Research Activities早稲田大学 研究活動

News

ニュース

国語イデオロギーの強いる沈黙 クリスティーナ・イ准教授講演会

10月13日、ブリティッシュ・コロンビア大学のクリスティーナ・イ准教授による「「半島の藝術家たち」と『半島の春』における言語帝国主義と沈黙のアポリア」と題した講演会が戸山キャンパスで行われました。

IMG_1484

講演要旨

1937年の第二次日中戦争の開始に伴い、日本は植民地において被植民者を天皇の臣民へと変えるための全面的な皇国臣民化政策に乗り出した。本発表では日 本による植民統治時代後期の「皇民」アイデンティティの表現と促進において国語イデオロギーが果たした中心的な役目を検証し、どのように、また何故「朝 鮮」文学が日本(語)文学として位置づけ直されたか検討する。皇民化の動きは「皇国臣民」という新たなパラダイムをもたらしたとしばしば理解されているが、このカテゴリーに誰が含まれうるかに関しては、階級、ジェンダー、民族性、場所といった要素に応じてばらつきがあり、決して一枚岩だった訳ではない。

イ准教授は、上記の点について金聖珉の中編「半島の芸術家たち」(1936年)と同作の映画化作品『半島の春』(李炳逸監督、1941年)を詳細に比較分析し、「これらの作品から学ぶことができるのは、「越境」はさまざまな地点で様々な役者によってされてきたが、それらは平等ではなく同じ利点があるものでものないということです。国語イデオロギーは彼等の多様な、そして分岐していく声を包摂しませんでした。むしろ、国語イデオロギーにおいて分岐という考えは駆逐され、オルタナティヴな見方を持つ者の声は、逆説的に沈黙によって発話させるにとどめていました。」と述べました。

コメンテーターとして招待されたシカゴ大学のマイケル・ボーダッシュ教授は、「イ准教授はとてもユニークな視点で朝鮮人の作家や映画監督が皇民化に対して反応し、その中でどう余地を探ったかを研究されていました。彼女はナショナリズムとは一貫したイデオロギーではなく、多くの場合、同化と除外の相反する概念で成り立っていることを改めて示しました。皇民化はいつも日本人というアイデンティティや日本の一部であるのは一体どういうことなのかという問いから避け続けてきました。なぜなら、答えが出てしまえばゲーム・オーバーになるからです。ナショナリズムというのは答えをできるだけ遅らせることにあるのです。このような事例は国語研究でも多く見られます。」とコメントしました。

IMG_1500

イ准教授は、ボーダッシュ教授とさらに掘り下げた議論を展開し、参加者との間で活発な質疑応答、意見交換を行いました。最後に、角田柳作記念国際日本学研究所所長である李成市早稲田大学文学学術院教授が閉会の辞を述べました。

<講演者プロフィール>

138c758798325dc3764764f9b865098fブリティッシュ・コロンビア大学日本近代文学専攻の准教授。コロンビア大学で日本近代文学の博士号取得。研究分野は1930年代から40年代の植民地時代の朝鮮人による日本語文学の興隆と、それが戦後日本・韓国の「国民文学」、「少数民族の文学」に関する言説に与えた影響について。現在、東アジアにおける近代の文学カノンの形成過程において、どのように言語的ナショナリズムと国家的アイデンティティが相互に作用し合うかを研究 した著書を執筆中。

イベント詳細

モデレーター:由尾 瞳 (早稲田大学准教授)、塩野 加織 (早稲田大学助教)
コメンテーター:マイケル・ボーダッシュ (シカゴ大学教授)
クロージング・リマークス:李 成市 (早稲田大学教授)
オーガナイザー:十重田 裕一 (早稲田大学教授)

主催:スーパーグローバル大学創成支援事業 国際日本学拠点
早稲田大学総合人文科学研究センター
角田柳作記念国際日本学研究所

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/inst/research/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる