【現代語訳】山梨日日新聞 明治 44(1911)年8月29日付け
【第5回】米国野球界の印象

1911 年に打率.420 で首位打者となったタイ・カッブ(デトロイト・タイガース)【写真:ウ ィキペディアコモンズ】
プロ野球選手の獲得方法
各野球団の選手というのは、日本の力士のようにアメリカ全土から探し出してくる。力士は体格さえ良ければすぐに採用されるが、野球は体格だけでは通用しない。もちろん地方でプレーしている中から、将来有望な者を連れてくるのである。
各チームの支配人(オーナー)は、この選手を獲得することに毎日必死である。また、力士が地方から東京へ出てきて相撲部屋に入門するのと同じように、野球選手の獲得もただではない。つまり支配人が地方に行って選手を連れて来る際には、実に巨額のお金を支払って「買ってくる」のであり、それだけでなく、その後も引き続き高額な月給を与える。したがって支配人が許可しなければ、選手は自由に他のチームに移籍することはできない。
選手の給料と生活
選手の月給の財源は試合の入場料である。アメリカの野球観戦は日本の相撲より大規模なもので、観客席の最大のものはニューヨークにあり、優に5万人を収容することができるそうだ。その他の球場でも、少なくとも2、3万人は収容することができる。
入場料収入は全額を各野球団が受け取り、さらにその選手に給料として分配する。選手の給料(※1)は、まず2千ドル【日本円で4千円】以上、1万5千ドル【3万円】くらいが上限である。半年間に之だけ取るんだから大きい。特に選手たちは11月頃から冬の間は他の仕事(教員など)をするので、そこからも収入がある。加えて毎日試合をして各地を旅行する費用は全て球団が負担するので、選手は一銭も使わずに立派なホテルに泊まり、贅沢三昧をしている。
熱狂的なファンたちとシーズンチケット
従って観客の中にも、一年中(つまり試合シーズンの間)、観客席を買い切っておいて、いかなる時でも球場に出かけて行くような熱心なファンや裕福なファンもいるのである。
普通の入場料は25セント(日本円で50銭)から1ドル【2円】くらいで、やはり人気カード(好取組)の時は観客が多い。この観客たちの中には、相撲と同じく贔屓贔屓があって互いに応援し合う。各力士に贔屓があるように各選手にも贔屓があり、東京相撲に贔屓があるように各野球団にも贔屓がある。
メジャーリーグとマイナーリーグの仕組み
以上のことは主に第一流(※2)のプロ野球についてだが、この他にもまだ第二流、第三流のプロ野球がある。言わば大阪相撲や田舎相撲のようなものである。
もちろん全てのやり方は第一流と何ら変わったことはない。ただし第二流以下に上手な選手がいて、第一流の野球団がその選手を欲しいと要求した場合には、引き渡さなければならない規則になっている。
これら第一流の野球団は比較的大都市にある。例えば、ニューヨーク、シカゴ、ボストン、フィラデルフィアなどである。第二流はこれとは逆に、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ポートランド、中部地方では、インディアナポリス、ミネアポリス、セントポールなどの小都市にあるのが普通である。
大学野球――コーチの絶対的権限
アメリカにおいては、大学もまたことごとく立派な野球チームを持っている。もちろんその技術においても、運営方法においてもプロとは違う。
大学には必ず運動部の部長がいて、全ての運動競技に対して統括的役割を務めている。特に野球部には野球の頭脳もあり、技術も優れている。コーチというものを置いて、選手の選抜からその他全ての事柄を取り仕切る。つまり、チームの全ての権限はコーチが握っているのである。またチームの強さ弱さは、全てコーチの責任である。
大学の威信をかけた野球――施設の充実
各大学が競って優秀なコーチを獲得しようと努力しているのは、まさにこのためである。実際、アメリカでは運動部、特に野球やフットボールが盛んな大学は、大学全体としても栄えているものである(※3)。
だから各大学も率先して野球を強くしたいと望み、その奨励には全力を尽くしている。したがって運動場の広大さ、設備の完璧さは、実に驚嘆の外はないほどである。

