AI予測による5Gマルチキャスト放送の安定化
配線工事が不要なラストワンマイルの提供
ポイント
- ローカル5Gを使った新しいテレビ配信技術:光ファイバーへの置き換えが困難な古い集合住宅でも、ローカル5Gの電波によって高画質テレビを多くの家庭に配信できる技術を開発しました。
- AIで「映像の止まり」を未然に防ぐ:従来の5G通信で一斉送信を行うと映像が止まりやすかったのに対し、本研究のAIは0.1秒先の電波状況を予測し、映像が途切れないように自動で送信方法を調整します。
- スマートフォン上でリアルタイム動作:実際の5Gネットワークで検証した結果、映像を安定再生できる割合を高く保ちながら、一般的なスマートフォン上で試作アプリがリアルタイム動作することを確認しました。
- 地域の「情報格差」解消に貢献:配線工事が難しい地域でも高画質テレビや緊急放送を安定して届けることが可能となり、誰もが等しく放送サービスを受けられる社会の実現への貢献が期待されます。
概要
ケーブルテレビは全国テレビ放送や緊急情報を届ける重要なインフラですが、古い集合住宅では光ファイバーへの置き換えが費用・工事面で困難なケースが多くあります。そこで、5Gの電波を使って一度に多くの家庭へ映像を届ける「5G Multicast/Broadcast Services (5G MBS)※1」技術が注目されています。図1には、この5G MBS技術を用いたケーブルテレビへの移行イメージを示します。
早稲田大学の甲藤二郎教授らの研究グループは、NECネッツエスアイ株式会社との共同研究の中で、未来の電波状況をAIでリアルタイムに予測し、安定性を優先して映像の途切れを防ぐ軽量なモデルを開発しました。実際の5Gネットワークを用いた検証では、映像の途切れを抑え、安定した再生が可能であることが確認されています。本成果は2026年9月8日に米国で開催された国際学会「IEEE 104th Vehicular Technology Conference: VTC2026-Fall (IEEE VTC-Fall 2026)」で発表されました。

図1: ラストワンマイルにローカル5Gを用いたケーブルテレビへの移行イメージ
(1)これまでの研究で分かっていたこと
ケーブルテレビは全国生放送や緊急情報を届ける重要なインフラですが、古い集合住宅では光ファイバーへの置き換えがコスト・工事面で困難なケースがあります。そこで注目されているのが、5Gの電波を使って各家庭に映像を届ける「5G MBS」技術です。電波という限られた資源を効率よく活用できる点で、次世代ケーブルテレビの現実的な実現手段となりえます。
しかし、5G MBSのマルチキャスト放送(一斉送信)には大きな課題があります。通常のスマートフォン向けの5G通信は双方向のやり取りが可能で、データが届かなければ自動的に再送される仕組みを持っています。一方、マルチキャスト放送では、設定モードによって受信者からの返信チャネルがないため再送ができず、受信できなかったデータは永久に失われ、映像の停止やフレームドロップにつながります。
さらに、マルチキャスト放送では「どの変調方式や符号化率で信号を送るか」を定めるMCS(Modulation and Coding Scheme)※2の設定が非常に重要です。受信環境は受信者ごとに異なるため、全員が受信できる設定に抑えながら、できるだけ高画質を届けるバランスが求められます。設定が高過ぎると一部の視聴者で映像が止まり、低過ぎると全体の画質が低下します。また、受信環境は時々刻々に変化します。そのため、多様な受信環境の視聴者に対して、安定性と画質を両立するMCS制御技術が求められていました。
(2)新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
本研究は、通信の目的を「画質の最大化」から「映像の確実な伝送」に転換するものです。開発したAIモデルは、未来の映像受信について、5Gの28種類のMCSそれぞれで送信した場合にエラーなしで受信される確率を予測し0.1秒先の電波状況を推定することで、通信状態が悪化する前に適切な設定へ切り替えることを可能にしました。必要な信頼性を満たしながら最も高い画質を実現できる設定を自動的に選択します。
本モデルの特徴は4点あります。第一に、すべての送信設定に対して成功確率を出力するため、画質と映像停止リスクのバランスを柔軟に調整できます。第二に、「楽観的すぎる予測」を特に厳しく罰する独自の学習方法を採用しており、映像停止(過剰設定の結果)をできる限り回避する設計になっています。第三に、実際の商用5Gネットワークから0.5ミリ秒間隔で収集した約2600万件のデータを学習に利用しており、従来の粗いデータでは捉えられなかった瞬時の電波変動にも対応可能となりました。第四に、スマートフォンがもともと収集している測定値だけを入力とし、モデルサイズを小さくすることで、一般のスマートフォン上でリアルタイム動作を実現しています。
