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【開催報告】ハレ大学・早稲田大学ワークショップ「法治国家における刑罰のあり方」が開催されました

ハレ大学・早稲田大学ワークショップ「法治国家における刑罰のあり方」

日 時:2024年3月29日(金)15:00~18:30
場 所:早稲田大学8号館303会議室
主 催:早稲田大学比較法研究所
共 催:早稲田大学先端社会科学研究所、早稲田大学法学部
言 語:ドイツ語(通訳あり)
通 訳:仲道祐樹(早稲田大学社会科学総合学術院教授)
世話人:仲道祐樹
参加者:16名(うち学生3名)

 

2024年3月29日、早稲田大学比較法研究所は、ハレ大学よりヘニング・ロゼナウ教授、カリーナ・ドーネック先生(私講師)、キム・フィリップ・リノー先生(助手)、ヘニング・ローレンツ先生(助手)をお招きし、ワークショップ「法治国家における刑罰のあり方」を開催しました。最初に、岡田正則教授(比較法研究所所長)より開会の辞が述べられた後、仲道祐樹教授(早稲田大学社会科学総合学術院)より、本ワークショップの開催趣旨が説明されました。

基調講演「法治国家と刑事法」
ヘニング・ロゼナウ(ハレ大学教授)
通訳:仲道祐樹

仲道教授によると、「法治国家と刑事法」というテーマは、日本で刑事法を学ぶ者にとっては不案内であることが多い。そこで本ワークショップでは、最初にロゼナウ教授よりこのテーマに関して基調講演をいただくことで、このテーマを論じる「視点」を参加者に提供することとした。

ロゼナウ教授の講演内容は以下の通りです:

基調講演「気候保護の法的課題へのドイツ連邦司法省の取組」

「法治国家」とは、国家行動を制約し法というルールこれを服せしめる企てである。この企てを刑事法との関係で位置付けるなら、法治国家とは、刑罰に関する国家行動に制約を課すことで、市民の自由や権利を保障するよう働く。なぜ我々がこのような形で国家行動を制約する必要があるのか。ひとつには事実的側面がある。つまり、刑罰は市民の権利に非常に深く強い介入をするものであり、また、政敵の無害化などを目的とした国家による濫用が生じやすい。もうひとつには、ドクマーティクないし刑罰論の側面がある。国家による個人生活への刑事法上の介入は、他の形でなされる単なる基本権への介入と異なり、自由刑という、有罪判決を受けた人物に対して極めて重大な害悪を与える実践が、常に控えている。このような、強く深い介入をめぐる問題は、とりわけ対テロをめぐる「処罰の早期化」、またそこに見て取れる「刑法の警察法化」――即ち、本来「回顧的」なものである刑法が直接的予防の役割を担うようになり、刑法と警察法の役割が曖昧になること――において、先鋭に立ち上がっている。刑法と刑事手続を「法治国家」という理念に照らして評価することは、以上のような意味で必要であり、重要なのである。

「法治国家」とは何かについては、様々な異なる理解があり、すっきりとした定義が困難である。とはいえ、そうであるからといって、その本質が「法の支配」、つまり、恣意を排除し、公権力行使を法と正義に従わせることにあるという点には、間違いがないように思われる。また、はっきりとした定義がないからといって、このような概念ないし国家が存在しないというわけでもない。憲法の優位や、手続に従った立法、行政に対する法律の優位と法律の留保、独立した裁判所の存在、権力分立のような国家の構造的側面や、基本権による拘束、法的安定性と法的明確性、予見可能性と信頼保護、比例性、権利保護の有効性、憲法による統制可能性、国家に責任ある不法への国家の責任のような実質的側面を列挙していくことを通じて、ある国家が法治国家であるかどうか総合的に判断するための条件が、ある程度確からしい形で立ち上がってくると思われる。

