100パーセントの村上春樹との出会いについて 100パーセントの村上春樹との出会いについて

100パーセントの村上春樹との出会いについて

村上春樹ライブラリー開館とともに「村上春樹文学に出会う」エッセイ連載を始めることになりました。本コーナーではさまざまな形で村上文学と関わってきた方々に、村上作品との“出会い”や“絆”について語っていただきます。
好評の一回目に続き、二回目はマレーシアの葉蕙先生にご寄稿いただきました。葉先生は1990年代には「中国語圏三大村上文学翻訳者」の一人として知られていました。『ノルウェイの森』が日本で村上春樹現象を引き起こすと、中国語圏でも同作が紹介されはじめ、当時多くの読者は葉先生が翻訳し香港で出版された『森』で村上文学に出会いました。では、「出会い」につづく「影響」とはどのようなものでしょう。見ていきましょう。

監修:権 慧

100パーセントの村上春樹との出会いについて
葉 蕙

一、私の中で100%の存在である作家
私が村上春樹とご縁ができたのは1990年頃である。その頃は香港に住んでいたが、当時の博益出版社(2008年に閉業)に、村上春樹を翻訳してみないかと誘われた。最近では、2020年には『ピーターキャットを連れて散歩に行く――村上春樹の文学地図』というアンソロジーを出版した。アンソロジーは、エッセイ、インタビュー、翻訳、批評の4つの章があり、村上文学の舞台となった場所やその他関連する写真が添えられている。過去30年間に渡り村上文学を読み、翻訳し、研究してきた私の心の旅を描いたものである。世界的な作家に向けたオマージュであり、私の中では、村上は100%の作家である。
日本がバブル期にあった1980年代には、ポストモダン文学と称されていた村上作品は、都市文学として中国語圏の書籍市場に登場した。中国語に翻訳された最初の著書は『1973年のピンボール』(1986年、台湾で出版)だが、当時はあまり注目されなかった。その後、1989年に台湾人翻訳者5名の合作により翻訳された『ノルウェイの森』が、空前のブームを巻き起こした。1990年代初頭には、村上春樹のその他の作品も香港、上海、北京で翻訳され、いわゆる「村上春樹現象」が本格的に始まった。
村上の小説は、言葉選びから構文、さらには小道具や文化風習といった様々な要素までが、伝統的な日本文学と異なる傾向が見られる。ジャズ音楽、クラシック音楽、洋画、欧米文学、各種アルコール飲料、洋食などが作中のあらゆる場面で登場し、主人公の生き方は、中国語圏の読者の憧れとなっている。最も特徴的なのは、村上春樹の作品にリズム感を与えている「音楽」であり、従来の日本文学では珍しかった。90年代に村上作品の翻訳を始めた私もまた、その独特な文体に次第に惹かれ、虜になった。
村上は、欧米のポップス、ロック、ブルース、クラシックなどの音楽を好み、そして熱狂的なジャズファンとして知られている。作中にはたくさんのジャズに関する描写があり、加えて『ポートレイト・イン・ジャズ』1&2、『意味がなければスイングはない』などの音楽エッセイ集を通じて彼の美学的価値観がファンをひきつけ、作中で言及された楽曲は売れ行きが良くなることが多い。例えば『1Q84』の冒頭でヒロインの青豆がタクシーの中で聞くヤナーチェクの「シンフォニエッタ」は、村上効果によりファンが急増した。村上作品が伝統的な日本文学と一線を画す特徴の一つとして、言葉による表現を超えた音楽性の具現化が挙げられる。
ポストモダンの時代を背景に、村上春樹の新鮮な比喩表現、自由なライフスタイルに関する描写、多様な消費文化のシンボルの引用は、若い読者に強く支持されている。中国語圏の文壇では、特に新世代の作家にとって魅力的な模倣対象となっている。文学愛好者にとっては、村上小説から学べるものは多い。小説の芸術的概念や雰囲気が自身の文学的感性と符合し、好ましく思う読者も多い。

