村上文学の翻訳について語る時 私が語ること 村上文学の翻訳について語る時 私が語ること

村上文学の翻訳について語る時 私が語ること

村上春樹ライブラリー開館とともに「村上春樹文学に出会う」エッセイ連載を始めることになりました。本コーナーではさまざまな形で村上文学と関わってきた方々に、村上作品との“出会い”や“絆”について語っていただきます。
記念すべき一回目は中国の日本文学翻訳家林少華氏による村上春樹翻訳談です。エッセイでも言及していますが、中国語圏(華語圏)では林先生の翻訳を通して村上作品に出会った読者が少なくありません、実に膨大な読者群です。私もそのうちの一人で、最初に村上作品を読んだ2002年、手に取ったのが林先生訳『ノルウェイの森(挪威的森林)』でした。ワタナベと直子がひたすら歩いた四谷や駒込、緑と屋上でビールを飲む初秋の午後、永沢先輩と読書について語る和敬塾など想像が膨らみ、一気に村上主義者となりました。当時受けた感動はほぼ20年経った今でもありありと覚えています。
では、林先生の翻訳体験、翻訳過程でどんなことが起きているか、見ていきましょう!

監修:権 慧

 

村上文学の翻訳について語る時 私が語ること
林 少 華

いささか傲慢に聞こえるかも知れませんが、いささかも嘘ではない話。それは、この私、「世界最大の村上文学翻訳者」と言われることです。ここでいう「最大」とは、もちろん、翻訳の質が最良とか最優秀とか意味するのではなく、あくまで私の翻訳で、つまり日本語以外の言語で村上作品を読む人の数が最も多いのではないか、と思っての言葉です。敢えて報告すると、私が訳した44作品で、去年2020年12月までの発行部数は1350万部にものぼっており、通常1部平均して4人が読むという私が耳にしたことのある説をもとに計算すると、私の訳だけでも5400万以上の中国の人が村上作品を読んだことになります。これは中国で翻訳された日本文学、いや、外国文学のどの作家の作品と比べても劣らない数と思います。語りたいことはいろいろありますが、ここで、ただその翻訳について、思うまま語らせていただきたい。


じつは、私はプロの翻訳屋さんではありません。本職は大学の教員で、主として中日古典詩歌の比較研究をしています。あるとき、北京の日本現代文学研究専門の先輩のかたが「きみ、村上さんの『ノルウェイの森』を訳してくれんか。文体は向きそうだよ」としきりに勧めました。あまりにも熱心なので、じゃ、一つやってみようという気になったのです。というわけで、村上文学との出逢いは、偶然の出逢いというかめぐり合わせと言うべきものでしたが、同時に運命的な出逢いでもありました。
じっさいのところ、今まで、夏目漱石、芥川龍之介、谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫を中心に、十数人もの作品の翻訳を手掛けてきましたが、一番肌に合ったのは、なんといっても村上春樹なのです。なんだか彼との間に秘密ですごく個人的なトンネルがあるというか、気持ち的に呼応する要素あるいは共振状態というようなものがあるのを、しょっちゅう感じています。言わば、村上氏のテキストがあって、読者がいて、その間に仲介者=翻訳者である私がいるという呼吸しあう三位一体のような世界になっているような気がするのです。
ストーリーとしての村上文学を立派に訳せる人はいくらでもいるのだろうと思いますけれど、文体としての村上文学を自分のように訳せる人間は、また自惚れかも知れないが、そうたくさんいるとは思えません。事実、上海訳文出版社の人がこういう微妙な部分を感じ取っているせいか、一貫して私に村上作品の翻訳を頼んできましたし、読者も圧倒的について来たようです。ほんとうに充実感、そして幸せな気分でいっぱいです。そこでまず、村上文学に感謝したい。世の中に、村上文学、また翻訳という仕事があって、ほんとうにいいことですね。これが第一に申し上げたいことです。


