水稲文化研究所
Waseda University Wet-Rice Culture Research Institute
【終了】2000~2011年度
研究テーマ
東アジアにおける水田農耕の基盤形成と文化に関する研究
研究概要
東アジアの水田農耕社会においては、その灌漑を指標とすると、中国の秦代に開始された国家的な管理のもとに行われるものと、インドネシア・バリ島に典型的に見られるように村落共同体の管理の下に行われるものがある。それぞれ国家形態にも、また文化的にも異なる様相を呈している。日本の場合には、国家形成に際して中国から大きな影響を受けたにもかかわらず、灌漑の国家的コントロールという点は受容しなかった。条里制水田を国家規模で展開させたが、灌漑設備については「私」に依存し、バリ島的共同体の水利管理的な方向にむかった点は大きな謎である。この謎を東アジア全体の視野から解明していく。
研究報告
※水稲文化研究所
2012年04月01日〜2017年03月31日までの活動に関してはこちら
http://www.kikou.waseda.ac.jp/WSD322_open.php?KenkyujoId=6J&kbn=0&KikoId=01
※水稲文化研究所
2000年12月01日〜2007年03月31日までの活動に関してはこちら
http://www.kikou.waseda.ac.jp/WSD322_open.php?KenkyujoId=D7&kbn=0&KikoId=01
2010年度
研究報告 8月にインドネシア・バリ州にて、19世紀までバリ島に君臨したゲルゲル王国の首都であるスマラプラの主要な水利施設であったスバック・グデ・スウェチャプラの調査をおこなった。水利事業が近代化される中で、このスバックは伝統的な灌漑方式を今に伝えているものとして貴重である。11月4日(木)、早稲田大学にてワークショップ「バリ島の農業と灌漑システムの歴史」を開催した。海老澤が趣旨説明を行った後、アナック・アグン・バグス・ウィラワン教授が講演「ゲルゲル王国とスバック・グデ・スウェチャプラ」を行った後、イ・グデ・プトゥ・ウィラワン教授が講演「バリ島農業とスバック」を行った。従来明らかにされていなかったバリ島の長い伝統を有する水利組織の歴史と現状が明らかとなった。これらの成果については、海老澤が代表を務める水稲文化研究所の刊行物『講座水稲文化研究 5』(2011年度刊行予定)に収録される。
2009年度開始した荘園研究について、科学研究費基盤研究B「備中国新見荘における総合的復原研究」(研究代表者海老澤衷)が採択され、6月21日に第1回のワークショップを開催し、今後の調査の進め方を検討した。計画時に構想した金石文調査と古代・近世遺跡史料調査については、合体して「寺院・神社・石造文化財の調査」として行うことにより、調査の能率と精度を高めることができることがわかり、これによって多くの成果を得ることができた。9月11日から13日にかけて、学外の研究分担者全員と多くの研究協力者の協業の下、以上の成果に関する中間的な確認調査を行った。こうして「多層荘園記録システム」の構築に向けて第一歩を踏み出すことができた。
2009年度
研究報告 2009度から国内の荘園総合復原調査を開始した。備中国新見荘(岡山県新見市周辺)をフィールドとして中世荘園の復原を目指す。備中国新見荘は研究対象として魅力があるため、これまでも多くの研究者が取り組んできた。しかし、全体的な復原は極めて困難である。方法として文献資料の精査と現地調査の実施という二方面からのアプローチがあるが、新見荘の場合、文献資料が厖大に存在し、また現地も広大である。そのため、今回の研究では、鎌倉時代の地頭方所領に限定して行った。
文献資料に関しては最も基本となる東寺百合文書中の「備中国新見荘東方地頭方山里畠実検取帳」(ク函13、14、15)と「備中国新見荘地頭方東方畠地実検名寄帳」(ク函18)の原本の精査を京都府立総合資料館において行った。前者については、13・14が原本に近く、15はその案文であることがわかったが、13・14は欠失分があり、15により補わざるを得ない部分があることが判明した。後者は現在重厚な巻子本となっているが、山折りと谷折りの跡があり、山折り部分に文字が重なることがなく、谷折りと紙継ぎ目には頻繁に文字が重なることから、もとは折本または旋風葉仕立てであったと考えられる。これらの成果については、『鎌倉遺文研究』23号・25号の「『鎌倉遺文』未収録「東寺百合文書」」参照のこと。
