世界一とは、自分だけのためじゃない。ア式で磨くデフサッカーと山田遥大の覚悟
【2026.07.30早稲田スポーツ】記事:本多鼓瑚 写真:ア式蹴球部提供

ボールを運ぶ山田
デフサッカーで世界一を獲る。彼の言葉に迷いはなかった。世界一とは先天性の聴覚障害を抱えている山田遥大(スポ2=茨城・東洋大牛久)にとって、ただ頂点を目指すことではない。自分の人生を肯定し、支えてくれた人たちへの恩返しと、同じ境遇にある誰かの希望になるための挑戦だ。夢の実現のため、より高いレベルを求めア式に入部し、仲間に支えられながら世界との差を埋め続けている。その挑戦の先に見据えるのは、世界一という称号だけではない。
山田遥は生まれつき耳が聞こえなかった。2歳の頃にそのことが判明し、補聴器を着けて生活するようになった。当時は言語能力も十分ではなく、日本語を発話することも難しく、発音をからかわれ、傷付くことも少なくなかった。
サッカーとの出会いは、そんな頃だった。ボールを蹴るのに言葉はいらない。その魅力に引き込まれ、夢中でボールを追いかけた。そんな山田遥がひたむきにボールへ向き合う姿を見て、父は何度も一緒にボールを蹴ろうと誘ってくれてますますサッカーを好きになっていく。
チームに所属してサッカーをしたいという思いがあったものの、ボールが頭部に当たる危険性を理由に医師の許可が下りず、ようやく中学2年生の夏にようやくピッチに立つことができた。
そんな山田遥がデフサッカーを始めたのは高校1年生の頃。ルールは変わらないけど、補聴器を外してプレーするということを知り興味を持った。それまで補聴器を着けながらサッカーをしていた山田遥にとって、補聴器を外してプレーすることに不安を感じながらも、デフサッカーという競技が山田遥の挑戦意欲を掻き立てた。
高校2年時に出場したデフサッカー全国大会では、チームを3位に導き、自身も優秀選手賞を受賞。その卓越したプレーから、周囲からは「天才」と評される存在となった。
そして高校3年時、ある決意を固める。デフサッカー日本代表のワールドカップ決勝をテレビで観戦した時だった。あと一歩のところで世界一を逃した日本代表の姿を目の当たりにし、「俺が絶対に日本代表を世界一にする」と強く心に誓った。

プレー中の山田
【男子サッカー特集】
世界一とは、自分だけのためじゃない。
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— 早稲田スポーツ新聞会 (@waseda_sports) July 30, 2026




