、自分の意志で動いて開いていくようなイメージなのですか?

エピジェネティクスについて熱弁をふるう胡桃坂教授。実は乙武さんの大ファンでもある。

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胡桃坂:その通りです。分化して皮膚になった細胞のクロマチン構造を見てみると、皮膚になるために必要なDNA情報は開き、不要なものは集まって閉じています。これらは自律的な運動で、身体すべての組織で開いている場所と閉じている場所は異なります。そして一度何らかの組織に分化すると、その細胞はどれだけ細胞分裂を繰り返しても、その組織の細胞にしかなれなくなります。

その中で、うっかり間違えて他のものになってしまっているものが、がん細胞です。つまり、皮膚の細胞のクロマチンが、閉じておくべきDNA情報を開いていたりすると、皮膚がんになってしまうのです。

乙武:そこからがんの治療に活かせる技術は生まれるのでしょうか?

胡桃坂:はい。クロマチンのメカニズムさえ完全に分かれば、がんのメカニズムも同様に分かるようになる可能性が高いです。さらにがんを含む多くの遺伝子疾患の原因が同じ方法で解明できるようになり、画期的な医療が期待できるんですよ。(全4回配信)

1回目配信はこちら

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撮影場所:早稲田大学 先端生命医科学センター/TWIns 正面玄関

 〈対談相手プロフィール〉

乙武洋匡(おとたけ ひろただ)

1976年4月6日生まれ。東京都出身。早稲田大学在学中、自身の経験をユーモラスに綴った『五体不満足』が多くの人々の共感を呼び、500万部を超す大ベストセラーに。その後、ニュースのサブキャスターや、スポーツライターとしても活動する。

2005年4月からは、東京都新宿区教育委員会の非常勤職員「子どもの生き方パートナー」として教育活動をスタートさせる。杉並区立杉並第四小学校教諭として勤務し、2013年2月には東京都教育委員に就任。教員時代の経験をもとに書いた初の小説『だいじょうぶ3組』は映画化され、自身も出演。続編小説『ありがとう3組』も刊行された。おもな著書に『だから、僕は学校へ行く!』、『オトことば。』、『オトタケ先生の3つの授業』など。

2015年4月より政策研究大学院大学(GRIPS)へ進学、「平成27年度修士課程国内プログラム」の公共政策プログラムを履修する。

〈プロフィール〉

kurumizaka2胡桃坂仁志(くるみざか ひとし)

1989年 東京薬科大学薬学部卒業 薬剤師、1995年 埼玉大学大学院 理工学研究科博士後期課程修了 博士(学術)、1995~97年 アメリカ合衆国 国立保健研究所(NIH) 博士研究員、1997~2003年 理化学研究所 研究員、2003~07年 早稲田大学理工学部 電気・情報生命工学科 助教授、2001~07年 横浜市立大学大学院総合理学研究科 生体超分子システム科学専攻 客員准教授、2007~08年 早稲田大学 先進理工学部 電気・情報生命工学科 准教授、2008~12年 横浜市立大学大学院 総合理学研究科 客員教授、2003年~15年 理化学研究所 客員研究員、2012年~現在 横浜市立大学大学院 生命医科学研究科 客員教授、2008年より早稲田大学理工学術院 先進理工学部 電気・情報生命工学科 教授

 

〈主な業績〉

2013, ゲノムDNAの転写・複製・修復に働くヒト染色体構造体を世界で初めて解明 生殖医療の発展への寄与も期待
―理工・胡桃坂研、阪大などと共同研究・・・
「Scientific Reports」(Nature Publishing Group)にて論文「Structural basis of a
nucleosome containing histone H2A.B/H2A.Bbd that transiently associates
with reorganized chromatin」が掲載

2012,がん抑制タンパク質複合体の機能を世界で初めて解明 理工・胡桃坂研など、遺伝病や発がんの原因解明に重要な一歩・・・
「The EMBO Journal(欧州分子生物学機構誌)」電子版にて論文 「Histone chaperone activity of
Fanconi anemia proteins, FANCD2 and FANCI, is required for DNA crosslink
repair」 が掲載
2011,ヒト染色体の中心領域の立体構造を世界で初めて原子分解能で解明 理工・胡桃坂研、遺伝病や発がんの原因解明へつながる一歩・・・

「ネイチャー(Nature)」電子版にて論文「Crystal structure of the human centromeric
nucleosome containing CENP-A」として掲載

2010,ヒト精巣染色体の構造基盤を世界で初めて解明 理工学術院・胡桃坂教授、米科学アカデミー紀要で発表・・・

「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」電子版にて論文「Structural basis of instability of the
nucleosome containing a testis-specific histone variant, human H3T」が掲載

その他の業績→and more

〈用語解説〉

●マイクロメートル → 1千万分の1メートルを示す長さの単位。

 

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