実際の5Gネットワークデータを用いた検証では、提案モデルは映像セグメントの約87%でエラーなしに届けられる設定を正しく選択しました。一方、画質優先の従来手法では約32%にとどまり、楽観的な予測を抑制することにより、映像停止のリスクを削減できることを確認しました。さらに処理速度の面では、2020年以降のスマートフォン用チップで0.07ミリ秒未満、最新チップでは0.03ミリ秒以下で動作しており、本手法は視聴者が認識できる遅延を一切生じさせないことを確認しています。図2には本技術の構成図を示します。

図2: 本技術で提案するAI予測の構成図
(3)研究の波及効果や社会的影響
本研究により、新たな配線工事を行うこと無く、ローカル5G経由での高画質テレビの安定配信が現実的となり、光回線が届かない地域でもケーブルテレビサービスの高度化やデジタルデバイドの解消に貢献できます。また、本手法で実施するMCS毎の受信成功確率の計算は、モデルを再学習することなく、エラー耐性や低遅延制御など、異なる用途への応用が可能です。モデルが小型で安価に実装できることから、受信機のコスト削減にも寄与し、誰もが手の届く価格での普及が期待されます。
(4)課題、今後の展望
本研究の成果はテレビ放送にとどまらず、衛星通信や自動運転・産業システムなど、データを再送できない放送型の無線通信全般に応用できる汎用的な技術です。また、AIが通信の意思決定を担う次世代の「AIネイティブ」無線通信の実践的な事例としても位置づけられ、放送と通信を一つの無線基盤に統合するという目標に向けた重要な一歩になり得ます。
(5)研究者のコメント
ローカル5Gに割り当てられた周波数帯は、これまで大企業の利用が中心で、一般市民が直接恩恵を受けるサービスは限られていました。本研究は、有線インフラの整備が難しい地域でもケーブルテレビサービスを届けることで、この現状に一石を投じるものです。ローカル5Gが社会課題の解決や公益に資する形で幅広く活用されるきっかけとなることを期待しています。
(6)用語解説
※1 5G Multicast/Broadcast Services (5G MBS)
一つの送信で多数の家庭に同じ映像を同時配信する5Gの機能。電波を効率よく使えるため、ケーブルテレビの無線版として期待されている。
※2 MCS (Modulation and Coding Scheme)
無線信号に一度にどれだけのデータを乗せるかを決める送信設定。高くすると高画質になるが受信しにくくなり、低くすると安定するが画質が落ちる。
※3 UE (User Equipment)
5Gネットワークとの間で無線信号を送受信する端末で、インターネットのようなデータ通信用途ではPCなどに接続され、ケーブルテレビ放送の視聴用途ではSTBに接続される。
※4 STB (Set Top Box)
ケーブルテレビ局からの放送信号を受信・復号してテレビに映像を出力する端末。チャンネル選局やVOD視聴など、放送サービス用のインターフェースとして機能する。
(7)研究発表
発表媒体名:The 2026 IEEE 104th Vehicular Technology Conference (VTC2026-Fall)
論文名:Transformer-Based MCS Prediction for 5G Multicast-Broadcast Services (MBS)
発表者名(所属機関名):Kasidis Arunruangsirilert and Jiro Katto (Waseda University)
発表日(現地時間):2026年9月8日14時(米国東部夏時間)
(8)キーワード
AI、次世代ケーブルテレビ、5Gマルチキャスト放送、ローカル5G、デジタルデバイド解消
(9)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)
研究費名:総務省 電波資源拡大のための研究開発
研究課題名:IPマルチキャスト放送の無線伝送に向けた周波数有効利用技術の研究開発
研究代表者名(所属機関名):有川洋平(NECネッツエスアイ株式会社)
研究費名:科学技術振興機構(JST)情報通信科学・イノベーション基盤創出(CRONOS)
研究課題名:学習型符号化と生成AIの統合による生成型通信(課題番号:JPMJCS25N2)
研究代表者名(所属機関名):甲藤二郎(早稲田大学)






