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【開催報告】公開講演会「医療におけるトリアージと連邦憲法裁判所、刑法、立法者」が開催されました

公開講演会「医療におけるトリアージと連邦憲法裁判所、刑法、立法者」

主 催:早稲田大学比較法研究所
日 時:2023年4月11日(火)16時00分~18時00分
場 所:早稲田キャンパス8号館 606・607号室
講演者:ヘニング・ロゼナウ(ハレ・ヴィッテンベルク大学教授)
通 訳:北尾 仁宏(東京大学医科学研究所)
世話人:仲道 祐樹(早稲田大学社会科学総合学術院教授、比較法研究所員)
参加者:18名(うち学生1名)

 

2023年4月11日、ドイツのハレ・ヴィッテンベルク大学のヘニング・ロゼナウ教授をお招きし、公開講演会を行いました。

トリアージは、医療資源不足の中で、医療的措置を施しても回復しないであろうことから最早無意味であるような者を選別するという行いを伴っています。医療資源の不足は、新型コロナウイルスのパンデミックの中で、とりわけ人工呼吸器、あるいはECMOの不足という形で、わたしたちの目前に現れました。ロゼナウ教授は、ドイツ連邦憲法裁判所が2021年12月16日決定において、パンデミック下のトリアージの法規制を「遅滞なく」設けるよう、立法者に義務付けたこと、またこの決定後一年を経てやっと、感染症予防法5c条の中に、パンデミック下におけるトリアージの規制がつくられた点に先ず触れました。そしてこの講演では、この連邦憲法裁判所決定の意義や、トリアージと刑法規定の関係、さらには感染症予防法5c条の評価について、ご自身の考えを述べられました。

ロゼナウ教授は、上の連邦憲法裁判所決定は、医療資源が不足する状況下での医療資源の割当基準として「臨床的な奏功の見込み」を用いることを憲法が許容していると、初めて且つ明確に判断した点で、画期的であったと論じられました。この基準は、他方で連邦憲法裁判所の判例において強調されてきた「生命価値の無差別性」――またこの原理が要請するところの、生命価値衡量の禁止――と、どのような関係を切り結ぶことになるのでしょうか。ロゼナウ教授はこの点について、基本権1条1項の人間の尊厳の保障は不可侵であるが、生命価値の無差別性が不可侵であるわけではないという形で、上の決定を解釈することを支持しました。

この上でロゼナウ教授は、刑法規定とトリアージの関係や、感染症予防法5c条の評価という課題に踏み込みました。この際特にロゼナウ教授がこだわって取り上げ、そして講演終了後の討論の際に度々話題に上ることとなったのが、「事後的トリアージ」をめぐる問題でした。事後的トリアージとは、あるCOVID-19患者が既にECMOに繋がれている状態にあるとしても、それよりも「臨床的な奏功の見込み」が高い別の患者が現れたとき、医療資源不足の状況下で、前者からECMOを外し、後者につけかえるようなタイプのトリアージを指します。前者からECMOを取り外すことは、医師が能動的作為により患者を殺害することのように見え、また、後者にECMOをつけないことは、医師が不作為により患者を死ぬに任せることのように見えます。ロゼナウ教授は、作為義務に対する不作為義務の原理的優先など存在しないと述べた上で、前者の作為は許されないが後者の不作為は許されるとは考えられず、事前的トリアージと事後的トリアージとは原理的に同列に扱われるべきであると主張されました。そして、両者を異なるように扱い、事後的トリアージを禁じる立法を、批判的に検討されました。

講演会後、ロゼナウ教授と出席者との間で、討論が行われました。ここでは特に事後的トリアージに関するロゼナウ教授の立場が、「滑り台」を滑り降りることになるのではないか――例えば、一度患者の体に中に入れた臓器を取り出し別の誰かに移転することを正当化するのではないか――という点について、議論がなされました。ロゼナウ教授は、確かにこの点が難問であるということを認めた上で、しかし臓器が通常体の中に一旦入れられた後は身体の一部として定着するものであることに注目し、この点で人工呼吸器やECMOの着脱の問題と区別することができるのではないかと提案されました。

トリアージをめぐる問題は、パンデミック時代の医療のみならず、臓器の提供や分配、そして戦争や災害の只中での医療など、様々な場面とつながっており、避けがたい難問をわたしたちに突きつけるものです。ロゼナウ教授の講演とその後の討論で、参加者は改めてこの点に向き合うことができました。教授への感謝を述べて、報告記事を終えます。

(文:松田和樹・比較法研究所助手)

Dates
  • 0411

    TUE
    2023

Place

早稲田キャンパス8号館 606・607号室

Tags
Posted

Fri, 21 Apr 2023

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