基裁判所には、法治国家という理念による制約を刑事法が踏み越えていないかどうか判断する役割が課せられていると言える。欧州司法裁判所のような超国家的裁判所をこれに関与させることは、優れた先例を他の法秩序に対して示すという点でも、「自分の国は正しい」という思い上がりから国家を守るという点でも、重要な意義をもつ。当然、国内裁判所の関与も重要である。裁判所が上のような役割を適切に果たすためには、行政および立法との関係における裁判所の独立性、そして個々の裁判官の独立性が決定的に重要となる。国家行動への限界付けという法治国家の企ては時に政治的利益と衝突するため、政治による裁判所・裁判官への介入に対する防波堤が築かれなければならないからだ。

法治国家と刑事法の関係という以上のような問題は、刑事法がリスク社会において「安全」を求める世論にどのように応えるべきかという問題と密接に関連している。法治国家の理念は、国家行動を限界付けることによって個人の自由を保障するものであるが、テロ対策や治安維持の文脈で、市民の「安全」を高めるために自由の制約を歓迎するような政治の動き――ないしギュンター・ヤコブスの「敵味方刑法」への注目――が見られる。安全を口実に、刑罰をめぐる国家行動は、法治国家の鎖から解き放たれてしまうかもしれない。このような危険を直視しながら、法治国家と刑事法の関係についてさらに議論を深めなければならないだろう。

教授の基調講演の後、法治国家と「不法治国家」「法治国家でない」の区別の意味や、「正義」という概念の意味に関する質問、また、市民の権利の保護が安全のために自由を制約する可能性、原発事故への責任追及などについて質問がなされました。

 

指定討論

次に、「法治国家と刑事法」という本ワークショップのテーマに関連する論点をできるだけ多く上げていくことを目的として、ドイツより3名、日本より3名の研究者が「指定討論者」としてこのテーマに関する短い報告を行った。

カリーナ・ドーネック先生からは、特に昨今の環境活動家の行動を念頭に置きつつ、刑事法は市民的不服従の問題をどのように扱うべきかという問題や、DNA鑑定などの科学技術の発達によって過去に有罪とならなかった者が実は犯人であることが分かった場合の再審(いわゆる不利益再審)の問題について、論点提起がなされた。ヘニング・ローレンツ先生からは、罰金が完納できない者に対する代替自由刑の換算方法や執行方法について法治国家の観点からの疑問が提起された。キム・フィリップ・リノー先生からは、検察庁の地位権限に関する論点と、法治国家の理念は量刑をどのように規律するかをめぐる論点が提起された。

また日本側からは、先ず吉岡郁美講師(早稲田大学社会科学総合学術院)が、法治国家における行政の役割について特にAIの活用と関連づけて報告をした後、刑事制裁と行政制裁の関係や、テロ・災害などの緊急事態において求められる刑法・行政法による法的保護の在り方について、法治国家という観点から検討する必要がある旨を述べました。次に遠藤聡太准教授(早稲田大学法学学術院)より、サイバーセキュリティにおける不正アクセス問題やAI開発者の責任という問題を念頭に、刑法の文脈でソフトローにどのような役割を担わせてよいのか、その際に専門家の判断裁量をどのように統制するのかについて、法治国家の観点から考えなければならないという問題提起がなされました。最後に仲道祐樹教授からは、性犯罪について被害はあっても訴追には至っていないケースが少なくないのではという見立てを念頭に、法治国家という理念は時に検察に積極的に起訴をするよう要請することがあり得るかもしれず、この点で起訴便宜主義を再検討すべき余地があり得るという問題提起がありました。

指定討論者による報告の終了後、全体でディスカッションがなされました。ここでロゼナウ教授より、裁判官の独立のためには、裁判官の判断を一定の方向に向かわせようとする圧力からの独立という点が重要である旨が再度確認されました。またロゼナウ教授より、日本の再審法の改正についてどのような論争があるのかについて質問があり、日本側の参加者がその論争状況や立法への動きについて応答がありました。その他、情報機関による通信の傍受の問題など、多岐に渡る論点が提起され、盛況のうちにワークショップを終えることができました。

 

(文:松田和樹・比較法研究所助手)

Dates
  • 0329

    FRI
    2024

Place

早稲田大学8号館3階会議室

Tags
Posted

Fri, 05 Apr 2024

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