2022年12月16日、本学の特例子会社である株式会社早稲田大学ポラリス(以下、ポラリス)の社員5名をゲストに、社会科学総合学術院の寺尾範野准教授(「比較近代社会思想2」担当)をファシリテーターに招き、公開講座をオンラインにて開催しました。本学学生・教職員総勢68名の方々にご参加いただきました。
前半では、ポラリスの事業概要説明、業務内容紹介動画の視聴の後、障がいのあるスタッフ3名それぞれから自身の経歴や業務への取組み方、日常生活などが語られました。
後半では、質疑応答が活発に行われ、「障がい者と社会との共生のあり方や社会的意義」を身近なこととして考える機会となりました。講座終了後、参加された方々からは、様々な視点でのコメントが寄せられました。
株式会社早稲田大学ポラリスの事業概要説明
<会社概要>
ポラリスは、早稲田大学の障がい者雇用の取組みを促進する特例子会社として2007年に設立されました。大学を母体とする特例子会社としては、先駆的な存在です。社名の「ポラリス」とは「北極星」を指す言葉で、北斗七星(おおぐま座)に似た「こぐま座」を構成しています。スタッフ、社員それぞれが星のように輝き、同時に集合体として美しい星座を形成していく姿をイメージして、2020年1月に社名変更しました(旧社名はWUサービス)。
<スタッフ概要>
現在、主に知的障がいのあるスタッフが28名、スタッフをサポートする社員が8名在籍しています。通勤エリアは「東京都」が8割、生活拠点は「家族と同居」が6割、「特別支援学校での実習を経て新卒で入社した人」が約半数を占めています。採用前に数回の実習、入社後は業務や研修をとおして教育を行い、個々の成長を促しています。各人の障がい特性に応じた配置、また苦手な部分をカバーする仕組みを作ることで一定のクオリティを保っています。
<業務概要>
設立当初は、親会社である(株)早稲田大学プロパティマネジメントが管轄している清掃業務のうち、危険度や難易度の比較的低い掃き掃除とゴミ回収を担当していましたが、室内清掃、事務補助、文書受付、乾電池処理と順調に担当領域が拡がり、2020年秋からは大学のSDGs取組みの一環として「ボトル to ボトル」(ペットボトルリサイクル業務)も行うようになりました。
障がいのあるスタッフは、大学運営に関わるさまざまな場面で、環境整備や事務処理に携わっています。キャンパス内でオレンジ色のユニフォームを見かけた際には、彼らの存在や日々の働きについて思い出していただけたらと思います。「おはようございます」「お疲れさま」「ありがとう」など一声かけていただけるだけで大きな励みとなります。返事が苦手な人もいますが、その場合は「そういう特性の人もいるのだな」と温かくご理解いただければ幸いです。
続いて、動画を用いて、スタッフによる屋内外清掃、再生ペットボトル処理、書類封入作業、郵便物仕分けの様子が紹介されました。さらに、スタッフ3名によるスピーチ、伴マネージャーによるコメントが添えられました。
入社して13年目です。中学2年生で東京に引越し、高校から3年間特別支援学校に通いました。
文書受付では、学内郵便物の仕分けと出発便の準備、学内書留を担当しています。毎日の作業では、郵便物や学内便がきちんと届くよう宛先や先生の名前を確認しています。事務所の場所の変更や新しい先生の名前を覚えるのが大変なので、メモ帳に書いて何回も見直しています。難しいのは海外からの郵便物にある、英語の学部の名前です。社員の方が作ってくれた日本語と英語の表を覚えて読めるようになってきました。新しい仕事を教えてもらってできるようになった時、やりがいを感じます。PC入力では、カレンダー、毎月の係表、事務補助チームの作業スケジュールを作成しています。日報、アンケートの入力もします。母からは「PC入力ができるようによく頑張ったね」と褒められました。自分でも、色々な仕事をできるようになったと思います。事務補助では、ピッキング、計量、封入・封止め、バーコード貼りなどを行っています。