二、マレーシアの村上ブームについて
私はマレーシア出身である。マレーシアはイギリスの植民地時代を経て、現在の多民族国家へと移り変わってきたため、外来文化の影響に対して開放的で包容力を持っている。さらにマレーシアの華人社会では従来、中国や香港、台湾などの中国語圏社会から伝わってきた伝統文化に深い影響を受けてきた。
1980年代のはじめ頃、マレーシアの人々、特に華人社会の若者たちは日本のポップカルチャーに関心を持ち始め、「哈日現象」(日本文化に熱狂する現象)が巻き起こった。日本のマンガやアニメ、ゲーム、ドラマ、J-POPなどといった文化コンテンツは、次々とマレーシアに上陸した。私は80年代初めに日本に留学していたが、その経験に関心を持ったマレーシアの中国語新聞や雑誌から依頼され、日本の映画、音楽、料理、ファッションなどの流行文化に関する記事を大量に書き始めた。今思えば、当時の私は村上春樹の言う「文化的雪かき」をしていたのだ。
マレーシアでは、現地の中国メディアが日本文学に関心を持たなかったものの、新鮮な文体やレトリックに魅かれて、多くの村上ファンがいる。特に文化人や作家たちの中には、日本文学に対する新たな認識をもって村上を愛読する者が大勢いる。1999年、マレーシアの中国語新聞社・南洋商報が主催した「マレーシア華人社会が最も好きな100冊の本」という調査の中で、村上春樹の小説『ノルウェイの森』が選ばれた。また、村上文学はマスメディアの宣伝効果によって初めてヒットすると言われ、特にマレーシアの中国語新聞と文芸誌は重要な「仕掛け役」として活躍している。
中国文学研究者で当時東京大学教授を務めた藤井省三教授は、2005年から4年間にわたって行った「東アジアと村上春樹」という共同研究の成果を、一冊の論文集にまとめた。私もその共同研究に参加し、マレーシアにおける村上文学の受容について報告したが、マレーシアの村上ブームは90年代に一度引き起こされ、地元の文芸誌『椰子屋』や『向日葵』、『青梳』などが相次いで村上特集を掲載し、多くの村上読者を生み出したと考えている。しかし残念ながら、これらの文芸誌は現在すべて廃刊もしくは休刊している。その理由は、マレーシアが多言語社会である一方、読書市場が不安定であり、特に中国語出版物の生存環境が厳しく、経済的リソースがなければとても生き残れないからである。
もちろん、マレーシアは中国や香港、台湾などの東アジア地域とは政治的・社会的に相異なる点があるため、マレーシアでは独自の「村上現象」が見られる。
マレーシアの中国語圏文化現象を振り返ると、70年代は台湾小説家瓊瑤の「言情小説」が一世を風靡したが、80年代は香港ドラマの天下となった。その後は「哈日現象」が発生し、日本のマンガやアニメは英語吹き替え版でマレーシアに上陸した。90年代に入ってから村上文学はブームになっていたが、同じ時期に起こった「哈日現象」と「村上現象」の間にはおそらく深い関連はないと思われる。なぜなら、村上小説の中では日本の文化はあまり取り扱われていないからである。