現地調査に関しては、大学院ゼミの一環として実施することができた。幸いにも、1980年代に、東京大学史学会シンポジウムで詳細な報告を行った竹本豊重氏がご健在であっため、多くの知見を得ることができた。ほぼ、検注順路に沿って踏査したが、調査期間が短時日であったため、概要は把握できたものの、細部の調査については今後に期待しなければならない。従来、高梁川の下流沿いにわずかに存在する平地部分の研究が進められていたが、奥村の山間地域に広がる所領にも関心を向けるべきことが明らかとなった。
2008年度
研究報告 2008年9月に『講座水稲文化研究? バリ島研究の新たな展開』(A4判、118頁)を刊行することができた。これはインドネシア・ウダヤナ大学の協力を得て、2002年より進めている研究のうち、『講座水稲文化研究? バリ島の水稲文化と儀礼−カランガスム県バサンアラス村を中心として−』(2006年3月刊)に続く成果である。
バリ島は1920年代以降、「神々の島」、「最後の楽園」というイメージが付与され、実体的な研究もこれを裏切ることなく展開されて今日に及んでいる。しかし、イメージの前提となったバリ島の農村には第三次産業への傾斜による過疎化、灌漑組織スバックの崩壊、生産基盤であった棚田の消滅など様々な危機が迫っている。この報告書で示した「研究の新たな展開」とは、このような危機を背景にした現地の状況を調査し、その打開に向けて一歩を踏み出そうとするものであることを意味する。『講座水稲文化研究?』に掲載したウダヤナ大学ピタナ教授の「見捨てられた財産−バリ島の棚田と灌漑組織の現状」に応えるべく努力した結果の一部を示し得たといえよう。報告書論文のなかには、棚田景観保全のモデルとして世界遺産への登録が検討されているタバナン県ジャテルイ村の村落的な状況をまとめたものもあり、今後のユネスコの登録作業においても基礎資料となるものであろう。
2007年度
研究報告本年度においては、主に(1)京都近郊桂川の調査、(2)バリ島におけるアユン川およびジャテルイの調査が上げられる。このうち、(1)については、?東寺百合文書などの古文書調査、?現地調査による葛野大堰などの古代から現代に至る実態調査、?委託による空中写真に基づくデジタル画像の作成などを進めた。?は東寺領上桂荘に関して、大学院海老澤ゼミにて上島有編『山城国上桂史料』上・中・下と東寺百合文書写真により精確な資料調査を行い、多くの知見を得た。?は中世の桂川用水差図や山城国松尾社境内絵図などにより、京大名誉教授大山喬平氏の助力を得て現地調査を行い、成果を得た。?は1970年代の正射投影写真を3次元ビュアーで地形表現ができるよう3次元モデリングを構築したものであり、これにより?及び?の調査を現代の状況に立体的に反映して考察することができた。(2)では、バリ島3地域における「水稲文化と儀礼」の比較研究、報酬主導による持続型社会モデルの研究、バリ島稲作社会の民族考古学調査などをおこなった。科研基盤研究A「東アジア村落における水稲文化の儀礼と景観」(研究代表者海老澤)の最終年にあたり、報告書(A4版541頁)を刊行した。
所長
海老澤 衷[えびさわ ただし](文学学術院教授)
メンバー
研究所員
紙屋 敦之(文学学術院教授)
高橋 龍三郎(文学学術院教授)
和田 修(文学学術院准教授)
新川 登亀男(文学学術院教授)
西村 正雄(文学学術院教授)
堀口 健治(政治経済学術院教授)
松澤 徹(早稲田大学高等学院教諭)
久保 健一郎(文学学術院教授)
岡内 三眞(文学学術院教授)
鶴見 太郎(文学学術院教授)
海老澤 衷(文学学術院教授)
高木 徳郎(教育・総合科学学術院准教授)
客員教員(非常勤)・非常勤研究員
河合 徳枝(客員教授/国際科学振興財団主任研究員)
招聘研究員
服部 英雄(九州大学大学院比較社会文化研究科教授)
八木 玲子(国立精神・神経センター流動研究員)
連絡先
文学学術院海老澤衷研究室
研究所コンタクト先:
E-mail:[email protected]