卒業した特別支援学校から実習生が来たら、文書受付の簡単な仕事から教えてあげたいです。会社で注意を受けてきたことには一つ一つ取り組んでいます。まだクリアできていないこともあるので、頑張っていきたいです。
入社5年目から、家を離れて福祉ホームやグループホームで生活しています。自分のお金や洋服の管理、薬のセットもできるようになりました。仕事から帰ったら、マンガやCD、テレビのニュースやお笑い番組、音楽番組、競馬の動画を見ます。休みには家族で旅行に行ったり、地域の支援機関の交流会イベントに時々参加したりしています。今興味があるのは、競馬とカラオケと東京ディズニーランドです。馬を見るのが好きで、以前は乗馬クラブで毎月馬に乗っていました。ディズニーランドに行けるように貯金をしています。これからも自分の好きなことを楽しめるように、仕事を頑張っていきたいと思います。
<伴マネージャーのコメント> 入社以降幅広い作業を習得してきたオールマイティ的存在です。持ち味である人・仕事・物事への強い関心や、やってみたいという意欲が原動力になり、入社時未経験だったPC入力、エクセルでの作表、漢字や英語の読みなど次々に習得し、上達してきました。業務としても替えの利かない方となっています。これからも成長を見せてほしいです。 |
T.Uさん(主な業務:室内清掃、再生ペットボトル処理、事務補助)
入社して4年目です。体が丈夫で、小学校5年生から高校3年生の8年間は皆勤、体育祭ではリレーの選手でした。職業の授業実習では、封入、ラベル貼り、封かんの作業をしました。高校卒業後、近所のハローワークで、スタンプ押し、シュレッダー、パソコン入力など3年間働いた後、ポラリスの実習で掃き掃除や室内清掃を習いました。ポラリスに入社できた時は、皆が歓迎してくれて嬉しかったです。家族は、私がポラリスの一員として働いていることをとても喜んでいます。先輩方のようにしっかり働き続けられるようになりたいと思います。
室内清掃では、学生会館のトイレの洗面、給湯、ホワイトボードの拭き、廊下のモップ、ハンドバキュームを担当しています。ペットボトル再生作業では、キャップ外し、ラベル剥し、ボトルすすぎを担当しています。事務補助では、数え、計量、ピッキング、封入、ラベル貼り、学内便封筒作り、梱包、アンケート入力などを担当しています。10月には初めて高等学院に出張しました。新しい仕事を覚える時は、メモを取ったりマニュアルを見たりわからないことを質問したりします。資料の数が合わない時にはもう一度数え直します。毎日「今日も一日頑張ろう!」と思って仕事を開始します。できることを続け、新しいことにチャレンジしていきたい、学生さんが気持ちよく勉強できるようもっと丁寧に仕事をしたい、と思います。
昼休みには音楽を聴いたり動画を見たりしています。数字が好きで、素数計算やゲームもやります。プライベートでは、毎週土曜・日曜に父と10kmランニングをしていて、東京マラソン(10kmの部)にも2回出場しました。家では毎日風呂掃除、休みの日はトイレ掃除をします。買い物での荷物持ちや食器洗いなど、家での手伝いも会社での仕事に役立っていると思います。
最後に、早稲田大学が綺麗になるように頑張っているので、私達ポラリスのことも応援してください。
<伴マネージャーによるコメント> 入社前に就労経験があり、基本的な労働習慣や事務補助業務のスキルが身についていました。持ち前の真面目さと責任感に加え、運動習慣や自宅で様々な家事を日常的に行っていたことも相まり、しっかり業務を行い活躍してくれています。仕事に取組む姿勢から一生懸命さが伝わり自然と応援したくなる、周囲の支援を引出す力を持った方だと感じます。これからも長く頑張ってほしいです。 |
K.Yさん(主な業務:屋外清掃、ペットボトル再生処理、事務補助)