ところで、マレーシアでは「有人部落」という文学ブログがあり、マレーシア華人の若手作家たちが集まる場になっている。会員たちが自分の好きな文章を提供したり、文芸談義をしたりする場である。もちろん、村上春樹も話題となったことがある。2007年1月に、筆者は「有人部落」と連携して、「誰が村上春樹を最も知っているか」(誰最懂村上春樹?)というオンライン・クイズおよび「村上春樹アンケート調査」を行った。そのイベントを通じて、大勢の村上読者と知りあい、そしてほとんどのマレーシア華人作家や文学愛好者は村上作品を愛読し、少なくとも関心を寄せているということがわかった。
「有人部落」を運営する若いマレーシア華人作家たちは2003年に「有人出版社」をクアラルンプールで設立している。現在も悪戦苦闘しながら広告やIT、ニュース・メディア、出版、音楽、映画、さらに投資界など様々な分野で本業を持つメンバーが、副業として関わりながら経営が続けられ、これまでに150点の本が出版されている。文学作品が売れない難しい現状の中、この出版社はかなりの人気を博している。
村上小説のポストモダンなスタイルと都市生活に関する描写は、新世代の作家や詩人の文学的嗜好に近いので、有人出版社の刊行書を見ると、台湾詩のポストモダンな表現および村上小説の翻訳におけるスタイルが組み合わさっているように感じる。一部のマレーシアやシンガポールの新世代の詩人の創作スタイルに表れており、両国における村上春樹の影響力が窺える。
村上小説は、新規性のある題材、緻密な構成、そして独特な表現方法を通じて現代の都会人の精神生活の様相を表している。作中の登場人物や暗喩を介して、人間が共通して直面している「生きるという現実」を体験できる。また村上春樹のことを「自己実現を精神的に導く者」と見る読者の多さをも考えあわせると、外国文学として読まれているが、村上春樹の新しい文体やスタイルはマレーシアの作家の創作方向・言語スタイルなどにある程度の影響を及ぼしていると思われる。早期の『椰子屋』文芸誌の作者や読者たち、たとえば荘若、祝快楽、孫德俊、林健文、陳文貴、陳志鴻がその例である。しかし、マレーシアの文化人は中国語圏、欧米の小説をも受容しながら、独自の読書版図を仕上げた。その上に、作者本人の生活体験・人生経歴を重ねており、必ずしも村上文体に染まったとは言えないだろう。
マレーシア華人作家たちにとって、特に70-80代生まれの文学愛好者にとっては、村上春樹は確かに特別な存在である。特に都市生活者は精神的な面においては空虚や喪失感に包まれた時期で、村上春樹小説の中に登場するジャズ音楽や文学、料理、ブランド商品などの都会的風景は若者にとって、非常に魅力的だったが、「人生模倣芸術」的な振る舞いは一時的なブームであり、各個人の心に根づいた嗜好ではなかったことも忘れてはいけない。
分析の最後に、マレーシアの村上読者は、文化意識的に村上の音楽テイストや物質的な叙述を受け入れているが、これは国家・エスニックアイデンティティの容認とは関連性が見られない。さらに、日本文学を愛好する人々と、「哈日族」とは興味を示している対象が違うため、同列には論じられない。

三、村上文学に魅了されて
村上文学の魅力は、物語性のある言葉と比喩的な表現にあると考える。村上の言葉には癒し効果が潜んでおり、読者の潜在意識に癒しをもたらすものがある。
読者の好みは様々だが、いずれにしても、村上春樹はマレーシアの読書環境において重要な足跡を残している。読書が好きなマレーシアの新世代の作家で、村上小説を読まない人はほぼいないと言えよう。例えば香港の映画監督であるウォン・カーウァイが映画における新たな言語を構築しようとしているように、村上春樹もまたポストモダンな文章で前衛的な言語を構築しようとしている。
ポストコロナの社会では、「喪失」や「虚無」は人々に共通する普遍的な感性コードとなった。総じて言えば、マレーシアでは、中国や台湾・香港の伝統文化を土台に、日本や欧米のポップカルチャーの強い影響を受けながら、独自の文化が形成されつつある。急速に変貌するポストモダン時代の中で、個人風潮を強める若者の間では村上文学は衰えることはなく、今後も村上文学を読み続けるだろう。

2021年10月10日

プロフィール
葉蕙、マレーシア出身の翻訳家。約300点の訳書が香港の出版社から出版されている。1990年代初め頃、香港の出版社からの依頼により村上春樹の『ノルウェイの森』、『羊をめぐる冒険』、『ダンス・ダンス・ダンス』の三冊を翻訳。現在翻訳の仕事に携わる傍ら、日本語講師として勤めている。著書に『ピーターキャットを連れて散歩に行く――村上春樹の文学地図』(2020年)。

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