インタビューでも、読者からの手紙やネットでも、村上文学はなぜ中国でそんなにヒットするのかと、よく聞かれるのですが、その主な理由は三つ挙げられると思います。一つはストーリーが新鮮で面白い、もう一つは読む人の心の深層にしんみりとひびいてくる何か微妙な消息がある、三つ目として文体がユニークで浸透力がある。村上氏は「すべては文体だ」と言って、非常に文体にこだわる文章家です。私が翻訳者としてここまで頑張ってきたのも、決定的な理由は、その文体に引き付けられたからです。
ちなみに私が感じ取ったその文体の独特の持ち味を申し上げると、①含みのあるシンプルさ(洗練さ)、②知的でかつ繊細なしゃれ(面白さ)、③抑制的な抒情(ロマンス)、④歯切れの良いリズム(ビート)。その中ではリズムに負うところが特に大きい。私の読書範囲では、夏目漱石以外、村上氏ほどリズムのいい日本人作家はちょっと思い出しません。したがって翻訳の勝負の一つは、どうやってシンプルな言葉で、その味わいや深みやリズムを出すかにかかると思われます。
「きみが古典文学研究出身だから、ジャズから学んだ村上文学の現代風のリズムを果たして出せるのか」と、疑問に思う方がおられるかもしれません。なるほど、ジャズを私は知らない。しかし、さっき言ったように、私は古典文学を多少やっていますので、昔の詩歌を一応覚えているつもりです。ご存じの通り、リズムなしには漢詩は成立しないし、和歌も成立しない。言わば、和歌、特に中国の漢詩はリズムの極致、シンプルさ(簡潔さ)の極致みたいな文学形式と言えるでしょう。自慢ではないが、村上氏はジャズから文体のリズムを学んだのと同じように、私は主として漢詩からリズムというものを曲がりなりにも学んだのであって、それをある程度村上文学の翻訳過程で生かしました。リズムやビートだけでなく、たとえばその文章のつや、うねり、ながれ、匂い、呼吸、勢いなどもなるべく翻訳調の少ない自然な中国語で伝えるように工夫すること、これは私のこだわりですし、翻訳屋さんとしての生き甲斐です。


上述したように、文体の再現はもちろん重要です、しかしそればかりが目的ではない。文芸翻訳の極意とは、取りも直さず美的な世界、美的な感動を再構築することですから。そのためには、表層的な意味、字句的な細部への官僚的な忠実や拘泥を示すより、原作の味わい、ムード、温もりやニュアンス、つまりそこに息づく原作者の心や魂をできうるかぎり抽出した上、的確な中国語に移しかえ、日本の読者が日本語で読んで覚えた美的な感動と大体同じ程度のものを、中国の読者にも覚えさせるようにしなければなりません。
それは場合によって、世界観のしぼり込み、個人的な思い入れ、理不尽な愛情も必要になってくる。むしろこういうものがなければ、美的な感動が伝わらない。美的な感動が伝わらなければ、語学的に、文法的にどんなに正しくきちんとしていても、翻訳は死んでしまうし、ひいては、文学自体も死んでしまう。第一、正しいだけで感動の伴わない文学は世界のどこにあるのでしょうか。日本の翻訳事情は詳しくありませんが、中国の場合、一見如何にも忠実で、ニュートラルで、均整のとれた機械的な翻訳が多く、それこそ、精確に描いていて肝心な眼だけは入れない竜のようなもので、誰が読んでも感動するはずはない。翻訳作業の過程で、憚りながら私はなによりもそういったことをしないようにしたい。ささやかな志でもあります。