握手を交わす早大野球部員とシカゴ大野球部員(写真:Hanna Holborn Gray Special Collections Research Center, University of Chicago Library)
【補足説明】
※1)当時のレートは1ドル=約2円。当時の日本の小学校教員の初任給は月給約20円程度。年収240円として比較すると、アメリカのプロ野球選手の給与は極めて高額だった。現代の小学校教員の初任給を月額約30万円とすると、当時の1円は現代の1万5000円程度の価値となり、選手年俸は6000万円~4億5000万円程度と計算できる。
※2)
第一流:メジャーリーグ(アメリカンリーグとナショナルリーグ)
第二流:第三流:マイナーリーグなど。様々なレベルがあった。
2011年のワールドシリーズは、フィラデルフィア・アスレチックス(ア)がニューヨーク・ジャイアンツ(ナ)を4勝2敗で破り、2年連続のワールドチャンピオンとなった。また通算511勝を挙げたサイ・ヤングがこの年、引退した。
※3)野球やフットボールなどスポーツが強い大学は、大学全体の評判も上がった。大学は莫大な資金を投じて運動施設を整備していた。
【原文】山梨日日新聞 明治四十四年八月廿九日付け
米國野球界の印象(五) 早大野球選手 三神五朗
各野球團の選手なる者は日本の力士の樣に米國全土から探し出して來るのである。力士は体格さへよければすぐ採用されるが野球は体格ばかりでは行くものではない。勿論地方でやつてゐる中から將来有望な者を連れてくるのである。
各チームの支配人は之選手を引張る事に毎日一生懸命である。又力士の樣に地方から東京へ出て來て部屋入をするにしても只ではない即ち支配人が地方に行つて選手を連れて來るのは實に巨額の金を支拂つて買つて來るので、それのみならず將来引續ひて多額の月給を與へる。従つて支配人が許さなければ選手は任意に他チームに轉する事は出來ぬ。選手の月給の出所は試合の入塲料である。
米國の野球見物は日本の角力より大仕掛けなもので、見物臺の最大なるものは紐育にある者、優に五萬人を容るる事が出來るそうだ。其他少くも二、三萬人は容る事が出來る。入塲料は全部リーグで取って各野球團に分配し各野球團は更にその選手に分配支拂をする、一寸半年間に之丈取るんだから大きい。選手の給料は先づ二千弗【四千圓以上一萬五千弗【三萬圓】止りである。殊に選手は十一月頃から冬の中は他の教員をやるので之からも収入がある。加之毎日試合をして諸所旅行する費用等は皆各野球團から出るので選手は全く一文要らずで立派なホテルに泊り贅澤三昧をしている。
従つて見物人にも一年中即ち試合のある間は見物席を買ひ切つて置き如何なる時でも出掛けて行く樣な熱心家贅澤家もあるのである。普通入塲料は二十五仙(五十銭)乃至一弗【二圓】位で矢張好取組の時は見物人は多い。此見物人中の角力と同じく贔屓贔屓があつて互に應援する。各力士贔屓がある樣に、各選手にも贔屓があり東京角力に贔屓がある樣に各野球團の贔屓がある。
以上の事は主として第一流野球商賣人に就てであるが、此外にも未だ第二流第三流の商賣人がある言はば大阪角力田舎角力である。勿論凡てのやり方は第一流と何等變つた事はない。只第二流以下に上手な選手があり、第一流の野球團から之選手を要求したる塲合には引渡すべき規則につてゐる。之等第一流の野球團は比較的大都市にある。例へば、紐育市俄古ボストンフイラデルヒヤの如きもので、第二流は之に反して桑港ロスアンゼルス、ポートランド、中部では、インデアナポリス、ミネヤポリスセントポール等の小都市に在るを常とする。
米國に於ては、大學の亦悉く相當なる野球團を有してゐる。勿論その技倆に於ても、やり方に於ても商賣人とは違ふ。大學には必ず運動部の部長があつて總ての運動に對し種々奨励の役を勤めてゐる。殊に野球部には野球の頭脳もあり、技倆も秀れてゐコーチと云ふものを置いて選手の撰定から其他萬事を掌る。即ちチームの全権はコーチの手中にあるのである。またチームの强弱は全然コーチたる人の責任である。各大學が競つて良コーチを得んと努めつつある所以は實に にある。實際米國では運動部殊に野球蹴球の盛んなる大學は大學として盛んなものである。故に各大學も卒先して野球の强きを望み之が奬勵には全力を蓋してゐる。従つて運動塲の廣大なる設備の完全なる實に驚嘆の外はない程である。
※原文ママ