入社10年目です。何かを作ることが好きで高校2年で工房実習を経験し、清掃にも興味が出て高校3年でポラリスに実習に来ました。入社2年目に自宅を出て通勤寮に、さらに1年半後に今のグループホームに移りました。
屋外清掃では、キャンパスや大隈会館周辺の掃き掃除、植込の落ち葉や雑草取り、大隈庭園のゴミ回収を担当しています。朝の通用門傍では出勤する人や車が多いので、帚を人に当てないよう埃をたてないよう注意しながら作業しています。春先や秋から冬の落ち葉のシーズンは掃く所が多くなるので頑張り甲斐があります。毎日落ち葉や銀杏を綺麗に掃くことで、学生さんや教職員の方が通りやすくなっているのかな、と思います。感謝してもらえるよう日々努力しています。ペットボトル再生処理では、水のペットボトルはすすぐ必要がなくて他と区別するのですが、見分けられるようになるまで時間がかかりました。仕事で難しいと思うのは漢字の読み書きです。文書受付に所属していた時に漢字検定の勉強をしたので、だいぶ読めるようになりました。
入社当時は注意されると体調を崩して休む事もありましたが、長く働くうちに、注意の内容や意味を理解し、相手の話を落ち着いて聞けるようになりました。家族や支援者からも「我慢強くなった」と言われます。実習生や後輩に教える立場なので、注意の仕方がきつくならないよう気を付けています。分かりやすい教え方を工夫していきたいと思います。
仕事の後は、先輩スタッフとお茶することもあります。自転車が趣味で、貯めた給料でロードバイクを買い、1日150~200km位のロングライドやヒルクライムを楽しんでいます。「Mt富士ヒルクライム」「ツールドちば」にも参加しました。自転車レース参加を通して社外の友人ができて、一緒に練習したりして楽しい時間を過ごしています。
入社後の10年はあっという間でした。今後も仕事と趣味を両立していきたい、できることを増やして新しいことにもどんどんチャレンジしていきたい、と思っています。
<伴マネージャーによるコメント> 入社後徐々に体力がつき、仕事を頑張れている自分を実感して、自信を持てるようになってきたようです。通勤寮やグループホームでの生活で、生活面・精神面での自立のプロセスが進んだようにも思っています。新しいスタッフや実習生の人に教える役割も果たせるようになってきました。これからも「ワークライフバランス」を実践して頑張ってほしいと期待しています。 |
質疑応答(抜粋)
Q:障がいの特性による作業の分担はどのように行っていますか。
A:採用前の実習で様々な種類の作業を体験していただきます。その中で体力や器用さなど適性を見て、向いている作業を考え、配置していきます。入社後のトレーニングで習得の度合いを確認し、他の作業に代わることもあります。特性を生かしつつ、作業ごとに必要な人数との兼ね合いなども見て総合的に判断し、適材適所となるようにしています。
Q:スタッフ間での関わり方やコミュニケーションはどのような状況ですか。先輩スタッフが後輩スタッフに仕事を教える役割を果たせるようになることが一つの目標ということでしょうか。
A:スタッフ間での関わり方は、実は時々難しい面があります。ある程度経験や理解のある方が新入社員や後輩に教える役割を果たせるようになることは望ましい一つの形かと思います。大体のコミュニケーションは任せていますが、片方が負担に感じていたり、言い方が過ぎるような場合は双方と話をし、調整することもあります。
Q:障がいがある方は突然仕事ができない状態になってしまうこともあるのではないかと感じたのですが、いかがですか。その場合どのような対応をしていますか。
A:実習では体力に加え、内面的な安定性も含めて様子を見ています。一人が複数の作業に入るので、変更の多い職場であることをお伝えした上で体験していただき、体力的にも気持ちの点でも十分付いていけるか、チャレンジできそうかどうかを会社、当人の双方で確認しています。不調を示すサインは色々ありますので、早めに気づいて本人・周りの支援者の方と情報を共有しながら原因を確認し、安定して仕事が続けられるようサポートしています。