そうすると、私の翻訳は一番標準的なのかというと、そんなことはありません。そもそも標準的な翻訳そのものはありえないでしょう。どんなにすばらしい翻訳でも名訳でも、いわゆる標準的な等身大の村上文学をすっかりそのまま再現するわけにはいかない。また言うまでもなく、翻訳は自己表現のための創作と違うから、自分を捨てたり殺したりして、原作の持ち味を最大限に滲み出させるのが原理的に望ましいのですが、しかし問題は、どんなに自分を捨てても殺しても、必ず捨てきれない殺しきれない部分がしつこく残り、それが訳者の匂いとかバイアスとして訳文に染みこんでしまう。換言すれば、自我(エゴ)というものがどうしてもちょくちょく顔を出すわけです。村上氏自身の言葉で言うと――氏の翻訳論で自己弁護するつもりはないが――すぐれた翻訳はあくまで「個人的な偏見に満ちた愛」とのこと。極端なことを言うと、百人の訳者がいれば、百様の春樹、百種類の村上文学が生じることになります。
じつは、中国、中国大陸以外の方の訳もけっこう勉強したけれど、ストーリーがもちろん同じで、文意もさして変わりありませんが、文体、とくにリズムはかなり違うようです。だからといって、私の訳は標準的で、他の方の訳は劣っているということを決して言っているのではありません、むしろ極めて当然のことです。文芸翻訳はあくまで、原作の文体と訳者の文体の兼ね合った結果ですから。これは翻訳という仕事の限界であり、おもしろさ、たのしみでもあると私は認識しています。どうも私の訳は文体的に美しすぎるという批判めいた声が世界のどこかに存在するようですけれど、美しい時に美しく、くだけるときにくだけるように訳して、中国の人に美しく愛読されて何が悪いかと、よほど言いたいところだけど、なかなか言えませんね、当然。


なお、翻訳で一番苦労したのも感心したのも『ねじまき鳥クロニクル』。ノモンハンという一語の中国語訳を調べるだけでも一日かかったものでした。全三巻を訳し上げるのに一年もかかって、まさに悪戦苦闘の作業だったのです。と同時に一番のめりこんで、感銘を受けながら訳した作品でもあります。そこには近代アジアの歴史への熱っぽい村上氏の視線があり、あらゆる形の暴力、とくに国家的暴力性を根源的に問い糾す、凛とした気品や勇気があり、自省の念があり、日本の現状や将来を苦慮する姿勢があり、すぐれた日本人の知識人の良心良識があって、翻訳しているうちに自分の心が洗われたり、魂を揺がすほどの戦慄のようなものを覚えたりしたのです。かつて「東アジアと村上春樹」というテーマをめぐっていろいろ議論したことはありますが、私から見れば、これこそ村上文学におけるもっともアジア性のある部分であり、村上と東アジアの関係性において一番のポイントだと思います。もしも村上文学に東アジアの人々と共有できる要素があるとすれば、これはなによりもの要素ではないのでしょうか。大事な作家です。

林先生の『騎士団長殺し』翻訳手稿

最新訳はというと、長編小説『騎士団長殺し』です(小説以外では『みみずくは黄昏に飛立つ』)。最新訳といっても、ほぼ四年前のことでした。2017年2月25日に発行された原作を、私は6月25日にその翻訳を始め、9月18日に完成したのですから、速いといえばちょっと速い。それはさいわい夏休みで、講義はいっさい停止する上、田舎に戻って外部との連絡もほとんど遮断して、翻訳作業に集中することができたからです。その間、朝早くから夜遅くまで原稿用紙と万年筆と「つきっきり」で集中しつづけるため、さすがに疲労困備して、右の手や腕は相当痛くなるほどでした。率直なところ、もし『騎士団長殺し』そのものが面白くなければ、私として、もはやその翻訳に殺されてしまうところでした。冗談ではないです。でも、結局おもしろかったし、たのしかったものでした。
何より楽しかった、感銘を受けたのは、やはりその文体やレトリック。特に比喩的な表現法。手あたりしだいにその例をいくつか挙げてみますと、たとえば、

