武漢大学海外学術週・法学サブフォーラム
【主 催】武漢大学
【共 催】早稲田大学大学院法学研究科、早稲田大学大学院法務研究科、早稲田大学比較法研究所、知的財産法制研究所(RCLIP)
【日 時】2024年8月6日(火)13時00分~17時20分
【場 所】早稲田大学14号館8階801教室
【報告者】馮果(武漢大学教授、人文社科研究院院長、元法学院院長)、蔡穎(武漢大学副教授)、秦天宝(武漢大学教授、法学院院長)、謝晴川(武漢大学副教授)
参加者:13名(うち学生6名)
[概要]
早稲田大学にて武漢大学海外学術週・法学サブフォーラムが開催されました。今回のサブフォーラムでは、武漢大学社会科学分野の先生方が来日し、各分野における中国の最近の動向について報告・議論が行われました。
[内容]
第一報告では、武漢大学の蔡穎准教授が「中国刑法における国民の個人情報の保護」をテーマとする報告を行いました。蔡准教授は、インフォームド・コンセント(知情同意)は個人情報保護領域における重要な原則であるが、その違法性阻却事由の正当性が近時中国で問われていると述べました。この問題に対し、蔡准教授は、個人情報侵害罪の性質を分析することからアプローチし、個人情報侵害罪の保護法益は個人の「匿名性」として、その罪を自然犯の一つとしました。その場合、個人によるインフォームド・コンセントは正当な違法性阻却事由と位置づけられるとの考えを示しました。また、ビックデータなどの発展による変化に対応するために、蔡准教授は中国の判例にも言及しつつ、解決策として推定的同意を活用することを論じました。
早稲田大学の仲道祐樹教授は、蔡穎准教授の報告に対してコメントを行いました。仲道教授は、個人情報保護と刑法の関係について日中共同の課題として、「匿名性」の分析が日本法にとっても有益な視点であると述べたうえで、推定的同意と「正当な理由」の判断に関する日中の相異について問題を提起しました。
第二報告では武漢大学の秦天宝教授は「中国における二重社会変革と環境法の展開」を題して報告を行いました。秦教授は、先進国はすでに農業社会から工業、そしてポスト工業社会の変革を経験したのに対し、中国はその発展に社会の二重転化を一気に成し遂げる必要があると指摘しました。そこでは、環境法との関係で、地域発展の不均衡と社会変革という2つの課題が存在するとし、これらの問題を解決するために、環境管轄の独自の区画と各省の「横関係」の構築を論じました。
秦天宝教授の報告に対し、早稲田大学の黒川哲志教授と大塚直教授がそれぞれコメントをしました。黒川教授は、日本における環境法の発展を紹介したうえで、中国における環境法の問題関心の変化について論点を整理しました。大塚教授は、中国における生態保護補償制度について質問をしました。秦教授は、現在中国における電気自動車の普及を例として環境保護の重心移転を説明したうえで、生態保護補償制度について南水北調を挙げて具体的な施行方法を示しました。
第三報告では武漢大学の謝晴川准教授が「AI技術応用における中国の著作権制限規範の再構築」を題する報告を行いました。謝准教授はAI技術今後の発展が急速でほぼ予測不可能なので、立法と司法両方の働きが必要と指摘しています。その際、世界の潮流に応じて、現行法の柔軟な解釈が求められると述べました。その際、謝准教授は教育目的の権利制限規定にも触れつつ、日本法、台湾法とも比較しつつ、具体的に柔軟な解釈を論じました。
早稲田大学の上野達弘教授は謝晴川准教授の報告にコメントを行いました。上野教授は、AI技術の発展は日中の課題のみならず世界中で議論されているものであり、今後も議論が注目されるとしたうえで、この問題に関して、柔軟性のある規定が有する具体的妥当性と現行法のような限定列挙式の権利制限規定が有する明確性のバランスが問題となると指摘しました。
第四報告では武漢大学の馮果教授が、中国会社法の最新情報についての紹介を行いました。馮果教授によれば、中国の会社法は1993年の制定以来、複数回の改正を経て、特に企業の資本制度とガバナンス構造において大幅な改革が進行中であり、今回の改正では、企業の資本制度を調整し、有限責任会社や株式有限会社の出資制度を変更するとともに、コーポレート・ガバナンス体制も一新され、ガバナンスモデルの選択肢を広げ、監査役会の必要性や機能について再定義したことを紹介しました。これにより、企業の運営がより柔軟かつ効率的に行えるようになることが期待されると述べました。
これに対し、早稲田大学の大塚英明教授は、日本の会社法に関する長年の経験を基に、中国の会社法改革についてコメントを行い、中国の改革が市場と法の枠組み内でどのように機能するかに注目し、特にガバナンス構造の変化が持つ意義と挑戦についてコメントしました。
(文:上野達弘・比較法研究所研究所員)