Q:障がいのある方と共に働く健常者として求められる専門性や資質はありますか。障がいのある方と一緒に働く際に特に心がけていることがあればお聞きしたいです。
A:障がい特性にどういうものがあるか、どういう背景があるかということは知識として知っておく必要があると思います。働く場所ですので、障がいのある方への教え方・サポートの仕方には一定のスキルが求められます。もともと福祉の資格や経験を持っている社員もいますが、そうではない方でも入社後にジョブコーチの養成講座を受けてもらうことでスキルを身に付けてもらっています。
A:障がいのあるスタッフだけで作業できるというのが理想と考えて、健常者である社員がやってしまうことは極力控えます。初めての作業を取り入れる際にはサポートが必要ですが、なるべく障がいのあるスタッフに段階的に移譲していけるように心がけています。
寺尾准教授による総括
本日ご参加の皆さんは、ポラリスの活動が早稲田大学というコミュニティの維持・発展にとってなくてはならないものであることを認識されたことと思います。共生社会(inclusive society)というのは、多様なニーズを持つ人びとの基本的人権が保障された上で、互いの個性を認めあいつつ、支えあう、そのような社会を指すと理解しております。そうした共生社会の実現に向けてとくに大事なことは、互いの違いを理解しあうということでしょう。障がいだけでなく、ジェンダーやセクシュアリティ、宗教、国籍、エスニシティ、多様な言語や文化の面で様々な特性をもった人びとが私たちの社会では共に暮らしております。そうした多様な人びとが、必要な配慮を受けながらお互いに支えあうことのできる、しなやかで持続可能な共生社会の実現にむけてこれから何が求められるかを、今日の公開講座をきっかけにぜひみなさまにも考え続けていただければ幸いです。
受講生の声(抜粋)
・障がいのある方が思っていたより多様な仕事についていることにまず驚かされました。自分の中で勝手に障がい者を枠に当てはめて考えていたことを反省しました。
・恥ずかしながらイベント開催のお知らせを見るまでポラリスの存在を存じ上げませんでしたが、実際にがんばって働いている方たちの姿を拝見し、自分自身やる気になりました。漢検の取得、英語の読み取りなど独自に努力されていることも知ることができて、感銘を受けました。学内でお会いしたらご挨拶させていただきます!
・障がい者雇用の歴史を鑑みると、大企業では形式的に法規制を遵守しているだけで、その実情は営業とは無関係の非生産的な業務に従事させているだけだったりすることもありますが、ポラリスでは障がいのある方を労働者として対等に尊重されていて、新しい平等や多様性のかたちを見た気がしました。
・障がいの特性に合わせた業務調整やトレーニング、スタッフそれぞれのやりがいと向上心とが組み合わさることで、仕事のパフォーマンスの高さが実現されているのだと思います。
・実際キャンパス掃きの作業を見て、とてもありがたいと感じていました。大学としても、障がい者の方々へ仕事をする場を提供していることは、ダイバーシティの観点からとても素晴らしいし、学生として誇らしく感じました。楽しく且つ向上心を持って仕事をされていて、ワークライフバランスがとても整っているのだろうと感心しました。
・「ポラリスで働いていることを家族が喜んでいる」という言葉に胸を打たれました。自分の力で生き生きと生きている姿は、ご家族にとってとても誇らしいものなのだろうと思いました。
・今後、現代社会にある、健常者障がい者などといった社会的な壁を取り払うためには、障がいのある方の社会的な自立や、健常者と呼ばれる方たちが障がい者雇用を当たり前に変えていくための理解が不可欠だと思いました。本日のお話は、社会的なバリアを取り除く第一歩の活動であり、非常に感銘をうけました。