割れた雲間からいくつか小さな星が見えた。星は散らばった氷のかけらのように見えた。何億年ものあいだ溶けることのない硬い氷だ。芯まで凍りついている。(「36 試合のルールについてぜんぜん語り合わないこと」)
訳:云隙间闪出几颗小星。星看上去像是迸溅的冰碴。多少亿年也没能融化的硬冰,已经冻到芯了。

(彼は)ゆっくりと歩いて玄関にやってきた。そしてドアベルを押した。まるで詩人が大事なところに置く特別な言葉を選ぶときのように、慎重に時間をかけて。(「38 あれではとてもイルカにはなれない」)
訳:(他)缓缓移步走来门前,按响门铃,简直就像诗人写下用于关键位置的特殊字眼,慎重地、缓慢地。

彼女が微笑みを浮かべるのを目にしたのは、たぶんそのときが初めてだった。まるで厚い雲が割れて、一筋の陽光がそこからこぼれ、土地の選ばれた特別な区画を鮮やかに照らし出すような、そんな微笑みだった。(「33 目に見えないものと同じくらい、目に見えるものが好きだ」)
訳:目睹她面带笑容,这时大约是第一次。就好像厚厚的云层裂开了,一线阳光从那里流溢下来,把大地特选的区间照得一片灿烂――便是这样的微笑。

若い叔母と姪の少女、年齢の違い、成熟の度合いの差こそあれ、どちらも美しい女性だった。私は彼女たちの姿を窓のカーテンの隙間から観察していた。二人が並ぶと、世界が少しだけ明るさを増したような気配があった。クリスマスと新年がいつも連れだってやってくるみたいに。(「59 死が二人を分かつまでは」)
訳:年轻的姑母和少女侄女。固然有年龄之差和成熟程度之别,但哪一位都是美丽的女性。我从窗帘空隙观察她们的风姿举止。两人并肩而行,感觉世界多少增加了亮色,好比圣诞节和新年总是联翩而至。

いかがですか、どれもこれも気のきいた表現、また、文句なしに素晴らしくリアルな比喩ではないのですか。
アメリカの文芸評論家Harold Bloomはかつてこう述べている。「フィクション文学の偉大さという問題に関しては、私が認めうるその重要な標準は三つしかない。それはつまり美的な閃き、知的な力、気のきいた表現」と。これは村上氏のこの長編小説についても言えるでしょう。とにかく、訳者としての私はしみじみそれに魅了されたり、わくわくしながら翻訳作業を進めていた次第です。
最後に一言。今言うと、すごく恥ずかしいことですが、私はかつて『ノルウェイの森』のような小説、たとえは『青島の森』でも書いてみようではないかと野心に燃えたことがありました。現に何度となく敢行もしてみたけれど、結局、自分には小説家としての生まれつきの才能がないと諦めざるを得なかったのです。しかしながら、生涯ただ翻訳屋さんだけでやり通すのでは、どうも物足りないと思って、最近小説のかわりにエッセーみたいなものを書いてみました。そうすると、村上氏の文章から学んだものがじつに多かったのです。心から感謝の意を申し上げたい。
以上たいへん我がままなことを我がままに語りました。もう終わりです。

2021年初夏

プロフィール
林少華、本籍山東省蓬莱県、吉林省九台県生まれ、吉林大学大学院日本文学科卒業。暨南大学文学部教授を経て、現在中国海洋大学外国語学部教授。1988年初めて渡日、大阪市立大学大学院一年間留学。1993年再度渡日、長崎県立大学で外国人講師を三年間勤め、2002年国際交流基金の招聘でフェローシップ(Fellowship)として東京大学に1年間。2018年「外務大臣賞」受賞。訳書に『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『騎士団長殺し』『我が輩は猫である』『羅生門』『雪国』『金閣寺』など約百点。主な著書に『落花の美しさ』『郷愁と良知』『雨の夜の燈』『異郷人』(Stranger)など多数。

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